一人で適当に独白してもらった(最後)。
 2012.12.27 Thu 23:26




好きな本なんて無かった。そりゃあ、人並みに本は読んでいたし、話題になった本は買ったりもした。でも、他人に対してそんなもの発表してどうするんだ、という気持ちが強くてなかなか選べずにいた。
図書室の静謐な空気も苦手だった。本は一人で黙って読むもの。無言の規律に従って、同じ部屋にいるのに誰もが孤独にページを捲る。



「君の言う通りだね」


気になったことを口に出しながら、誰かと一緒に読むのも楽しいんじゃないかと思うんだ。綾舘一依は小声で語り出した。
例えば、推理小説なら、犯人を探り合い、トリックを暴こうともがき、次に死ぬのは誰かなんて口論しながら読むといい。恋愛小説でも、ファンタジー小説でも、ラノベだって、一人で読むより誰かと一緒に読めば面白いんじゃないか。
だが、悲しいことに、本というのは見開き一ページはちょうど人間の顔と同じ大きさをしている。(細かいことは気にすんな、だいだいそんなもんだ)同じ本を快適に読もうと思うと、本が二冊必要になる。感覚共有の為の壁、財布の負担と良心の呵責が聳え立つ。


「つまり、お前は何が言いたいんだ」


まさか、あの子にそんな口はきけない。俺の心を読み、妙な演説を始めた憧れの存在を前に、俺は完全に委縮していた。綾舘さんは俺の指が掛かっていた本を横から華麗に奪って行った。
あ、とか、う、みたいな呻き声が出た。ベストセラーにもなった『終焉のループ』を持ち、悪戯っ子の表情で綾舘さんは微笑んだ。


「悪いんだけど、これ、あたしに譲ってくれない?」


それが、綾舘さんの声を聴いた最後の場面。
俺の中に残された、綾舘一依の最後の姿だった。




――って、オイオイおいおい。待て待て待てい。なんで平然と『終焉のループ』をカウンターに持って行ってんだあの子。俺は? 俺の課題用の本は? ふざけんじゃねえ。いや、あの子には絶対に言えないけどさ。
そんな心の悲鳴を感じ取ったのか、貸し出し受付を済ませたあの子が戻ってきた。俺の緊張もぶり返してくる。


「ごめんね、急に。どうしてもこれが読みたくなっちゃってさ……」


どうして肝心なときに限って声が出ない!
再び声にならない呻き声を漏らして、俺はなんとか視線を逸らした。やべえ。絶対、顔赤い。全身の震えを抑えるので精一杯だった。

綾舘さんはそんな奇妙な俺のことを気にするわけでもなく「代わりの本を探してあげるから許してほしい」と言ってきた。俺、別に怒ってるわけじゃないんだけど。でも、綾舘さんが選んでくれる本には興味があった。……恰好付けて言ったが、本当は綾舘さんにバリバリ興味あるんです。興味津々なんです。本当にスンマセン。

綾舘さんがお辞儀をするようにして、下の段の本を見ている。二つ結びにしているから簡単に項が俺の眼前に現れた。やっぱり白いんだなーとか考えつつ、スカートの方にも視線が飛んでしまうのはもう許してほしい。


「……あった。ほら、これなんだけどさ」


一冊の本を手渡された。屈んでいた所為か、綾舘さんの精悍な顔が仄赤く染まっていた。


「すっごく面白いから。読んでみてよ。どんな感想を持ったにしろ、読んだことに対して後悔はしないと思うな」


がさついた表紙、黄ばんだページ、そして金色の題名を見た。不気味なタイトルだ。
意外だ、と思った。あの女子グループのように恋愛小説やラノベを読むような印象も無かったけれど、こういう怪奇というのか、和風ホラーというのか、サイコサスペンスのようなものが好きだったなんて。思わず生唾を飲み込んだ。


「じゃあ、そういうことで。国語の授業、楽しみにしてるよ」


綾舘さんの凛とした芯のある声が届く。顔を上げると、そこにはいつもより近くになった自信満々の輝く姿があった。






「ひとえ、やさしかったか」


男の子に尋ねられ、俺は力強く頷いた。
すると、男の子はほんの少しだけ笑って「そうか」と呟いた。っていうか、この子の笑顔ってすごい貴重じゃん。俺は訳もなく得をした気分になった。
だが、その笑顔は風前の灯火であったかのように、静かに響いてきた男性の声に掻き消えた。


