ひとときの夢(織田軍→小早川軍)
2011.11.15 Tue 01:00
「光秀、こちらにいらっしゃい」
厠の帰り、濃姫に手招きされて光秀は首を傾げた。
こんな夜に彼女が出歩くなんて珍しい。普段ならもう寝ているか信長と共にいるかだろうに。
「どうしました帰蝶」
「月がとても綺麗なのよ。一緒に見ましょう?上総介様と蘭丸君もいるわ」
「ほう……蘭丸はいらないのですが」
「もう、そんなこと言わないでちょうだい」
ほら、行きましょう。そう微笑んで歩いていく濃姫に、光秀は素直についていく。
少し歩いて角を曲がれば、庭に面した廊下に並んで座っている信長と蘭丸がいた。
蘭丸は光秀を見るなりうげっと声をもらし、光秀もまた嫌そうに眉を顰める。
信長はこちらを見もせず、空の盃を光秀に差し出した。
その動作にゆるりと笑むと、光秀は信長の隣に座り徳利を盃へと傾ける。
「今晩は信長公。月を愛でるなど貴方にしては珍しい。そこの餓鬼にねだられましたか?」
「がっ、ガキとは何だ!蘭丸はガキじゃない!それにねだってないぞ、お願いしたら信長様が許して下さったんだ」
「おやおや。お優しいのですね信長公」
「黙って注がぬか」
三人の掛け合いにクスクス笑いながら、濃姫は信長の斜め後ろに座り、誰もが見惚れる笑顔で夜空を見上げた。
散りばめられた星の輝きの中、存在を主張する丸い光。
こんな風に穏やかな時間を四人で過ごせるなんて、まるで夢のようね。
呟かれた言葉に、蘭丸はもっと沢山過ごしましょうよと無邪気に笑い、信長は満更でも無さげにふんと鼻を鳴らす。
光秀も隠れて笑い、月を見上げ。
(下らない家族の真似事だ)
嫌だとは、思わなかった。
「…………これはこれは、懐かしい夢を」
「ただいま天海様ぁー、何処にいるのー?」
自分を呼ぶ声に、天海は部屋を出た。
声のした方へ歩いていけば、両手いっぱいに野菜を抱えた金吾がわたわたと近寄る。
それにうっそり笑い、天海は優しく声をかけた。
「お帰りなさい金吾さん。一人旅は如何でしたか?」
「天海様、ひどいよ!変な手紙のせいでたくさん怖い目にあったんだからね!」
「おやこれは失礼しました。ですが、お目当てのものは手に入れたようですね」
「うん。小十郎さんが、お詫びだって持てるだけくれたんだ!」
天海様もびっくりするほど美味しいんだよ。小十郎さんの鍋はやっぱり伝説通りだったんだ!
天海はうんうんと頷き金吾の思い出話を右から左へ受け流す。からかって遊ぶにはいい相手だが、人として興味があるかどうかと聞かれれば、正直小指の先ほども無い。
故に聞いているふりをして適当に相槌をうっていたのだが。
「そうだ天海様。今日、お月見しようよ」
その金吾の言葉に、ぴたりと固まった。
「今日は満月なんだって。月を見ながら食べる団子、おいしいんだよな〜」
まぐまぐ、と想像だけで涎を垂らす金吾。
天海は、今でも深く刻み込まれている、夢に見るほどの記憶が鮮明に脳に描かれ、仮面の中であの頃の様に口元を緩ませる。
戻りたいというわけでは無いのに、強く焦がれるのはどうしてか。
「……それは良いですね。僭越ながら、私が団子をこしらえましょうか」
「本当?楽しみにしてるね!」
その前に貰った野菜で鍋だ〜!と走っていく金吾に、天海はまた笑った。
あの頃とは、違う笑顔で。
end.
団子10個中9個は下剤入り。ネウロ風ロシアンになってます。
天海様には人らしい穏やかな時間を過ごしてほしいです。
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