医務室での治療を終え、仁王は重い足取りで「仁王王国」と手書きのプレートがかかった自室へと向かっていた。
跡部とのダブルスで手塚にイリュージョンし、腕への負担のかかる零式サーブと手塚ファントムの連打。
最後まで手塚としてコートに立ち続けるつもりが結果として限界を向かえ倒れてしまったが一一
と、部屋の前に誰か一一嘘だ、誰かなんて分かり切っている一一の人影を認め、仁王は顔を上げた。
試合中、ずっと感じていた視線。唯一無二の、ダブルスパートナーのきつい視線。
「…やぎゅ、」
眉間に寄ったしわに、なんだか気まずさを感じて少しの沈黙の後にそう口を開いた途端、拳が飛んできて焦る。
「ちょっ…!?」
左腕は使い物にならない上全身もぼろぼろの今、至近距離のこれを避ける事は困難だ。
思わず目を瞑れば覚悟したような痛みはなく、不思議に思いながらも柳生を見やれば一一
泣いていた。
「…っ柳生?!なん、どうした!?」
空いた右手で震える手を取れば、首を振る柳生に身体を押され嫌がられる。
内心舌打ちしながら、廊下では話にもならないと柳生の身体を抱き寄せて力ずくで部屋に入れる。
部屋に入る事もやはり柳生は嫌がったが、ばしばしと胸を叩いてくる柳生を力任せに抱き締めていればやがて、柳生の身体から力が抜けた。
「やぎゅ…?大丈夫か…?」
床に座り込んだ柳生を追って視線を合わせれば、柳生は唇を噛んだ。
「…きみは、私とダブルス解消、したいんですか…?」
「は…?…んな訳ないやろ、いきなりなん、」
「だったら!なんであんな無茶…っ!」
震える声に、頬をはたかれた気分だった。
一一あの時動揺する他校生の中で落ち着きを払う立海レギュラー陣を見て思わず笑った。
あの時は誰に止められてもやめる事はしなかったから、だけど一一、
誰よりも仁王を止めたかったのは柳生だと知っていた。
口元に手の甲を当てて嗚咽を殺す柳生を見、仁王は気まずげに頭を掻いた。
一歩間違えれば、選手生命は断たれていた。それ程の無茶を、し出かした。
それに一一また同じ状況になった時に、仁王は迷わず同じ行動を取るだろうから。
だから、それがわかっている柳生は仁王がなんて言葉を掛けても、きっと怒るし哀しむ。
謝るしかない、と腹を括った仁王が顔を上げた時一一そのまま視界が反転した。
え、なんで天井が?思ったのも束の間、泣いて頬を赤くする柳生がすぐ間近にあり、唇を乱暴に塞がれた。
「……っ」
慣れてないが故に乱暴になる所作に、初めて柳生からキスを仕掛けられた仁王は思わず目元を赤く染めた。
仁王に跨がったままキスを深くする柳生は、咥内に入れた舌を仁王に絡めながらも、戸惑っていた。
上手に、できない…
仁王からされたキスはもっと気持ちよくなれるのに。もどかしさに眉を寄せれば、心を読んだかのように仁王がリードするように動いた。
慣れたキスに、翻弄される。
回された腕が腰を撫でて、背筋が震える。
いつもなら、このまま流されてしまうけれど一一
「…いや、です…っ!」
ばしっと腕を払えば、仁王が目を丸くした。
それもそうだろう、仕掛けておいて拒絶だなんて。
「仁王くんはどうせ、私がなんて言っても無理とか無茶ばっかりなんですから…私だって勝手にします」
申し訳なさそうに小さく首を竦めた仁王の首筋に噛みつきながら、「ずっと監視しますから」柳生は宣言した。
「ぁ、んっ!あぁ、んぅ…っ!」
「やぎゅ…っ、たの、むから…もうちょい、動いて…ぁ」
跨がり、腰を控えめに揺らす柳生の姿は視覚的にかなりクるものがある。
仁王を高める事を優先した結果、柳生は適当に下を脱いだだけで仁王の上におり、腰を揺らす合間合間に首筋や肌をよく舐めてくる。
おそらくは普段の仁王を無意識に真似ているのだろう、しかし申し訳ないが、それよりも直接の刺激がほしい。
「ん…っぁ、にお、く…ぁ!あん…っ」
自身の体重がかかる体位がつらいのだろう、ぎこちなくしか動けない柳生に痺れを切らした仁王は一一
「や…っ!ぁ、ああ!」
痛む身体を無視して柳生を押し倒した。
もう少し柳生を見上げていたかった気もするが、焦らし上手な恋人に煽られすぎた。
「や、だ…っだめ、仁王く、けがが…ぁ、んっぁあ!」
「へーきじゃ。だから、」
「あっ!ぁ…ぁ!やっ、ん、やです、ゆっくり…っあ!」
涙や汗や、唾液を舐め取りながら仁王は、柳生に何度もキスをする。
「ん、ん…っ」
「…柳生さん、この腕な?」
耳元に唇を寄せた仁王は、小さく囁いた。
テニスと、お前さんを抱きしめられればそれで充分なんじゃ。
柳生の瞳から、透明な涙がずっと流れて止まらないから、仁王は行為よりも宥める事に集中する事になった。
この腕は、
柳生だけの、ためにある。