互いに意識し始める(ひなやち)
「谷地さーん!」
そう呼ぶ声を耳にして私は振り返った。
「日向、どうしたの?」
「あのさ!これから暇かな?!」
今の時間は昼休み。ちょうどお弁当を食べた後だった。
「大丈夫だよー、食べ終わった後だし。」
「それじゃあさ、ボール出しして欲しいんだけどいい?」
「うん、勿論!!」
「やった!じゃあ中庭で待ってるから!」
「分かったー、片付けたらすぐに行くね!」
そう言うと日向は颯爽と走って行った。
(…昼休みも練習して、日向ってばすごいなぁ。)
そう思っていたら、友人から衝撃なことを言われた。
「なになに、いつの間に日向くんって仁花の彼氏になったの?!」
「か、かか彼氏?!そ、そんな滅相もない!!」
私は慌てて否定した。
「そ、そんなわけ…だって私は日向に勉強を教えるとか部活のマネージャーをしてるだけで…べ、勉強は影山くんも一緒にしてるし!」
「それはそうだけど…なんかお似合いだったけどなぁ、2人とも。」
友人はニヤニヤしながらそう言った。
「わ、私もう行かなきゃ!」
「うんうん、行ってらっしゃい。」
私はその場の空気に耐えられなくて逃げ出すように教室から出て行った。
「あ!谷地さん、こっちこっちー!!」
日向は少し遠いところで、私を呼んでいた。
「お待たせ!」
「ううん。ごめんね、いい場所がなくてグラウンドのすぐ近くで申し訳ないけど。」
確かに、私たちがいる隣のグラウンドでは何人かの男子達がサッカーをしていた。
次の時間体育なのかな。とかぼーっと考える。
「うん、大丈夫。えっと…私は何をやればいいかな?」
「うん、あのさ。ちょっと強めに投げて欲しいんだ。いつもは菅原さんとやってんだけど、今日はちょっと都合が悪いみたいで…だから谷地さんに手伝ってもらおーって思ってさ!」
「…わ、私なんかより、影山くんの方が…いいんじゃない、かな…ほら、いつもコンビでやってるんだし!」
「………あいつは嫌!」
「へ?」
私はマヌケな声を出した。
「ちょっと失敗しただけで、“日向ボゲェ!!”って言うし。…うるさいし。」
日向はボソボソと文句を言い始めた。
確かに、部活中は“ボゲェ!”とか“ドアホ!”とかの罵声をよく聞く。
「だから、入部する前から俺に付き合ってくれた菅原さんに相手してもらってた。都合が悪い時は諦めてたけど、谷地さんがマネージャーやってくれてるから、お願いしてみた!」
昼休みまで俺に付き合ってくれてありがとう!、と言って、日向は私の手を握る。
私はうっかり友人に言われた言葉を思い出した。
“2人ともお似合いだったけどなぁ。”
ボンッ!と私の顔が真っ赤になる。
「………谷地さん?」
「!っな、なんでもないです!大丈夫っす!!」
「そう?ならいいけど…」
「さっ、早速始めよう!練習!どんな感じで投げればいいかな?!」
「そうだね!えっと、じゃあ…」
そんなこんなで練習が始まった。
私はランダムで、日向にボールを投げる。
基本的には強く、時々弱めに。
日向は、たとえ私が変なところに投げても、ちゃんと元の場所に戻ってくる。
(前から思ってたけど、日向って本当にバレーが好きなんだなぁ。)
前に清水先輩から聞いたことがある。
日向は中学時代、部員がほとんどいない中で、バレーをやっていたと。
市民体育館でやった、正式な試合はわずか31分間だったけど、彼は“負けるものか!“という勢いで試合に臨んだとも。
私は、その頃から日向の応援出来なかったことが少し悔しかった。
もっと前から日向のことを知ってたらよかったなー……。
って、私ったらなに考えてるの?!
これじゃあまるで日向のこと…
「!、あっ、ごめん!」
日向の声にはっとして、ボールを追いかけると、ボールは少し遠いところで跳ねていた。
どうやら日向が遠くに飛ばし過ぎたみたい。
「ごめんね、谷地さん!」
「ううん、大丈夫!取りに行ってくるね。」
私はすぐさまボールを追いかけた。
10メートル程だろうか、そのくらい走って追いかけた先はサッカーゴールのポスト付近だった。
その時、ある声が聞こえた。
「危ない!!」と。
それが聞こえた時にはもう遅かった。
私に、結構早いスピードでサッカーボールが迫ってきた。
ぶつかる!、そう思って思いっきり目を瞑った。
バンッ!とボールが弾かれた音がした。
…しかし、私の体は痛みを感じなかった。
それどころか…力強い腕と、逞しい体に守られていた。
守ってくれたのは、数10m以上先にいたはずの日向。
「悪かった!大丈夫か?!」
「…大丈夫!こっちも急に飛び出して悪かった。」
日向は私を抱きしめながらそう答えていた。
「ひ、ひな、た…?」
「……もー、谷地さんってば周り見ないでボールを必死に追いかけるから、こういうことになるんだよ?」
日向はボールを持った私の手を引いて安全なところに連れて行ってくれた。
「大丈夫とは言ったけど、怪我してない?大丈夫?」
日向は私の頭を撫でながらそう言った。
「だ、だだ、大丈夫…です…」
「そう。よかった。」
そう答えた瞬間、キーンコーンカーンコーン…とチャイムが鳴った。
「あ!予鈴だ。もう教室戻らないとね。」
「う、うううん!そうだね!」
私は思いっきり吃ってそう答えた。
「じゃーね、谷地さん!また練習付き合って!」
「う、うん!」
日向は私を教室まで送ってくれて、1組に帰って行った。
(…日向の腕、力強かったなぁ…。)
背は小さくても、やっぱり男の子なんだな…と、ドキドキした。
「…あの時の日向、なんかかっこ良かった。」
「…ふーん、やっぱり日向くんのこと気になるんじゃない。」
「うひゃあ?!」
いつの間にか後ろにいた友人に、私は数センチ飛び上がるような勢いでびっくりした。
「も、もう!驚かさないでよ!そんなんじゃないんだからぁー!」
私の意見は、虚しく教室に響いていった。
番外編、その後の部活の様子。
「菅原さん。」
「ん、どうしたの?」
「女の子って、柔らかいんですね。抱きしめた時、そう思いました。」
「………は?!」
「夏を抱っこする時とはちょっと違うんですよね。あ、夏って俺の妹なんですけど。」
「う、うん…それで?」
「それで、その柔らかさに気づいた時に…キューン、って感じたんですけど…この気持ちってなんなんですかね?…っていう話です。」
「…うん、日向。分かった。後で、その話をしようか。」
そして部活が終わり、菅原にその気持ちの正体を教えてもらった鈍感すぎる日向が、顔を真っ赤に染め上げていたのは…
また、別のお話。