※おっかぐパロ
※神楽社会人、沖田高校生
※いろいろ注意^^
※サド少年ハピバ!(たぶん)
濃すぎず、薄すぎず、女受けも上司受けもよいナチュラルメイクの技を身につけるまでに最初は苦労したが一年半も殆ど毎日続けていればお手の物だ。高校時代に愛用していた瓶底眼鏡は自室の棚の奥に眠っていて、今では棚の手前にずらりと化粧道具と髪のスタイリング剤が置いてある。キャラが違うと階下に住むクソ生意気な餓鬼に会うたび憎まれ口を叩かれるが、最近になって漸くスルースキルも身についてきた。大人の女になった私に鼻たれ小僧を相手にしている暇なんてない。
「うおっ。あぶねー。携帯忘れるところだったアル」
ポケベルというアイテムの存在を知らない世代がいる今の世の中において携帯がなければ生きてはいけないというのは当たり前のことだった。卓上ホルダに収まったままの携帯電話を取り出してやると、メールのやり取りが原因で発生した裏側部分の熱はすっかりひいていた。本当は子供っぽくないシルバーパールの方が良かったのだが、在庫がないと店員に告げられたためピンクゴールドになった使用歴1年半の携帯にも随分と愛着が湧いてきた。
そして社会人には絶対必須のアイテムである手帳も机の上に横たわったままだったのでそちらも救出してやった。はらはらと薄い紙をめくり、今日の予定にざっと目を通す。ふと頭に何かが過った。
「しちがつ…むいか…ってことは…」
***
自分の乗っているエレベーターが5階で止まり、ドアが開き、そしてある人物が乗り込んできたことに神楽は全く気が付いていなかった。それは彼女が出社1時間前という余裕を持って家を出たということに満足しきっているせいもあったが、ピンクゴールドの携帯が鞄の中で静かに振動したことが大きな理由だった。
「先輩からメール!?」
無意識に顔が緩む。それは昨晩もメールを交わした相手、短大卒業後すんなりと就職することができた会社に初出勤した日から神楽が密かに憧れている会社の上司からだった。時折見せるくしゃりとしたキラースマイルが可愛い小動物を連想させ、胸が締め付けられるような錯覚に陥ってしまう。一か月前程に漸く赤外線によってアドレスを交換することに成功し、ここ数週間はずっとメールのやり取りが続いていた。たとえそれが一日一通というスローペースでも神楽には十分な事実だった。
「朝っぱらから何間抜けな面してんでさァ」
「げっ」
幸せの桃色世界に一人浸っていた神楽はその低い声を聞くなり表情を一変させる。いつの間にコイツ。何たる不覚だ。メール画面を開いたまま携帯をそっとバッグの中に滑り込ませると、なるべく奴と目を合わせないようにエレベーターの天井部分に視線を向けた。通気口からひゅうひゅうと風が入り込んでいる。
「俺っていう男がいるのに浮気かィ。チャイナもいい度胸してますねェ」
気がつけば自分の首に奴の腕が二本巻き付いていた。薄くて細い身体つきをしているわりには力がとんでもなく強い。力勝負では負けない自信があるものの、朝から余計な体力を消耗して仕事に支障が出ても困る。取り外すのも面倒くさいので、首に弾力性のあるダンベルを巻き付きているのだと思いこむことにした。
「チャイナじゃないアル。神楽お姉様と呼べ」
「神楽お姉様、次のデートはどうします?ラブホ?俺の家?お前の家?ラブホ?」
珍しく抵抗を見せない神楽に調子に乗ったらしい少年は、自慢の蜂蜜色の髪を彼女の首筋に埋めるようにしてさらに密着度を高めようとする。初夏もとっくに過ぎ去り、湿気を含んだねっとりした空気だけが残された季節に人肌が恋しくなることはない。まして相手が沖田なら尚更だ。軽く腕の皮膚を引っ張って抓ってみるが効果は全くなかった。
「いい加減にしろヨ。餓鬼を好きになった覚えはないネ」
「4歳しか離れてないんですけど」
「餓鬼はママの乳でもしゃぶってな。あばよ」
エレベーターがエントランスホールに着いたと同時に身体を垂直の方向に動かし、しつこい沖田の拘束から逃れることができた神楽は右手をゆらりと揺らして捨て台詞を吐き捨てる。3畳程の空間に一人残された沖田は慌てて追いかける様子も見せず、呑気そうに頭を掻きながら呟いた。
「それが花のOLが言う言葉か」
「心にも思ってないこと無理して言わなくていいですヨー!」
***
昔はいつも一緒にいれたのだ。神楽に身体中を泡だらけにさせられて浴槽に落とされたこともあったし、同じベッドの上で同じ毛布に包まって一緒に寝るなんてことは日常茶飯事だった。神楽は同じ年の女よりもはるかに痩せていたが、それでも柔らかくてもちもちとした二の腕の感触や、あのお風呂上がりで寝る直前の媚薬のような神楽の匂いは今でも忘れらない。もう嗅ぐことが叶わないのが悔やまれて仕方ない。
「二週間ぶりに会えただけでもラッキーか」
誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。下駄箱から吐き潰した上履きをスリッパのように履き、携帯と財布以外何も入っていないはずなのに重く感じる鞄を肩を支点して持ちながら歩いていたら突然後ろから声をかけられた。
「沖田君じゃん」
「どーも」
「朝っぱらから顔が緩んでるけど何かいいことでもあったの」
「まぁそれなりに。密着できたんで」
