目の前に広がる光景に、柳生は思わず目を覆った。

一一付き合い始めて1年目の今日、せっかくの記念日だからと前々から仁王とは遊ぶ約束をしていた。なによりうれしかったのは、それを仁王から言い出してくれた事だ。正直、そういった事には無頓着、というより興味がないかと勝手に思っていた。
「どっか行く?なんか食べたいもんある?」
そう聞かれ、首を横に振る。
不思議そうに瞬きをする仁王に、ふたりきりでいたいから、そう伝えれば彼は柔らかく笑った。
そうして柳生の家でふたりでのんびりする事になり、だから、せめてと思ってケーキやちょっとした料理でも振る舞えればと思っていたのだが一一
キッチンの散々な状態を眺めながら柳生は思う。
決して、決して料理が得意な訳ではないという事を忘れていた。
正確には、あまり経験がなくいまいち工程が理解出来なかった。
歪にざく切りにされた野菜に火の通りの不十分な肉。ケーキのスポンジは脹らみ切らず生クリームをつければ誤魔化せるかと思ったがそうでもなかった。
「……」
リビングの時計を見上げれば約束の5分前。けれど仁王は30分は遅刻する事が当たり前であるから隠ぺい、否片づける余裕は十分にある。
出前か何か頼めばいいかとため息をついていれば一一、
「……っ、え?」
来客を告げるチャイムが耳に届いた。
一瞬仁王の存在がよぎるが、まさかそれはない。
自分に言い聞かせながら玄関へ向かえば、しかしそこにいたのは、
「やーぎゅ、おはよーさん」
独特の間延びした口調。光を弾いている銀の髪。
一一他でもない、最愛のその人だった。
普段なら会えてうれしいけれど、まだなんの隠ぺい工作も終わっておらずタイミングが悪い。反射で思わず、柳生はドアを閉めた。
「…は!?なんで閉めるんじゃよ?!」
「…いや、うっかり。」
「うっかり!?」
仁王の素っ頓狂な声を聞きながら、下手な誤魔化しは逆効果だろうと柳生は仁王を招き入れた。
2階の自室に案内してしまえば、仁王もわざわざキッチンに足を向けはしない。
「仁王くんいらっしゃい。とりあえず部屋に行っててください。何か飲み物持っていきますから」
「ん。……やぎゅ」
「はい?一一、っん…!」
名前を呼ばれ振り返れば、伸びた腕に抱き寄せられて唇が重ねられる。
驚いて目を瞠るが、絡められた舌に肩が跳ねた。
そのまま腰を撫でられ、身体が震える。
「ん…っ、ぁ、だめ…」
「…誰も居らんのじゃろ?ちょっとだけ、な?」
「うー…」
首を振るも仁王は介さず素肌に触れてくる。
手の冷たさにびくつけば、仁王が小さく笑った。
「…あっためて?」
「ん…っ?!」
指先を口内に入れられ弄られて、生理的な涙が浮かぶ。
その間首もとに顔を埋めた仁王は首筋や耳を舐め、不意に柳生の身体の力が抜けた。
「っと。」
柳生を抱き止め、その身体を仁王は抱えるようにして囁いた。
「部屋、行こっか?」
うつむいたまま小さく頷く柳生が愛しくて、額にキスを落とす。
と、何か甘い匂い一一いや、焦げた臭いか?に仁王は鼻を鳴らした。
内心首を傾げながら柳生を抱え、リビングの前を通った時、視界の端に違和感を感じて足を止める。
「一一あ…っ!仁王くん駄目です!はやく、早く部屋行きましょう?」
「んー、ちょい待って。」
柳生に腕を引かれるが、直感的に何かあると悟った仁王は足を止めない。
しかし柳生の口から早く部屋に行きたいなどと誘うような発言が聞けるなんて。もったいないからあとでもう一度言ってもらおう。
「仁王くんってば…っ!」
柳生が腕に力を込めるが意に介さずキッチンに足を踏み入れた仁王は一一
「…柳生。」
静かに名前を呼ばれ、柳生は恥ずかしさにうつむいた。
だから嫌だと言ったのに。
前にいる仁王の表情は見えないが呆れているのだろうと思えば、悲しくて唇を噛んだ。
「え、」
しかし次の瞬間一一仁王の腕の中に包まれ、訳が分からず目を丸くする。
「にお」
「…俺のために、準備してくれたん…?」
戸惑いながらも首を縦に振れば、抱きしめる仁王の力が強くなる。
「…仁王くん、いた、い」
「なんじゃこれ…めっちゃうれしい…」
甘えるように顔を擦り寄せてくる仁王の、頭を撫でれば仁王はうれしそうに喉を鳴らした。
「なぁな、これ食ってええの?!」
「え…っ?だ、だめですよ!お腹壊します!」
「大丈夫じゃって。…んー、こっちはあとで一緒になんか料理しよ。とりあえずケーキ!」
野菜や肉はろくに火も通っていないから未だ無理だ。優しく笑った仁王はフォークを手にまずは一口、とケーキを頬張った。
「…ほんとに無理なさらなくて大丈夫ですから…」
見た目も不恰好なら、浮き足立って失念していたが仁王はあまり甘い物が得意ではない。
うつむきながら仁王の袖口を引けば、仁王が手を止めるのが気配でわかった。
ほんの少しの沈黙の後、唇に当たった冷たい感触に柳生の肩が跳ねた。
「…確かに甘い物あんま得意じゃないき、じゃから、一緒に食べよ?」
「…っ、ん」
重ねられた唇の、隙間を割って舌と一緒に甘いクリームの味が口内に広がる。
しばらく深いキスをして、離されたと思えば指先でクリームを唇に塗られる。そうしてまた、繰り返し。
「ぁ…」
「柳生、甘い」
仁王の行動はエスカレートしていき、首筋や胸元や、硬く反応する場所にまで生クリームを塗られ柳生は首を振った。
「や…っ!ぁ、そんなとこ…!」
「甘い柳生さん、俺に食わせて?」
「っ!だ、め…」
「なんで?」
潤滑油代わりのクリームで後ろを解されながら、全身から漂う甘い匂いも相まって意識が酩酊する。
「におうくんばっかりずるい…」
洩れた本音に、仁王が低く笑った。
「…俺の全部、とっくに柳生にあげとるじゃろ?」
「一一…。っぁ!ゃ、んっあ…!」
「…っ、きもち、い…?」
必死に頷く柳生が何か言いたげにするから、仁王は少しだけ動きを緩め口許に顔を寄せた。
「…と…」
「…?ごめん、何?」
掠れた声は聞き取りずらく、仁王は眉を寄せた。そうして薄く開いた柳生の口からは一一
「…もっと、たくさん…」
仁王は目許を赤くした。それは。
「…欲張りさん、じゃの」

それは、
「全部」では到底足りない と、そう自惚れて構わないのだろうか。



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