先輩と後輩
2022.07.29 Fri 16:26
仕事で忙しく、食事はおろか洗濯すらまともにできない日々からようやく開放された日曜日
寝るだけの為に帰ってきていた部屋は、クリーニングの袋とデリバリーの空き容器がとりあえず一箇所に集められた状態で
まずはここからだな、と勢いよくリビングの窓を開けるとゴミ袋片手にのろのろ手足を動かす
リビングを粗方片付けたら、次は寝室へ
床にハンディモップをかけようと、柄にシートを取り付けようとしたところで、ベッドの下にころりとなにかが転がっているのが見えた
(あ、これ)
それは小さなボタンで
手のひらに乗せた瞬間、ぶわりと頭の中に鮮明に思い浮かんだのは
『お前ちゃんと寝てんの?』
優しいあの人の声で
『仕事忙しくてもご飯はしっかり食べて、ちゃんとベッドで寝ろよ?間違っても床で寝たりすんなよ』
そう言って俺よりずっと小さな身体をうんと伸ばして、俺の頭をよしよし撫でた、あの人
『仕事が一段落ついたらどっか温泉でも行くか』
なんて、自分の方こそ忙しいくせに気遣ってくれたあの人の
シャツから弾け飛んだボタン
会社の先輩と後輩という関係から、俺があの人に一目惚れして押して押して押しまくって、最終的には土下座までした結果、半分同情も入っていたのかもしれないけれど、一応恋人という立場になったけれど
正直プラトニックのまま付き合うんだろうなと覚悟していた俺の、そんな薄紙みたいな覚悟を見透かしていたのかあの人は
『なに?抱かねーの?』
男前すぎるあの人が、にやって口のはしをちょっと上げて笑うから理性を忘れてとりあえずシャツに手をかけたら、上から3番目までのボタンが弾け飛んだ
『ゴリラか!』
ゲラゲラ腹を抱えて笑ったあの人をいい感じのムードに戻すのに30分もかかった
「…もしもし」
寝起きの声がする
「先輩」
「なによ…オレいまねたとこなんだけど…」
「は?なにやってたんすか、俺とおんなじ時間に帰りましたよね」
「……へやきたなすぎた」
「…ふはっ!」
「んで、なんだよオレねるよ?」
「ボタンが出てきたんす」
「ボタン?」
「先輩の」
「…………あー……あぁ…ね、あれ」
「そう、あれ」
「それいまじゃなきゃだめ?」
そりゃそうだ
「先輩の声聞きたかったっていうのもあるんですけど」
「…うん」
「会いたいなあって」
「まいにちあってた」
「会社でね」
「…あー」
「温泉どこ行くか考えといてくださいね」
「…うん」
「あと、今から行ってもいいですか」
「ねるっつったろ」
「駄目?」
「…そういうのゆるされんのはかわいいこだけだから」
それでも先輩はきっと
「さんじかんごな」
許してくれるのだ
力尽きた…
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