※3Zみたいなパロ
窓を開ければ海藻のしょっぱい匂い。学校への通学途中には湿った風が肌を撫でてくる。嫌でも海の真っ青を目にしなければいけない。そういう町で俺は生まれ、育った。冬の突き刺すような寒さに加担するような風を運んでくる海が堪らなく嫌な時もあった。けれど何となく憎めない。そういう奴だった。
「ぺっぺっ!しょっぱ!」
「そりゃそうだろィ。海水だから」
「今日のは特にしょっぱいアル。雨降ってるから味薄くなってるはずネ」
「そんな理屈ありかよ」
チャイナと海に来るのは雨の日だけと決まってた。互いに傘を忘れて雨に打たれながら砂浜にやって来る時もあれば、学校の下駄箱に置きっぱなしだった安っぽいビニール傘の下を二人で歩く時もあった。とにかく雨の日には必ず海へ立ち寄った。今日は珍しく水玉模様の折り畳み傘を持参したチャイナが、これもまた珍しいことなのだが自分を入れてくれた。奇跡が二つも起きたことに内心ものすごく驚いていた。
「たまには濡れてない砂の上を歩きたいもんでさァ」
「だったら一人で来ればいいダロ。お前は晴れの日も雨の日も好きな時にいつでも来れるんだから」
「チャイナと一緒じゃなきゃ意味ねェよ」
「キモッ。いま鳥肌立ったアル」
「安心しろ。俺もだから」
チャイナがものすごく珍しい難病にかかっていると初めて知った時も、あまりのことに逆に驚けなかった。そこらへんの不良よりもよっぽど強い腕力を持ち地元最強を謳われ、一日五食は当たり前の底無し胃袋の持ち主である少女に致命的な一撃を与えられる唯一の存在が「日光」だなんて信じられなかった。
けれど、それならば晴れている日が必ず学校を欠席するのも曇りと雨の日だけ元気よく学校に来て朝から早弁をするのも辻褄が合う。そんなに休んで単位は平気なのかという質問を投げかけた時、晴れの日に休む時は学校から特別な許可を貰っているという一見頓珍漢に聞こえる答えが返ってきたことにもそれなら納得がいく。チャイナと知りあって半年、病気のことを知らされて2ヶ月目にしてやっと俺はその話を信じることにした。
「っていうか乾いた砂浜なら私いつも踏んでるアル」
「まじでか」
両手を傾け、掬っていた海水を全て海の中に戻しながらチャイナがぼそりと呟いた。小さな声は雨粒が海面に衝突する音にかき消されてしまいそうだったが確かに聞き取れた。
「まじアル。夜に来ると大抵乾いてるネ」
「お前どんだけ海好きなんだよ」
「んーサドと同じくらいかな」
「キモ。いま絶対鳥肌立った」
「安心しろヨ。私もアル」
やはり水玉模様の小さな折り畳み傘は二人で使うには窮屈だった。斜めに降ってくる水滴は容赦なく制服のシャツを濡らしていくので全く意味はなかったのだが、何故か文句を言ったり、出て行こうという気はなかった。制服は二着ずつあるからという以外の理由がそこにはあるような気がした。
暫く二人で身を縮ませてぼやけている地平線を眺めていた。雨の匂いと海の匂いが完全に混ざり合ってわけが分からなくなる。湿った匂い、磯の匂い、砂の匂い、何もかもが一度に鼻を掠める。それは頭を空っぽにするには持ってこいの環境だった。
「ごっさ綺麗アル。夜の海って」
「へぇー」
「お前は来たことないアルカ?」
「ない」
「一回ぐらい見なきゃ損アル。月がネまんまるで黄色くて眩しくて満月の時は見た瞬間に息が詰まる気がするネ!」
きっと地平線の方へ顔を向ける少女の瞳はきらきらと輝かせているのだろう。声のトーンをこんなにも高くして話すチャイナは初めてだった。灰色と青色を分断する一本の長い線を見つめながら、空っぽの頭でどうにか適当な返事をする。
「ふーん」
それってまるで太陽じゃないか…けれど自分の口から飛び出したのはそんな言葉じゃなかった。頭は空っぽだった。
「それってまるでビニール袋みたいじゃないですかィ」
被ると危険な窒息作用を持つ奴。安っぽいコンビニの白いビニル。そう付け加えたら、チャイナは不快そうに顔を歪ませた。
海の月はビニルのように
ぬるい距離を保つ少年少女。