「どうしたびょん、早く開けろよ!」

ディーノの後ろで、手を頭の後ろで組みながら、犬が声を上げた。

「いや…うん」

ディーノはそう言われて、もう一回入口の戸を押した。
ガコ、と木の擦れる音が鳴ったが、それは開かない。
一寸黙って、今度は引くが、これも当たり前に開かない。

「……えぇっと…恭弥?鍵閉めたんなら言えよー。ちょっとびっくりしちまったじゃん」

あはは、と乾いた笑いを洩らしながら雲雀を振り返る。
当の雲雀は、投げられた視線を流して、獄寺を見た。

「鍵、持ってるの君でしょ」

そう言われて、獄寺は右手を軽く握った。そこには鍵が確かにあり、少し汗ばんでいる。

「鍵閉めるんだったら、あなたしか出来ませんけどね」

なんだかバツの悪そうな、なんともいえない表情をしている獄寺に骸も言えば、同じような表情をディーノもした。

「俺は閉めてねーぞ。全員ここに来てからは入口に近づいてもねーし…」
「閉める閉めないとか…そういう事じゃない…」
「ここの鍵って、二階側についてるよね?」

鍵を摘んで、皆み見る様に腕を持ち上げた獄寺だったが、クロームと京子にすかさず口を挿まれた。

「じゃあ、こっちからじゃ鍵閉められないって…事だよね」

不安げに綱吉が呟いた。
全員が目配せで、誰かが何か言うのを待った。誰かが、「いやそんな事無いよ」と、安心させてくれるのを待った。

だが、綱吉の言った事は、まさに事実で。

「…二階から押さえられてるの?」

不意に京子がか細い声を出す。

「誰が?…ここには全員、いる…よね?」

雲雀でさえ、ここにいる。
これで全員いるはずだ。
そもそも、こんな悪ふざけをする者など、誰も思いつかなかった。

再び沈黙が始まったところで、ディーノが懐中電灯をくるくると回しながら、笑顔で戸を指した。

「ま、まあ、力ずくでも開けりゃいいんだろ。古いからちょっと壊しちまうかもしんねーけど、みんなで押そうぜ?」

そして、座り込むとうんうん唸りながら戸を押しにかかる。
それにいち早く加勢したのが山本で、それに続くように次々と荷物を置いて加わっていく。

しかし、押せども引けども、どんなに力をかけた所で、それは木の軋む音を立てるだけでテコでも動かなかった。
次には男二人で戸の上でジャンプしたりもしたのだが、それも失敗に終わった。
奥の手として綱吉が死ぬ気になって殴る案が出され、この床も一緒に抜けるんじゃないかとの心配を押し切り実行されたのだが、これも同じ結果だった。

これには誰よりも綱吉が落胆していた。
それを見かねて、了平も一緒になって戸を粉砕しようと自慢の拳を振った。
だが、五分後には手を押さえて痛がる綱吉と愕然とする了平がいた。

「なら最後は獄寺の花火で…」
「花火じゃねえ!!ダイナマイトだ!」
「だ、だめですよ!!そんな事したら、私たちまで危ないです!」
「それに、火事になっちゃうかも…」

苦笑いを浮かべながら山本が言い出すと、やはり反対の声が上がった。
最初から本気で言っていないのは誰もが分かっていたが、この状態になると、それも一つの是非実行したい案となる。
山本は「冗談だぜ」と元気なさげに笑って口を閉じた。

転がった懐中電灯が、戸の周りに座り込んだ人達の影を、くすんだ壁に映す。
その影の一つがゆらりと揺れて、俯いた形に変わった。

「…これってあれですよね。閉じ込められちゃった感じですよね…」
「ランボさん帰りたいいいいい!!ここやだあああああ!!」

諦めた感が漂う中で、ハルが泣きそうに言う。
それに不安を煽られたランボが、とうとう泣き出してしまった。

「…出れねえと決まったわけじゃ無いだろ?三階だからちょっと高いけど…窓からとか」

ランボの様子に苦い顔をしながら、ディーノが落ち着かせるような声色で話す。
その手があったかと少しだけ安心したように何人かが笑うが、その周りでは顔を見合わせていた者も何人かいた。

「ボス、見なかったのか?」

後者の一人のロマーリオが、遠慮気味に発した。

「何がだ?」
「外から見た三階…、おかしかった」
「窓が見当たらない」

クロームが言いずらそうにぼかした言葉も、後に続いた千種が鮮明にさせてしまった。

驚きながらも、「まさか」と半信半疑なディーノの顔。

「窓がねえって、んなわけないびょん!」
「そんな、嘘ですよね?」

「なら見てくればいい」

ずっと黙って扉の前にいた骸が、黒しか見えない廊下に視線を向けて言った。

「館の周りを一周しましたけど、外からは窓らしきものは見られませんでした。中からも、ここから見た限りでは無さそうです」

ありのまま事実を言えば、不安げにしていた彼らの顔色が先ほどよりも一層蒼くなるが、この仄暗い中でも分かった。
愕然としている中で動いたのが山本だった。
懐中電灯を掴み、雲雀と骸の立っているドアの方へとやってきた。
二人に目もくれずに通り過ぎ、ドアの外に明かりを向けた。

今まで見えなかった廊下が映し出されたが、そこはこそ物置と変わらぬ床や壁の色。

一歩、右足を廊下へ踏み出す。
ぎし、と不快な音が全員の耳に届く。

右手に持った電灯を左右に振ったかと思えば、次には天井を射した。

「や…山本…?」

綱吉が静かに山本の背中へ向けて声をかけた。
すると、振り返った山本が、綱吉ではなく、ディーノに視線を向けた。

「…この先ちょっと見てくる。電灯借りていってもいいか?」
「あ、ああ。構わねえけど…一人じゃ危ねえだろ。俺も行く」

座り込んだ際についた埃を適当に叩き落として、立ち上がる。
それに、慌てたように綱吉も腰を上げた。

「お、俺も行く!」

そう言って早足でドアへと向かう。

骸はその様子を眺めながら、風の流れを感じて、ドアの外を振り返った。
微かに廊下の奥からこちらへ吹いてくる感覚があり、もしかしたら本当に窓があるのではと思った。

その間にディーノ達の話は進んでいたようで、目の前を三人が過ぎて廊下へ出て行き、そこでやっと目線を廊下から外した。

廊下の奥へ進んでいく三人はいつの間にやら山本ではなく獄寺がおり、物置内を見れば山本が苦い顔をして佇んでいた。

こんなところでも獄寺は山本に対抗心を燃やすのかと、ぼんやりと考える。

ふと思い出したように抱えていた本を手に取った。
二階のベッドの下から見つけたあの本だ。

携帯を開いて本を照らせば、黒い革のカバーが照らし出された。
表紙を捲る。埃や多少の黄ばみはあれど、然程汚れていない様子だ。

一ページ目には、全く何も書かれていない。
骸はドアの横の壁を背もたれにして座り込み、もう一枚捲った。

すると今度は、少し癖のある尖った字が整然と並んでいた。
それを漠然と眺め、骸は持ち主の気難しそうな性格を少しばかり読み取った。


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