自身の背丈より、頭一つ分程高い額縁に手を伸ばす。
それは銅の色だったが、所々緑色に錆ついていた。
取れば、カチャと幾分重たい音と共に手に収まる。
ザラリとした感触が不快だった。
「ここにあるってことは、三階のどこかの鍵でしょうか」
「鍵をかける場合、普通は一まとめに、一箇所に集めておくだろう。どこかの鍵というよりは、共通の鍵って可能性も有りだ」
「僕としてはそうあって欲しいですけどね、手っ取り早くて」
明かりを額縁から上下左右に移動させるが、他に目ぼしい物はない。
それを確認すると、雲雀と連れ立って部屋を出た。
出てすぐ、左、前へと続く廊下があり、右は壁で行き止まりだ。
「行くよ」
どちらにいこうかと思案していると、雲雀がそう言って真っ直ぐ歩き出す。
別に反対する気もなく、骸はそのまま着いて行った。
左手側に5メートル間隔で二つドアがあるのが見え、とりあえず手前のドアを引いてみる。
木の軋む音が不気味に響くだけで、開かなかった。念のため押しても見たが開かない。
ドアノブの上には鍵穴が見て取れ、無言のまま、先ほど手にした鍵を突っ込む。
ダメもとで突っ込んだはずが、ガチャ、と、すんなり最後まで入ってしまったので、逆にびっくりして「うお」と小さく声を上げてしまった。
「ほら、早く」
手が止まっているのを見て、雲雀が急かす。
自分の痴態に何も言われないのを、幸いと捉えるべきか、否か…。
びびってるのかと嘲笑されたほうが、精神的にもマシだったんじゃなかろうかと唇を緩く噛んだが、気を取り直して、手を右にひねった。
意外にも重たい開錠音。
すると、ずいと脇から雲雀の腕が伸びてきてドアノブを掴み、回した。
そのまま押すが、しかしそれはびくともしない。
一瞬固まったが、すぐに怪訝そうな顔をしてドアを睨み、もう一度押す。
やはり開かない様子で、今度は骸を睨んだ。
骸は携帯をしまい、軽く溜息を吐きつつドアに手を当てる。
今度は二人同時に押した。
ギシギシと詰まったような苦しそうな音をたてて、ドアは僅かだが動いた。
それも、ほんの1センチ程度だったが。
「立て付けが悪くなってるみたいですね」
手で押しながら、つま先でドアを何回か蹴ってみると、徐々に前へと押し動いていく。
それを見ながら何もせず黙っていた雲雀が、もう少しというところで、少し後ろに下がり、くるりとターンした。
何事かと振り返った瞬間、靴底が視界に入り、慌てて仰け反る。
次に靴、もとい足はドアを直撃し、ダンッと凄まじい音が響くなか、ドアは残像とともに消えた、……かと思えば、部屋の内側の壁に衝突し、勢い良く跳ね返ってきたものだから、骸はまた慌てて反動に負けじとそれを蹴り当てた。
衝撃は相殺され、ギィィィィと内側へ戻り、壁際で止まる。
「ぶっ壊す気ですか、馬鹿なんですか、あなたは」
「君みたいにチミチミやってるのは性に合わないんだよ。僕のおかげで開いたんだ、感謝こそせど、文句を言うのはどうなんだい」
「壊すどころか殺すような勢いで回し蹴りやっておいてドヤ顔やめてください」
ふん、とそっぽを向いて部屋へと乗り込む雲雀を見送る。
骸は携帯を取り出し、開いた。
ぼんやりした視界で、やはり心許無い。
部屋へと足を踏み入れると、暗闇に加え、更に無音となったように感じる。
風の音も、波の音も、微かにしていたものが遮断される。
カツカツとなっているのは雲雀のローファーだろうか。
「次」
壁際を照らし見ようとした時、雲雀が腕組みしながら出てきた。
「なんもない、行くよ」
「なんもないって」
「何も。家具も何も無い。物置ですらない空き部屋みたいだ。ほら次」
なんの躊躇も無く部屋を後にする背中を睨む。
一応、と早足で一周してみたが、言われた通り、本当に何も無かった。
隣の部屋も同じようにガラン洞で、もしかして三階は使っていなかったんじゃないかと思えてくる。
部屋を出、先に進むと行き止まりで、廊下は左に折れる。
そのまま歩くと十字路に出た。
左には廊下の右側の壁に二つドアが見え、右は2メートル程先の突き当たりにドア。
十字路前方は長い廊下で、先が暗闇で分からなかった。
さて、またどこから見ようか。
そう思いキョロキョロしたところで、ガタンガタンと重いものがぶつかる様な音と、次に耳をつんざくような悲鳴が静寂を支配した。
音は、十字路の左。