「何か嫌な予感しかしないから聞かないでおくわ。幸せより金を分けて欲しいけどね先生は」
そう言い残すと廊下の窓から差し込む日光に照らされてよりいっそう輝きを増す白髪頭を持つ男はゆっくりと遠ざかっていった。再び一人になった沖田に朝の出来事の余韻が再び幸福感と虚しさ二つを思い出させる。
自分が何かと世話のかかる小さい子供だった頃は、二人暮らしで生まれつき病弱だった姉に負担をかけてはいけないと神楽もよく自分の面倒を見てくれた。一年、また一年と過ぎ去ると事情は変わってくる。いつの間にかお団子を下ろすことを覚え、眼鏡を外すことを覚え、化粧を覚え、お洒落をするようになった彼女と会う回数は少しずつ減っていった。高校生と社会人という立場の差がさらに自分達の壁のセメント材料として貢献してくれた。
こんなに好きなのに。こんなに愛してるのに。こんなにも自分のものにしてしまいたいのに。もうどうにかなってしまいそうなくらい、苦しい。今度同じ毛布に包まる時があったら、もう大人しく狸寝入りなんて絶対にしやらない。絶対にあの白い首筋に噛みついて、体中を舐めまわして、朝が来るまで離さない。
それなのにチャイナは一人で勝手に大人になって、勝手に憧れの上司らしい男と親しくなって、どんどん綺麗になっていく。もう手遅れだったら自分はどうすればいいのだろう。廊下でイチャついている目障りなカップル達を見ると殺意と同時に悲しくなってくる。クラスメイトの土方の携帯でアダルトサイトへ接続しても、山崎に焼きそばパン3つ買わせても気がおさまらないくらい。
***
「ただいまー」
放課後、委員会の仲間達とゲーセンへ立ち寄り射撃ゲームにひたすら興じていたら太陽が見えなくなっていた。姉は実家に里帰りしているため、家には誰もいないということが分かっているがいつのも癖で声を出してしまう。やけに響いた自分の声はいつもより低い気がした。とその後にあり得ないトーンの声が続いた。思わず自分の耳を疑い、手で叩いてみたりする。
「おかえりなさいアル」
「えっ?チャイナ?」
予想外の訪問者に彼女が今していることは不法侵入だと指摘することも忘れて沖田は玄関のベージュのマットの上にひらすら立ちつくしていた。まぎれもなく自分の前に立っているのはずっと前から自分が思いを寄せている女で、何やら彼女はクリアブルーのタッパーのようなものを持っているようだった。額から僅かに滲む汗は明らかに緊張からくるもので、朝はあのような大胆な行動をとったくせにと自分の小心さに笑いたくなる。
「今日は一人だってミツバさんから聞いたアル。お前のことだしロクなモノ食べないダロ?あともっと筋肉つけた方がいいと思ったからハンバーグ作ったネ」
「はぁ…」
想像していなかった展開に、相変わらず沖田は彼の高校の中庭に無意味にある初代校長の銅像のように立ち尽くしていた。
「あともうすぐお前誕生日ダロ。最初はケーキにしようかと思ったんアル。でもミツバさんが毎年用意してくれてるし、私からはその…違うものの方がいいかなって思ったアル。年頃の餓鬼に何あげればいいか分からないし、多忙な神楽様にはそんなもの選んでる時間もなかったネ」
「焦げてるけど文句言うなっ!?」
床にタッパーが落ちる。音こそ激しかったものの、蓋は外れていないようだから中身のハンバーグも無事なはずだ。チャイナの手料理はもちろん頂く。だがそれよりも、ハンバーグの肉汁よりも丁度よい焦げよりも何よりも早く欲しいものがあった。
「ちょ離せヨ」
「嫌だ」
落下したタッパーの行方を必死に目で追う神楽が身体を自由に動かすことはできないのは沖田がこれ以上にない程強く抱きしめているからだった。最近あまり我が侭を言わなくなってきたと思っていたのに。でもそれはコイツと会うことがとても少なくなったからなのかもしれない。まだまだ人肌が恋しい年頃なのだろうか。
「違ーよ馬鹿」
神楽の心を勝手に読みとったらしい沖田が呆れた表情を浮かべて自分の鼻先を彼女の髪に擦り付ける。てっきりハンバーグを作った時の油の匂いがすると思ったが、不思議な事にあの媚薬のような甘くて柔らかい香りがした。そしてこれが決め手だった。もういいや。手に入れてしまえ。
「あん?誰が馬鹿だって?口のきき方にも気をつけろヨ」
「へー?まぁこれから自由に口もきけなくなると思うけど」
「…どういう意味アルか」
「そのまんまの意味」
数年前に座り心地の良さで選んだ布製の二人掛けのソファーに無事に彼女と共に沈み込めるか。それを最終目的とした沖田は、とりあえず神楽の機嫌が悪くならないよう一旦彼女への抱擁を止めてフローリングの床に転がり落ちているタッパーを拾い上げた。温かな熱を持ったタッパーが中に入っているハンバーグは先ほど作られたばかりだということを意味していることに気が付き、手に感じるのとは全く別の熱が胸に込み上げる。
「とりあえずコレ食っていい?」
「当たり前ネ。お前のために作ったんだから」
ふわりと微笑む、昔から知っている神楽の笑顔は古臭いありふれた表現には違いないけれど、甘い口の中でさっと溶ける砂糖菓子のようだった。ハンバーグと砂糖菓子、組み合わせは悪くない。しょっぱいのと甘いのと。柔らかいのと固いのと。二つを堪能しながら、このあと最後に自分を待ってくれているであろう最高の味を想像すると思わず顔が緩んでしまった。
眩恋モノグラム