※現代パロ
※神楽優等生、不真面目沖田設定















教室中のごちゃごちゃした色彩にも随分と慣れてきた。どうやら此処の生徒達は落ち着いたトーンの色がお好みではないようだ。なぜなら校舎の壁や下駄箱は落書きの類で埋め尽くされていたし、窓硝子は常に2、3枚ないのが当たり前で、時折吹き抜けていく風が肌寒く感じることもあれば心地良かったりもした。


餓鬼。とも思う。


世界で1番馬鹿なのは中2とあの人が言っていた。だから中2は何をやっても大目に見てやれる、と。



しかし今自分の目の前にいるクラスメート達は高校2年生なのだ。17歳。世界一馬鹿な歳から3年近くも経っているのに、何一つ進歩していないようにみえる彼等の未来が心配になる。彼等からしてみれば、余計なお世話なのだろうけど。


特別留学生として日本の高校に転入してきた1年半前の自分は、少なくとも今よりは物事に敬謙だった。けれども今は違う。幼稚なくせに力だけは猛獣並の人間が住む世界で生きていくためには、図々しく生きるくらいがちょうど良かった。











***



「現国の問題集…今日提出だから出して欲しいんだケド。」



クラスの中で、下手したら学校一肌の色が薄くて白い自分の腕を宙に突き出して掌を裏返すという催促のポーズに、彼等がまともに応えてくれるわけがなかった。


「あっ留学生の神楽サンだ―。」


けたけたと笑いながら、落書きで朱色と濃紺に染まっている壁に背中を預けてしゃがみ込んでいる男二人を神楽は見下ろした。『寄って来るもの拒まず、去るもの追わず』のフレーズで有名な校内一の遊び人と称されている男とその友達。双方とも顔立ちが恐ろしく整っていることだけは認めるが、中身は恐らく空っぽに違いない。そもそも頭に脳味噌が詰まっているのかさえ、甚だ疑問である。




「っていうかさァ、俺らが出すわけないでしょ。いちいち御苦労様。」


紅と茶の混じった瞳で上目遣いされる。2年に進級し、このクラスになってから時折この男から熱烈とも言い難い奇妙な視線を感じる気がする。だからと言って、そのことを本人に訴えるわけにもいかない。言ったところで自意識過剰の一言で片付けられるか、からかわれるか、どちらにしても良くない結果が待ち受けているだろうから。


人工的な程に綺麗な蜂蜜色の頭を見下ろしたまま黙っていたら、男が腕を伸ばしてきた。するりと剥き出しになっていた己の太腿辺りを撫でられたと同時に、全身に鳥肌のようなものがたった。意外にも男の掌はさらさらとしていた。



「神楽サン美脚だねェ。スカートもう少し短くすれば?」


裾を数センチ持ち上げられ、慌てて後ずさりする。ただでさえ割と短い丈なので、さすがの神楽も動揺した。すぐさま僅かながらの抗議をつもりで彼等を見下ろす視線に軽蔑の意味も込めてみるが、気が付かれなかった。


「沖田―。それくらいにしておけば?ビビらせちゃ駄目だよ。こんな可愛いコ。」

牛乳瓶の底レンズ女を捕まえて『可愛い』はないだろう。髪型に至っては流行らないお団子だ。からかわれていると即座に判断をした後、くるりと体の方向を反対側に向けて歩き出した。腕に抱える問題集は1冊だけだったが、もはや惨めな気持ちにもなれない。背中を追いかけてきた低い男の声が身体に響くも振り返ることはしなかった。



「銀八のパシリ頑張ってくだせィ。」














***





「珍しいなァ、お前から女子に絡むなんて。」


うすら笑いを浮かべ、ポケットから煙草とライターを取り出しながら沖田の隣に座り込んでいる男が言った。自分のしようとしている行為が犯罪であるという意識は頭の片隅にもないようだ。彼の後ろの壁には、ちょうど先月彼が野球のバットで凹ませた窪みがあった。


「いつも寄られるばっかりだもんな。もしかして神楽ちゃんのこと気に入ってたりするワケ?」

「……………。」

「神楽ちゃん可愛いよなァ。眼鏡外した時の顔見たことあるか?ヤバくね?美脚だし色白だし、あの気の強そうなトコが堪んねェ」

「変態野郎」


「ドSに言われたくねェ。まぁ、しょうがないから譲ってやるよ」


「何を」


「神楽ちゃん。俺ひそかに狙ってたんだ。」


その言葉を聞くなり沖田は隣に座る友人をひと睨みし、彼の頭を小突く。誰にも打ち明けたことはないが、実は神楽の転入当時から沖田は彼女に目をつけていた。第一印象は幼さを思わせる可愛らしい容姿に似合わず自尊心の強そうな女、だった。ど真ん中、ストレート、ストライクだ。


自分を蔑むような彼女の気の強そうな瞳で見つめられると背筋がぞくりとする。最近は此方から熱烈な視線を浴びせることが多くなったため、それに比例するように彼女から睨み返されることも多くなり、大いに満足していた。思惑通りだった。


胡散臭い担任の男は別として、今のところ彼女はクラスメートの誰とも打ち解ける気はないらしい。ある意味では自分にとって好都合なことだった。しかしながら、同じ教室という空間で2年間を共にしながら何の展開もみられないのでは男が廃ると焦ってもいる。


機が熟したとは全く言えない状態ではあるが、そろそろ行動を起さなければいけない。それでも彼女と接近する手段がこれでもかという程思い浮かばない沖田は、事情も知らない能天気な友人の隣で長い溜息を吐いた。隣から上る白い煙もまた長く辺りを漂っていた。








甘酸っぱいまま腐りゆく




想いを腐らせる男と腐らせる想いもない女。





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