「この人頭おかしいんじゃないの」
「!」
気づけば、上から覗き込む様に屈んだ雲雀がいた。
「ちょ、覗き見ですか」
「僕の見つけたやつ読んどいて今更何言ってんの」
それには口を噤んだ。
ふい、と視線を日記へ戻す。
「頭おかしいというか、……疑心暗鬼って感じます。何が起こっているのか把握出来ない状況と、森の行動がそうさせているんだとは思いますが…というか、これ、もしかしなくてもこの家の主のですよね」
「そうだろうね。さっきの日記とは噛み合ってないところがあるけど」
「アゼルの兄の事ですね。メイドは兄の事は知らないみたいですけど、この日記の持ち主は兄の事について触れていますし、やはり存在してた様ですが」
パタンと日記を閉じると、ふわんと詰まっていた埃が吹き出した。
「まあ、分かったのは、この家は普通じゃないって事じゃない」
「ポルターガイスト紛いな事が起こってたみたいですし……もしかしてさっきのもそれだったりするんじゃないですか?」
「はた迷惑」
「同意します」
うずくまったり、ぼんやりとするハルやクローム達がそっと顔をあげる。
目線は骸と雲雀の隣のドアへと向けられた。
開け放たれていたドアから無言で入ってきたのは、先ほど探索に出て行ったディーノと綱吉に獄寺だった。
ディーノと綱吉は落胆顔で、獄寺はむすっとしたような不貞腐れた様子。
綱吉はドアの前で立ち止まると、なんとも言いにくそうに目をおよがせたので、骸は何が言いたいのか直ぐに察しが付いた。
「あー…。ええと、結果を言えば、窓は見つけられなかった…」
その言葉に、京子が「そんな」と呟く。
ディーノは懐中電灯を待機していた彼らの輪の真ん中に、とすんと置いた。
四方に影が出来上がる。
「だが、まだ確かめてねえとこはある」
腕組みしながら獄寺が言う。
それに続くのはディーノ。
「そうなんだ。鍵のかかった部屋が多くて、あんまり調べられなかった。鍵探すのは大勢がいいってことで、とりあえず戻ってきたわけだ」
「それならやる事決まりだな!んじゃあ、さっさとやろうぜ。俺たちで探せばすぐ見つかるって!」
「うむ、その通りだ。人数は多ければ多いほどいいからな!」
山本が元気に立ち上がる。不安そうにしている全員を励ますように、了平も声を張った。
無言ではあったが、次にクロームが立てば、ハルや京子もそれに習った。
「そうですよね!よおし、なんだかやる気になってきました!」
「うん、早くみんなで、ここから出ようね!」
「でもさー、骸さんが周り見て窓ないって言ったんなら、部屋いくら開けたって窓なんかきっとねーびょん」
「犬」
すっかり気の抜けた犬が、先ほどの話を蒸し返すように言うと、千種が注意するように一言だけ発した。
そんな千種をひと睨みして、ぷい、と斜め下を見る。
そしてその犬に噛み付いたのが獄寺だ。
つかつかとしゃがみこんだままの犬の前に寄って行き、上から不機嫌な声で怒鳴った。
「てめえ、諦めんのか?骸、骸ってお前の目で見てねえもんを信じんのかよ!」
「ああ?骸さん馬鹿にすんな!俺はねーもんはねーっていってんら!大体、窓が無いって見てた奴らは他にもいんだろ!」
「犬」
次に犬を呼んだのは骸だった。
途端にハッとして黙り込んだ犬を横目に、獄寺が舌打ちをしながら頭を掻く。
「じゃあ、てめえはここでへこたれて待ってりゃいいだろ。十代目行きましょう」
「え、あ」
心配そうに犬を見ていた綱吉の手をぐいと引いて、獄寺は部屋を出た。
苦笑いをしながら、山本も「お先にー」と小走りで付いていく後ろを、「おーっし、探すぞー!」と先ほどにも増して声を張り上げ、了平が追った。
「ま、まあ、落ち着いたら来たらいいから。俺たち先に鍵さがしてっからな。ロマーリオ」
「あいよ、ボス」
「…あの、私たちも行きますね!きっと出られますから、大丈夫ですよ!」
「そうだよ、私たちで先に窓、見つけちゃうよ」
ランボとイーピンを抱きながら、出て行く彼女らの背を少し眺めた後、骸は犬を見据えて近寄っていった。
そして、なにか言いたげな犬の頭に手を軽く置いて、ゆるゆると無造作に撫でると、犬はさらにうなだれた。
「あなたがしょげてどうするんですか」
「……はい」
「僕がいながら不安なんですか」
「そ、そんなことないれす!」
ガバッと顔を上げた犬は、いつもの元気な顔とは違って、少しくしゃりと歪んでいた。
久しぶりにこんな犬を見た、と骸は、少しおかしくて笑いそうになった。
「なら問題ないでしょう?ほら立って。千種、クローム、犬を連れて先に行っててください」
犬の手を握って立たせる時に、ぎゅうと握り締められた。
伸びた爪が食い込んで痛かったが、気にせずに引っ張る。
千種が犬を率いて廊下へ誘導する際に、クロームが犬に心配そうに尋ねていたのを、何時も通りにつっけんどんに跳ね除けていた。
平気そうだな、と思ってみていると、ドアの横にいた雲雀が「お節介」とだるそうに言う。
「君、誰かさんに甘いなんてよく言えたね」
「僕もいまちょっと思いました」
くふふ、と笑いながらある方向を見やる。
置いてけぼりをくった懐中電灯を拾い上げ、そちらに光をむけると、チカッと反射した。
「それで、さっきから思ってたんですけど」
部屋の角、古い大きなイーゼルの後ろにはタンスがあり、その上の壁には絵の入っていない額縁が掛けられていた。
その額縁のコーナー金具に何かが引っかかっており、骸はイーゼルをどかせて、近くから光を当てた。
暗闇から孤立したように浮かび上がったそれは、くすんだ銀色の鈍い光沢を持つ、鍵だった。