(稲妻百物語提出作品)
「ねぇさ、立向居。」
犬鳴峠って知ってる?
そう、キャプテンは言った。
今、世界と戦う前に準備期間として設けられた合間に練習試合をするため、福岡にやって来ていた。
そして着いてすぐこれだ。
キャプテンは何を考えているのだろうか。
「知ってますけどー…なにか?」
「ほら、心霊スポットとして人気らしいじゃん?肝試しにでも行こうって計画してたんだけど…」
そんなことだろうと思った。
犬鳴峠ー…そこは福岡に住む者にとって禁忌の場所。
福岡の人間ならば、好き好んで行くものはよっぽどの自信がある人だろう。
小さいときから聞かされてきた、数々の話がフラッシュバックしてぶるり、とからだが震えた。
「キャプテン、やめておいた方がいいです…あそこだけは…せめて南畑…いや、あそこもダメだ…」
「駄目、と言われたら行きたくなるのが人の性、か。」
ポツリと鬼道さんが呟く。
あぁ、止められなかった。
綱海先輩までもが行こうと、はしゃいでいる。
何も起こらなければいいけど………。
現実は甘くないんだろうな…。
* * * * *
「着いたー!」
キャプテンがはしゃいでいる。
回りを見渡すとキャラバンのライトだけが光を出していて、後は暗闇。
「立向居、いこーぜ!」
キャプテンが手を出してくる。
何時もなら我先にと手をとるが、今回ばかりはそうとはいかない。
あそこは、行きたくない。
「キャプテン、ごめんなさい…気分が悪くて…」
「そっかぁ…じゃあ、中で待っててな!」
ぞろぞろとキャラバンから降りていく。
残ったのは古株さんと自分だけ。
窓を覗くとキャプテンが手を振っていた。
………仮病を使っちゃったな…
「大丈夫か?」
古株さんが心配してくれた。
肉体に心配はいりませんが、精神が持ちません。
もしかしたら、という憶測が頭をよぎる。
皆が無事だといいけれど。
* * * * *
「だだいまぁ」
キャプテンがキャラバンへと乗ってきた。
なんだか変だ。
いつもだったらわいわい騒ぎながら乗ってくるのに。
なんとなく後ろに居る他のメンバーも違う気がする。
「なぁ、立向居」
「すっげぇ楽しかったぜ」
「何でお前がいかなかったのかわかんねぇぐれぇよぉ…」
口調も違う。
こんなのキャプテンじゃない。
我らがキャプテン、円堂守じゃないっ……
「お前、誰だ…っ」
キャプテンの姿をしたナニカにしか聞こえないようにボソボソと呟くように言った。
キャプテンの姿をしたナニカは一瞬顔を歪めて笑い、すぐにいつものキャプテンの顔に戻った。
キャプテンの声は出ず、口だけが動いている。
いい終えて、またニヤリと笑った。
あぁ、もうキャプテンには会えないのだろうか。
【犬鳴峠】
(運がいいな、お前。)
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