「竜弥、探したぞ。今まで何をしていた」

「おとうさん……」


喪服に身を包んだ男性が駆け寄ってくる。やべえ、親が探してたのか。思わず立ち上がり、眉を顰めた男性に向かい「申し訳ないです」と言った。


「あの、俺、この子にぶつかっちゃって。怪我をさせてしまったようだったので、絆創膏を貰いに来ていました。本当に、すみません」

「みやた、どうしてあやまる?」


だって、お前のお父さん、すげえ怖い顔してんだもん。怒っているのか、それがいつもの顔なのか、容易には判断ができないほど固く刻まれた皺に心臓が鷲掴みにされるような思いがした。
男性は表情を変えることなく、俺を一瞥すると、男の子の右手を掴んだ。


「行くぞ、竜弥」

「はい」


男の子は逆らうことなく、従順に男性の後に続いた。
その様子に驚き、言葉を失っていると、男の子がふいに俺の方に向き直り口を開いた。


「みやた」

「……」

「シーシー、おいしかった。ありがとう」


父親に連れられて、あっさりと男の子(リュウヤ、と言うらしい)はいなくなってしまった。男性の喪服につけられた黒いリボンが、やけに目について離れなかった。

長椅子に残された空のペットボトルをゴミ箱に捨てて、最後にもう一度だけ”綾舘一依”と書かれた看板を見てから、帰宅した。雨はまだ上がっていなかった。



帰り道の途中、パッと閃いた。


あの黒いリボンは、喪主がつけるものだ。
以前にも、どこかで見た覚えがある。はっきりとは思い出せないけど。






「おかえり。み・や・た・くーん!」


自分の部屋に入るなり、膨らんだ布団から少女の声がして、がばっと骸骨が飛び掛かってきた。

何度も味わってきた恐怖だ。落ち着け、俺。冷静に対処しなければ――!


「うぉりゃあーー!」

「にひゃーーーーい!」


一階の居間から持ってきていた座布団で思いっきり頭を殴りつけると、軽い音を立てながら骨が床に散らばった。乱れた呼吸と遠ざかる意識を何とか繋ぎ留めて、白い骨を見る。何の前触れもなく、ポルターガイストのように個々が勝手に宙へ浮かび、全身骨格を形成した。本来、肉とか何かで繋がれてるはずの骨と骨の隙間は、魔法か何かで繋がってるんだろう。詳しいことはわからないし、知りたくもない。


「痛いよ、ひどい。宮田くんの馬鹿」

「お、おお俺は常識ある一般人として当然の反応をしたまでだ……!」

「おかえりのぎゅーっをしようとした同居人を問答無用で殴りつけるのが、当然の反応?」

「今のお前は骸骨だ! 気づけ、馬鹿野郎!」


ふーん、そっか、と妙に納得した様子で呟きながら、俺の部屋の居候はベッドに腰掛けてこちらに頭がい骨を向けた。やめてくれ。恐怖のあまり胃の内用物をリバースしてしまう。
部屋の明かりは最大にしているはずなのに、小首をかしげている骸骨の所為で墓所にでもいるような仄暗さを感じずにはいられない。


「じゃあ、名前呼んで?」


どこか間の抜けた愛嬌のある声が言う。
俺は即座に「嫌だ」と返した。


「なんでよー!」

「だから、何度も言ってんだろ。お前の名前呼ぶの、疲れるんだよ」

「いいじゃん、たまには元の姿に戻ってお化粧したりマニキュア塗ったりしたいよ〜!」

「静かにしろって。緋音に聞かれるとマズイから」

「宮田くんの馬鹿! 馬鹿馬鹿ばかぁー!」

「わ、わかった止めろそれ以上近づくな! 呼ぶ、呼ぶから!」


色々と諦めてそう告げると、「えへへ」と骸骨が笑う。いや、声は笑ってるけど、口元はカチカチと骨のぶつかる音しかしてないから本当のところはわからない。
俺はベッドに仁王立ちする骸骨の、元の姿を脳裏に思い浮かべながら名前を呼んだ。


