旧館を見て足を止めたのも一瞬で、雲雀はすぐ古びた扉に向かって行った。
やっと追い付いてきたメンバーは、そびえ立つ「いかにも」な雰囲気を纏う館に感嘆したり怯えたりと反応は様々だが、その根底には恐怖があった。
一足先に扉に到着していた雲雀は、重く軋むそれをゆっくり開ける。
ギイィ…、と、それはまるで地の底から響いてくる男の唸り声の様で、骸は内心ドキリとした。
「凄い所だね、本当に出そう」
京子がハルに寄り添いながら呟く。
骸が雲雀の後ろから扉の中を覗き込んだが、何も見えないほどに暗い。
この外でさえ月明かりでも乏しい照明で、やっと誰が誰か判る程度だ。
骸と雲雀の横をすり抜け、ディーノが中へと入った。
新館以上に軋む床が、訪問を告げるように低く鳴る。
肝試しに使うように持ってきていた乾電池式の懐中電灯を点けて、玄関を見渡した。
「ん、スイッチが見当たらないな。電灯もねーし、…電気通ってないっぽいな」
「その方が雰囲気出て都合いいだろ。さっさと中に入ろうぜ」
急かす獄寺に、お前なあと困った様にディーノが笑う。
「そうだ、骸。お前どこまで中を見たんだ?これじゃ中のどこが安全かも分からねえ」
明かりを床に落としてディーノが聞く。明かりの当たった床は灰色で、ディーノのものと思われる足跡はくすんだ赤色が見えた。
舞った埃が照されてまるで羽虫のようだ。
「一階と二階は見ました。部屋を全部回った訳ではありませんが。三階は…、鍵が付いていて昇れません。
特に危険なところと言うのは見当たりませんでしたよ」
確かに古いのだが、意外と内装はしっかりしていて、荒れた様子は無かった。
掃除さえすれば今だって住めるくらいだ。
「そうか。なら問題無さそうだな。じゃあ一旦中の様子を見て回ろう。肝試しの順路は、その後に決めよう」
「決まりですね!入りましょう!」
「ホントに大丈夫かな…、凄く不気味だよここ…」
怖がる様子もなく、逆に楽しそうにハルが綱吉の腕を取る。
対称的に綱吉は、顔を蒼くして、足取りは重い。
「ガハハ!ランボさんいっちばーん!」
「ランボ、危ナイ!ヒトリダメ!」
「あ、待って…っ」
全員がハルと綱吉について動き出すと、ランボが我先にと駆け出した。イーピンがそれを止めに追い掛けようと走れば、手を繋いでいたクロームも引っ張られる。
そして皆が玄関へと入った。
「俺は先頭にいるからロマーリオは最後尾にいてくれ。んじゃいくぞ、はぐれるなよ」
懐中電灯を持つディーノが先頭に立った。
最後尾にいた骸と雲雀の元へロマーリオがつく。
「雲雀くん、どうするんです。帰るんですか?」
肝試しに参加しない雲雀が未だに玄関に残っていた事に気付き、骸が問う。
「一通り見学したら帰るよ」
館に興味を持ったらしい。
雲雀は腕組みをしながら返した。
群れたくないんじゃなかったのかと指摘したかった骸だが、本人がいいならいいのだろうとさらりと流すことにした。
前の人が進み出したのを見て、骸もそれに習う。
怖い怖いきゃあきゃあと恐怖心など感じさせぬ声で騒ぐ者、それに怒る者、本気で怖がって声も出せぬ者が、ぞろぞろと廊下を進む。途中途中に部屋へのドアはあるものの、殆ど鍵がかけてあり、掛かっていないものといったらトイレとキッチン、リビング、それと倉庫くらいだった。
これじゃあ行くところ無さすぎて肝試しにならないな、と次は二階へと移動する。
老朽化した階段は、いくら頑丈といえど、10人乗ればさすがに危なっかしい音を立てた。
「ん?」
と、先頭のディーノが、階段を上がって直ぐに立ち止まったものだから、後ろに続いた者達は階段の途中で詰まり、綱吉は前に激突して危うく転落しそうになった。
前にいた獄寺は綱吉の腕を引いて、後ろの山本が服を掴んで、事なきを得る。
「てめえ、何してんだ。早く進め!」
怒る獄寺に、ディーノが切り返した先は骸だった。
「なあ骸。ドア2つあんだけど、1つ客室で、も1つ何だ?なんも書いてなくてさ」
骸は思い出していた。
たしか、階段を上がると、横に伸びる廊下。そして真正面にドアが2つ、隣接していたはずだ。
「そちらは使用人室と家主のプライベートルームです。他は書斎などがありましたよ」
階段上と階段さえ足を置かない場所まで離れていれど、声を張らなくとも充分に伝わる静けさだ。
「鍵は殆ど掛かっていませんよ」
そう言えばディーノはガチャリと迷わず何も書かれていないドアを開けた。
そこは確かに使用人室と提げられたドアが並んでいた。
奥に進む事で、やっと最後尾までが二階へと上がった。
「変なとこ」
ふいに雲雀が呟いた。
「ここがありながら新館建てる意味あるのかな」
確かに。骸は思った。
建物の建築歴にして、旧館も新館も然程差は無いように思う。
なのに新館は殆ど生活感が無かった。
「分かりかねますね」
結論として、そう答える。
先頭では使用人室が隣接する廊下の最奥の扉を開いた所だった。
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