先ほどより少し広めの廊下へと出た。左手には大きめの窓が三つ並び、星のか細い光がチカチカと瞬く。
見下ろせばそこにあったであろう木々も、夜の闇に呑まれて、一体化していた。
「骸?部屋が二つあるが、なんだ?」
最前からディーノの声がして、骸はすぐに返した。
「書斎と寝室です」
最後尾のロマーリオが入る頃には、その廊下は一杯一杯になっていた。
ディーノの懐中電灯の明かりが、「書斎」と書かれたドアを照らし、言う。
「てことは、ここで行き止まりか。あまり広くはないんだな」
「なら早く肝試ししましょ!」
「急がないと本当に深夜になっちゃうよ。もう10時になるから」
ハルが急かせば、携帯のサブディスプレイを 見ながら京子も同意する。
色々と予定が狂って、時間は刻々と過ぎていっていた。
「行き止まり…?」
ふとクロームが目を瞬かせて、辺りを見た。
「どうしたびょん」
「なんだ、クローム?」
その様子に、犬と山本が尋ねるが、キョロキョロするだけで返事は返さない。すると、それを見ていたロマーリオが落ち着き払った声で、誰に言うでもなく一言だけ洩らした。
「三階が見当たらないな」
全員がロマーリオを見やる。
「そういえば、骸。お前さっき三階がどうのって言ってなかったか」
「そういや、三階は鍵がついてて…って言ってたよな?」
思い出したように綱吉と獄寺が言う。
「ええ。三階は鍵が付いていて昇れないと言いましたよ。入口らしきものは見つけましたが、それが本当に三階の入口かは分かりません。
ですが、階段は他にないようなので」
「なんで階段がないんだ」
了平が至極まともな疑問を述べるが、骸だって分かる訳がない。
さあね、と言う様に肩をすくめて見せれば、了平は黙ってしまった。
懐中電灯の明かりを足元に下げて、暗がりの先にいる骸を、ディーノは見据えた。
「それはどこにあるんだ?というか開きそうにないのか?」
「いえ、難しい鍵ではないので、壊せば簡単に開くんじゃないですか。南京錠ですから。
しかし鍵がないわけではないでしょう。探せば見つかると思います。
場所は…、あなたの後ろの書斎。…の、奥です」
そういわれて、下げていた電灯を持ち直して振り返る。
かすれた書斎の文字。年代を思わせる古びた扉。
それに手を掛けようとしたものだから、綱吉が思わず顔を引きつらせた。
「ま、まさか三階まで行くんですか?肝試しなら、一階とここだけで充分だと思うんですけど…」
「俺は見て見たいぜ。探索って面白いのな!」
精一杯、怖くないけどね、と声色に含めて言ったつもりの綱吉だったが、周りの目は完全に保護者のそれだった。
大丈夫だよと暖かい眼差しを向けられて否定したくなるが、今ならもの凄い墓穴を掘るだろうと分かっていたのでこらえた。
そんな周りを気にするでもなく山本が、ニカっと笑う。
「まあ、みんないるし、すぐ終わるから。ちょっと見るだけだって!」
ディーノの フォローになっていないフォローに綱吉は落胆しつつも、「みんなで」ならと少し気持ちを持ち直した。
怖い物好きが集まると、止めるものも居ない。
この興味本位の怖いもの見たさに後々後悔する事になるとは、綱吉はおろか、誰もが予想だにしなかった。
「まあ、それには開ける鍵が必要になるわけだな。手分けして探そうぜ。携帯持ってる奴はその明かりで探してくれ」
ディーノはカチャリと書斎の扉を開けた。
紙のすえた臭いがふわりと廊下へ漏れ出してきた。
「なら私は寝室の方を探しますね」
ハルは廊下を挟んで、隣の寝室へと向かっていった。
それに京子が、ランボとイーピンを連れたクロームが付いていく。
振り返ればいつの間にやら雲雀はおらず、しかしそれを大して気にもせずに骸は寝室へと向かった。
暗い寝室の中に、携帯の小さな明かりが点々と、仄かに室内を浮かび上がらせていた。
昼間に骸が見た引き出しなどを開けては「ありませんねー」と残念がる女子の声が聞こえてくる。
骸はその反対側、大きなベッド二つに、子供用のベッドが並ぶ方へと足を向けた。
レースをあしらった掛け物は、埃を被って、当時の思い出を風化させてしまっているように見えた。
ふと座り込み、ベッドの下を覗き込む。
何かあるかと期待したわけではなかったが、まあ失くし物を探す場合の鉄板だ。
無い無い、と子供が言うときに、決まってあるのがこういう場所だ。
携帯をかざして上から下まで照らす。特に何もなさそうだ、と顔をあげようとした。
その時、何か見えた気がした。
数秒黙して、またベッドの下を覗き込む。
足元の方、奥に何かが見えた。
携帯の明かりは弱く、鮮明に映すに至らない。
埃も気にはなるが、骸は思い切り腕を伸ばして「それ」に触れた。
つるりとした感触だった。さらに不思議に思いながら、何度か指を屈伸させて、その端を指の腹に引っ掛けた。
そのまま、ゆっくりと手繰り寄せる。
服はとっくに埃塗れになっていた。やっと手に入れたそれを手に抱えながら、服を叩く。
はらはらと細かい繊維が舞い散って、明かりに映し出された。
それは手のひらよりも少し大きな、ハードカバーの本だった。
その時、骸に少女達から声がかかった。
「六道さん、鍵ありました?」
骸は振り向く際に、本を後ろ手に持った。
そして何食わぬ顔をして「こちらにはありませんね」と返事をした。
それを聞いた三人は、落胆して寝室を後にする。
出て行く後姿を見送り、先ほどの本を眼前に持ち出した。
隠すつもりはなかったが、なぜか見ないほうがいい物のような気がしてしまい、言えなかった。「悪い予感」というわけでもなかったが、なぜか…。
「なにしてんの」
また声がかかって本から目を離せば、寝室の入口に寄りかかって腕組をする雲雀の姿があった。
「まだ君の悪趣味は治らないようだね」
骸の手にするものをみて、馬鹿にするように雲雀が言う。
「いなくなるから帰ったんだと思いましたよ」
雲雀の言葉など聞かなかったかの様に返せば、気にするそぶりも無く雲雀が近づいてくる。
「まだ面白いもの≠見てないからね」
それに、と言葉を続ける。
「僕も君の事、そうもいってられないし。―ほら」
そう雲雀が片腕を骸へ差し出した。その手に握られていたのは、先ほど拾った物より、小さくて薄いメモ帳の様なものだった。
骸はそれを携帯の光で照らすや否や、顔をしかめた。
それの表紙には黒いものがべったりと付着していた。
ぱりぱりに乾いてはいるが、骸にはすぐにそれが何だか分かった。
血≠セ。
「どうしたんですか、それ」
「使用人室とか見て周ってたんだ。その隣の、リネン室の隅に落ちてたのを見つけた。幸い中身にはそんなに血は入り込んで無かったから開けるよ」
「…中身を見ましたか?」
「だから君の悪趣味を悪く言えないって言っただろ。日記さ。この館のメイドの」
「メイド?」
それを受け取る。
ざらざらとした血の塊が不快感を高める。
パリ…音を立てて表紙を開く。
血で汚れてはいるが、文字を読み取るには問題は無かった。
そこには、綺麗な文字列が並んでいた。
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