太陽の光薄い廊下は足元が危ういくらいに暗く、前を見るより地面ばかりを見ていた方が長かった。
そこを経て客間列なる廊下へ出ると、骸は目を瞑った。
再び開けるが、ちかちかして細目になる。

小汚なかった照明は埃を拭われ、以前そうだったであろう眩しさを取り戻し、煌々としていた。

数十秒そこにいたらようやく目が慣れ、改めて周りを見る。
照明だけではない。床、壁もそれなりに綺麗になっていて、思わずあれがこうなるのかと、ほぅと感嘆の息を洩らす。
ダイニングだけでなく、あの部下たちは他の部屋も掃除したらしい。
全くご苦労な事だと歩きだし、玄関ホールまで戻ってきた。例外に漏れず、ここも清掃済み。

この分だと二階、三階共にやってあるに違いない。いや、やってあってほしい、と願った。それならきっと咳き込まずに寝れるのだろうから。


あれから数時間経っているため、もう自室に引っ込んだか、湖で遊んでいるかと考えてダイニングへの扉を開ければ、明かりはついているものの、案の定そこは空だった。
しかし、ダイニング先のテラスへ続くガラス戸は開け放たれており、そこから遠くに笑い声や甲高い女子の声が聞こえてくる。それと同じく水のばしゃばしゃと打つ音もした。

遊泳を楽しんでいる様だ。

骸は扉を閉めようとした。最初から混ざる気などさらさら無い。どこにいるのか分かっただけで充分だ。
このまま自室へ行って、晩御飯まで休もうかと思っていた…のだが、すぐにそれは叶わぬ事になった。

扉を閉める前に、テラスに戻ってきたクロームと目が合ってしまったのだ。
彼女は、顔を火照らせていて、よほどはしゃいでいた事が伺える。それも相まって、骸を見つけたクロームの頬は、さらに赤みを帯びた。そしてニコリと笑い、骸の元へと駆け寄ってきた。
水色のストラップ柄のビキニは水分を含み、滴る水が床を濡らす。


「骸様も一緒に泳ぎませんか」

可愛らしく尋ねる彼女だが、言い方は「泳いでください」と言うような口振りだ。


「いえ、僕は。水着を持ってきていませんので。あなたはあなたで楽しんでください。お友達が出来たのですから」

そういうと酷く残念そうに眉を下げた。
だが、こんなにはしゃいでいるクローム達の輪に入るのは無粋だろうと骸は思う。自分が一緒に遊ぶなど、ボンゴレ達は、少なくともあの右腕は望んでいないのだ。喧嘩になって、クロームの気分を害したくはない。

このまま去ろうとすると、クロームがひしと骸の腕を掴んだ。
骸も驚いたが、彼女も驚いていた。だが、引くに引けなくなったクロームはぐい、と腕に力を込めた。

放しそうにないクロームを見て、骸は溜め息一つ吐いてから笑う。

「全く、しょうのない子ですね。では私はテラスで見てますから、貴方はお戻りなさい」

形は違くなれど、一緒にいたいという願いが叶ったクロームは、先程の笑顔を取り戻し、少し恥ずかしそうにはにかみながら、「ごめんなさい」と腕を放した。
少しじんじんと痛んだ腕も、この子の滅多にないわがままだと思えば、直ぐに痛みなど消え失せた。

テラスへ出ると、暗がりの中に楽しそうに笑いあう女子と男子の姿。
クロームはガラス戸に寄り掛けてあった鞄からぺしゃんこのビニールを取り出した。


「ハルちゃん、これ?」

と、また滅多にない位に大きな声(にしても他からすればまだまだ小さな声だが)を出した。
それに気付いたハルと京子がこちらに視線を向け、「おーけーですー!」と返す。

さっきテラスに出てきたのは、このビニールを取るためだった様だ。
それに口を付けて、頬を膨らませ、更に顔を真っ赤にしながらふうふうと息を吹き込み始める。
なるほどビーチボールかと骸が思っていると、くらくらと目を回したクロームが、ビニールから口を離してゼエゼエ言い出す。
ビニールはというと、全く形状が変わっていない。
肺活量の無いクロームが息を整え、意気込みながら再度吹き込みに掛かるが、待てども暮らせども変わらない。
逆に驚く程の肺活量の無さと、クロームのそれでも諦めない精神に、酸欠で失神するのではと不安になり、骸は彼女からビニールを取り上げた。