「柚葉」


そのたった三文字で、目の前に鮮やかな肉の色が現れる。内側から生前の臓器や筋肉が湧き出るように生み出され、瞬きの次には瑞々しい白地の肌を全身に纏った少女が立っていた。
緩やかな孤を描き舞い上がった長い薄桃色の髪が少女に垂れかかり、その隙間から鮮やかな薔薇色の瞳が俺を覗いていた。


「うーん、やっぱりお肉のある体はいいなぁ」

「その言い方止めろ、気持ち悪くなる……」

「では! 改めまして、おかえりのぎゅーっをしたげるよ!」

「は……っ?」


疑問符が浮かぶより早く、全裸の少女に抱きつかれていた。制服の分厚い生地を通して、柔らかい肌の感触が伝わってくる。
胸に額を押し付けられて、薄桃色の髪から懐かしい花の香りがした。


「どうだ、参ったかー!」

「……お、おう。参った、俺の負けだ、早く服着ろ露出狂」

「恥ずかしがらなくったっていいのに。私と、宮田くんの仲なんだよ?」

「うるせえとっとと服を着なさい!」

「はーい。ふふふっ」


こいつ、絶対に遊んでやがる。ふつふつと体の奥で燃焼しているのは、怒りなのか羞恥なのか、はたまた別の何かなのか判断できない。

柚葉用にと妹・緋音の部屋から借りた服があるにも関わらず、俺の中学のときのジャージを着た柚葉が「今日はどこに行ってたの?」と興味津々に訪ねてくる。


「ああ。ちょっと、な」

「ちょっとってどこ?」

「いいだろ、別に。そんなに気になるのかよ」

「気になるよ。他でもない、宮田くんのことだから。ね」

「……クラスメイトの、葬式」

「えっ?」

「だから、」


声が震えてなかっただろうか。そればかりが気に掛かる。柚葉は少し考えて、ごめんねと言った。


「謝るようなことは何もしてないだろ」

「うん。でも、ごめんね」

「お前なぁ……そうやって、すぐに何でもかんでも謝る癖、辞めた方がいいぞ」

「綾舘一依、さん?」


その名前に驚いて顔を上げると、いつの間にか俺が脱いだ制服のポケットを漁っていた柚葉が携帯のメール画面を開いていた。
そこにはクラスの連絡網で回されたあの子の葬式の案内が書かれている。


「勝手に見るなよ!」

「ごめんごめん。でも、そっかぁ、綾舘一依さんかぁ」

「お前、知ってるのかよ?」

「んーん、知らないよ」


――でもね、綾舘さんってすごく幸せな人なんだね。そう思うんだ。

気が付いたら、柚葉はベッドに倒れていて、俺は肩を掴んでその上に圧し掛かっていた。
状況が把握できずに、ますます強く肩を掴んでしまい「痛い」と言う柚葉の声でようやく我に返った。


「……な、なんで、そんな風に思うんだよ」


謝らなければ、と思っていたのに口をついて出たのは、そんな言葉だった。
柚葉は怒るわけでもなく、泣くわけでもなく、いつものように気の抜けた夢見心地な顔をして答えた。


「だって、気づいてもらえたんでしょう? 探して貰えたんでしょう? そうやって、お葬式やってもらって、みんなとちゃんとお別れをして、死んだ。……私とは、大違いだもん」

「……ごめん」

「どうしたの、急に」

「ごめんな」

「……そうやってすぐに謝る癖、早く治した方がいいよ」


柚葉に抱き締められて、泣いた。
みっともないから、声は堪えた。

しばらく経って、舌にカフェオレの甘さを覚えたとき、柚葉の髪の下にあの本を見つけた。
返却日は明日だった。でも、俺は、明日学校に行けそうにない。あの子のいない教室を見る覚悟がない。

惨めに固まる俺の頭を、冷たい指先がいつまでも撫でていた。



























本当は、柚葉は殴られる予定だったんですが、美少女を傷つけるのは可哀想なので止めました。ごめんね。
あと、ショタってどうやって書くんですか。教えてエロい人。

[*前へ]  [#次へ]



戻る
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
あきゅろす。
リゼ