※いつも騒がしい僕のお嬢様
2012.12.31
夏の一歩手前の季節、それは眩しい一日だった。
気温はそこまで高くないはずなのに、直射日光が強い所為か暑く感じた。黒いスーツの上着を脱いで腕にかける。蒼いネクタイを緩め、ワイシャツの前を寛げてみるといくらかマシになったと思う。
色褪せた茶色のリュックサックを背負い直し、石畳の道を歩いていく。吹き抜ける風は乾燥していて、少し砂っぽい。
僕らは、南部のとある国にある大きく広い中央道路に来ていた。一国を両断するかのように整然として並べられた石畳の上には今日も屋台が出ており、寛いだ服装の商人が声を張り上げていた。
やれこの魚を食べると滋養強壮に良いだの、やれこの宝石には逸話があってだの……信用できたもんじゃない。だが、”お嬢様”はそんな嘘っぽい商品を眺めては目を輝かせた。
「なぁなぁ! これって、良いと思わないか?」
そう言っては得体の知れない不用品を買えと強請ってくるので、僕は「そうだね〜」と受け流していた。
すると、”お嬢様”は頬を膨らませ恨めしそうに僕を睨みつけ、
「ケチ!」
と叫び、拗ねてしまう。
ケチで結構。僕らは旅をしているのだから、不要な物など邪魔なだけ。必要最低限のモノでスマートに世界を渡り歩く、それが理想なのだ。
だが、”お嬢様”には僕の理想をわかってもらえなかったらしい。今も拗ねているのか、声が全然聞こえない。僕より歩幅の狭い足音が背後から追いかけてくるだけだ。
仕方ない。いつまで拗ねているつもりかわからないが、機嫌を直してもらおう。小物くらいなら買ってやってもいいだろう。
「おーい。ライ……ラ、さん?」
振り返りながら言った言葉が途切れる。
――いない。ライラがいない。
ピークを過ぎたとはいえ、まだ人通りの多い時間だ。はぐれてしまったのだろうか。あれほど迷子にならないように気を付けろと言ったのに。
「もぅ、仕方ないな……」
ため息交じりに吐き出した言葉が雑踏に掻き消される。立ち止まった僕を不思議そうに見つめ、避けながら人が過ぎていく。取り残された不安で息が――
「ルカっ! やっとみつけた!」
その声に顔を上げると、雑踏からひょっこりと麦わら帽子が飛び出してきた。
「あ……ライラ?」
呼びかける。僕を見上げてライラはニッと笑った。稲穂のような金髪が流麗に揺れる。その奥から、青空よりも澄んだ蒼の瞳が見詰めていた。
白いシャツにジーンズ地のオーバーオール風のワンピースを着た僕の”お嬢様”は麦わら帽子を得意げに指で押し上げ、からかってくる。
「ふーん。ルカってば、迷子になっちゃって寂しかったんだ。私から離れちゃだめだよってあんなに言ったのに」
「え。僕が迷子だったの?」
「そうだよ。あーあ、ルカのこと探してたら喉渇いちゃった。だから、お詫びにアイスを買わせてあげよう!」
「仕方ないなぁ……ま、少し休憩するのもいいか」
「ほら、あそこの屋台で売ってる白いやつがいい! 丸いのが二個乗っかってるやつ!」
ライラが興奮気味に手を引かれ、誘われた先は女性が一人で切り盛りしている屋台だった。雪だるまのように重ねられた丸いアイスを見て、ライラがじゅるるっと涎を垂らしている。
「……ライラ。あんなに大きなもの食べたら、お腹壊しちゃうよ?」
「大丈夫。貧弱な人間みたいに下痢になったりしないって」
「女の子なんだからもっとオブラートに包んで言って! そういうことは!」
「本当のことだよ?」
「確かにそうだけど! ああもう、恥じらいっていうものは無いのか。ライラ。あとね、僕が言いたかったのは、【ノエル】の君が体調を崩すことはなくても、その……」
驚くほど澄んだ蒼い瞳が僕を見上げている。人工物とは思えないほどに、綺麗な瞳だ。
「ハッキリ言って、金が無いんだよ。」
「あ〜……。この町でも売れなかったもんね。ルカの撮った写真」
「下手糞で悪かったな! 趣味の延長線上なんだから、仕方ないでしょ」
「今では生活費を稼ぐ為のお仕事だけどね。なんだぁ、アイス買えないの? 食べたかったのに」
ライラが俯く。麦わら帽子の鍔で顔が隠れてしまう。
僕は心許無い財布の重みを片手に感じながら、ライラの頭を叩いた。
「ライラの分くらい買えるよ」
「本当? やったぁ! もう暑くて暑くて、思考回路溶けそうだったんだよね」
「いくらなんでもその言い方は大袈裟だよ。まったく」
「へへへ〜っ」
嬉しそうにライラが微笑む。
旅はスマートに、それが理想的だ。でも、たまにはのんびりするのもいいかもしれない。
この後、乾燥した風に煽られてアイスを落とし、ライラが泣くことになろうとは知る由もなく僕は財布の蓋を開けた。
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もうすぐ夏ですねってだけの話です。
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