「僕がやりますよ」
「…すみません」

顔を伏せ、上目遣いに謝るクロームを横目に見て、骸が息を吹き込めば、いとも簡単にそれは膨らんだ。

「さすが骸様です」という誉め言葉もなんだか嬉しくないのは気のせいにして、ビーチボールを渡すと、にっこりと笑みを浮かべながらお礼を言い、皆のもとへと走っていった。



一方、それを傍観していた綱吉達男子は、呆然としていた。
思春期の男の子というのはちょっとした事にも敏感なお年頃だ。
ナチュラルな間接キスになんだか羨ましいような恥ずかしいような呆れるような、そんな渦巻く気持ちを抱き、顔を赤くしてしまうのはしようのない事である。
しかもそれに関して、クロームが嫌な顔一つしなかったというのもまた彼らには驚きであった。


「っていうかなんであいつ来てんすかね。テラスに座りこんじまってるし」
「クロームに呼ばれたんじゃない?」
「なあ、骸も混ざったら楽しそうじゃね?ツナ、呼んできていいか?」

山本があっけらかんとそう言えば、憤慨したのが獄寺で。
綱吉はさもどっちでも良さそうにしていたが、急に「あ、でも」と言う。


「骸入れたら3対3じゃなくなっちゃう」
「あー、それもそうか」

それに山本も、じゃあしようがねーか、と納得すれば、そうだろと獄寺が押しをかけた。
その会話を聞いていたらしいハルが、目を輝かせながら「それ頂きです!」と跳ねた。
何かと綱吉達がぽかんとする。


「だって考えても見てください!男女対抗なら女子が不利です!でもここに六道さんいれたらノープロブレムですよ!」
「あ、それいい!ね、ツナ君そうしよ」
「私も骸様と組みたい」

突拍子もないハルの案に京子もクロームも同意してくる。


「…え、じゃあそれ俺達でシャッフルしちゃえばよくない」

綱吉が返すも、ハルが「ツナさん冷たいです!」と何故か怒り出して、綱吉はますます混乱した。


「六道さんと親睦を深める大チャンスです!仲間外れはダメですよ!」
「私、六道君と話したことないし、いいと思うんだけどな」

そうすれば、もともと骸を嫌いなわけでない綱吉と山本は、それならと快諾してしまい、一人だけ戸惑う獄寺だったが、綱吉がそういう以上、彼は従わざるを得ない。
呼びに行かされる事になった獄寺が渋々骸に近づけば、何やら機嫌の宜しくない彼が来たことで、顔をしかめた。


「おら仲間に入れやるからありがたく思え」

そしてこの発言である。
上から目線に、骸もいい気はしないので、丁重に断るつもりが、言葉はそれでも口調はつい挑戦的になってしまう。


「いえ、結構です」
「んだと?十代目が誘ってくれてんだからさっさと来やがれ」
「そんな誘い方ありますか」


話し声は聞こえなくとも、険悪な雰囲気を纏う二人に綱吉が慌てて駆け寄って行った。


「ちょ、獄寺くん!」
「十代目だめっす。こいつやりたくねーみたいですよ」
「そんな事一言も言ってませんよ」
「ダメダメ、ストップ!…えと骸、女子のチームに入ってほしいんだけど、どう?ハル達が是非って言うんだけど」

それを聞いた骸が女子を見れば、目線の合ったハルがおいで、と手をひらひらさせている。


「…あなた方は?」

視線を綱吉に戻した骸が問えば、「俺は歓迎だけど。きっと楽しいと思うし」と笑う。獄寺を見れば、また睨まれた。


「骸ー!早く来いよー!」

そこで山本が急かすように呼ぶものだから、骸は、じゃあとTシャツを脱いだ。



それから夕食をディーノが呼びに来るまでバレーは続いた。

途中、了平が乱入してきて、男子チームに入ると女子チームは苦戦を強いられたが、連携プレーで何とか点差の広がりは抑えられていた。
そして今度乱入したのはランボとイーピンだ。
イーピンが入った女子チームは、何と男子に逆転を期した。さも当たり前の様に女子チームにいたランボも意外と戦力となり、結果、チームワークで勝った女子チームが男子と大差を付けて勝ってしまった。




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