二つあるうちのどちらの部屋かはわからなかったが、とりあえず駆け寄る。
一番手前のドアを開けようとしたが、ノブが回らない。
ならばと奥のドアノブを回すが、これも開かず、骸はとりあえずドアをドンドンと叩いた。
「どうかしましたか」
どちらからだろう、女性の泣く声がする。
考えあぐねていると、のんびりと雲雀がやってきた。
そしてその後ろから、血相を変えたディーノとロマーリオ、了平が飛び込んで来たのが見えた。
「どうした!?」
「京子!」
ディーノが骸たちに尋ねる横で、了平がドアを開けようと格闘しだした。
ただならぬ事態と思ったのか、続いて犬と千種が到着する。
「今の声なんなんら!?」
「骸様、今のは」
「いえ、僕も今来たところで」
わからないのですが、と言う声は了平の妹を呼ぶ声に掻き消された。
ドアが開かないと分かると、先ほどの骸以上の力でドアを叩き出す。
「今の声、お前の妹なのか!?」
「っていう事は、一緒に行動していた奴らも中?」
「一緒って、ならボンゴレ達だびょん」
ブスも、と犬が付け足す。
クロームも一緒か…、と骸が舌打ちをした。
そうとすれば中にいるのは獄寺に山本、綱吉、ハルと京子、そしてクロームとなる。
(いや、そういえばランボやイーピンもくっ付いてましたね…)
8人。思っていたよりかは深刻ではない。
男が三人(ランボも男だが)いれば、クロームの生命が脅かされる事もないだろう。
先ほどの焦る気持ちが落ち着いたのを感じ、骸はドアを壊れんばかりに叩く了平のもとへ行き、その腕をグイと引っ張った。
動転している良平は「離せ!」と叫んで振り払おうとする。
「うるさいんですよ」
そのまま掴んだ腕を良平の背中まで捻り、痛さに気を取られた了平の足元を掬(すく)う。
ぐら、と傾いた身体を見て、骸は掴んでいた手を放した。
支えるものもなく、受身をとれずに、派手に尻餅をつき、「ぐっ」と声を漏らす。
「騒いでいたらあちらの声が聞こえないでしょう」
その一連の流れに驚き、ディーノ等が唖然として固まっていた。
そして、そんな状況を尻目に、今度は雲雀がやってきてドアをノックする。
コンコン。
響く事の無い重厚な木の音がした。
「平気かい」
一瞬の静寂の後、「ひ、雲雀さんですか!?」と声が上がった。
綱吉だ。
「やあ、草食動物。質問に質問で返すなんていい度胸だね」
「ひぃっ」
挑戦的で少し脅すような声色。
中にいる者は、相手が相手なだけに冷や汗をかいただろう。
声とは対称的に、いつものポーカーフェイスにじんわりと意地悪な笑みが滲んでいる。
面白がっている、と骸はじとりと雲雀を見ながら、同じ様にノックをした。
「クローム、いますか」
「骸様…っ」
「骸か!」
ハッとした様子で自分の名を呼ぶクロームに、何故か反応を示した獄寺を無視して努めて落ち着いた話し方で返す。
「ドアが開きませんが、どうしたんですか?」
「そ、それが…」
「わ…私たちがここに入ったら、いきなりドアが閉まって…!」
「びっくりして、明かりを手から落としちゃったから、拾おうとしたら、周りの箱とか椅子とかが…と、飛んできて…」
クロームが話すより前に、ハルと京子が説明を口にした。
「飛んできただと!?」
あれから大人しかった了平が、驚愕した。
「飛んできたというのは…具体的に?」
「ええと…ドアが閉まった事に慌ててて、パニックになってたからあんまり詳しくはわからないけれど、…ガタガタって音がしたと思ったら、暗い中から何かが凄い勢いで掠めていって…壁に当たって」
「俺がそれに明かり向けたら、小さい木の椅子だった。これが飛んできたわけって最初は疑ったけど、明かりむけて見た瞬間、その椅子が空中から落ちて転がったところだったから…。壁に当たって落ちる瞬間を見たんだと思う」
「その後、また別のなんかが掠ってったんだよ、一個だけじゃねぇ、部屋の中にあったもんが交差して飛びかって壁にぶち当たった。ほんとに一瞬だったぜ」
骸が説明を求めれば、クロームが応じ、それに山本、獄寺が続いた。
「どういう事だよ…、あ!それよりお前ら、怪我は!?」
説明されても、理解が出来ない。
唖然としていたディーノが、ハッと思い出したように心配すれば、どうやら中で確認し合っていたようで、数秒間が空いた後、「大丈夫みたい」と綱吉が返した。