〜告白と約束と〜


「お前、夜兎か?」

散歩に出掛けた日だった。いつもより少し遠くへ足を伸ばした日だった。
声をかけられ、柄の悪い男たちに囲まれた時、神楽はそれを少し後悔した。
「なにアルカ、お前ら。ナンパならお断りアル」
「ナンパというワケではないが……俺たちと来てもらおう」


面倒だと思いつつも神楽は、向かってくる男たちを易々と倒していく。
「ハッ! こんなモンアルカ? 口ほどにもナイナ!!」
「クソ餓鬼がっ!」
その時対峙していた男が振り降ろした刀を跳んで避ける。
「甘いアルッ!!」
余裕の笑みを浮かべた瞬間だった。

二発の銃声が響く。
重力に縛られた空中で気付いた時には遅かった。
「……甘かったのはテメェの方だったな」
「ぐ……ァ…」
隠れていた敵に両足を撃ち抜かれていた。焼けるような痛みを感じる。
「夜兎といえど、形は人と変わらぬと聞く。足を無くしてしまえば逃げられまい?」
喉元にピタリと剣先を突き付けられた。

立て……ない。痛い、動けない。
このままじゃ私、どうなるの?

また、暗い世界に行くの?
また……人を傷つけて生きていくの?


「イ……ヤアアァァ!!」


(嫌だ)

指が動く。

(イヤだ)

腕が……上がる。

(いやだ)


無我夢中で体が動いて、神楽が我にかえると下には怯えた顔の男がいて、その喉には折れた刀の先を突き付けていた。

「あ…あ……駄目アルッ!!」

殺してはダメ……だめ……
血に……夜兎の本能に負けては……

殺したくない。殺してはいけない。
殺しては……


力が抜け、握り絞めていた欠先を取り落とすと神楽は己が身をかき抱いた。
強く――強く――
爪が肉をくい破り、血が溢れるほどに。

「ダメェェェェーー!!」


ガツンと、衝撃があった。直後、それが頭をゲンコツで殴られたものだと理解った。
驚いて顔を上げると、見慣れた黒い姿。

「よォ、チャイナ。……いいザマだなァ」
「……サ…ド…?」
総悟はそれ以上、神楽に構わず男どもに向かって言い放った。
「コイツを連れていきてェなら、俺を倒してからにしなァ!!」


「オイッ! チャイナッ! 大丈夫かィ?」
呆然としていた神楽の肩を、総悟は軽く揺すった。焦点の合わぬ瞳のまま、神楽は口開く。
「サド……お願いヨ…キライにならないで……」
それだけ言うと神楽は糸の切れた人形のように意識を手放した。



切なくて、嬉しくて……特別な感情。

この気持ちは貴方だけにしか向けてないよ。


「……ん」
「神楽ちゃん!!」
「…新……八?」
神楽が目を覚ますと、まず目に入ったのはひどく心配した顔の新八だった。
「ここはどこアルカ?」
「ここは病院。待ってて、今先生呼んでくるからっ!!」

呼ばれた医師の説明によると撃たれた足は神経を傷つけていて、夜兎の再生力をもってしても最低一ヵ月は治療・リハビリが必要らしい。(普通の人間だったら二度と歩けなくなっていたとも言われた)
両肩の傷も足の怪我があまりにも大きいものだったので治りが遅く、まさに満身創痍の状態であった。
「……まったく、今回ばかりはちと肝が冷えたわ。銀さんの寿命縮めて楽しいですか、コノヤロー」
「銀ちゃん……ごめんなさい」
「あー、はいはい」

「神楽ちゃん、大丈夫? 何かあったら看護婦さんとか呼ぶんだよ?」
「大丈夫アル。わかっているから、さっさと仕事行くヨロシ」
今日は依頼のある日だった。意外と過保護な面のある二人だ。「仕事なんか断る」ということを言い出す前に神楽は追い出しにかかった。
ようやく仕事に行くことに決めた別れ際、銀時が言った。
「そーいや、神楽ァ」
「何アルカ? 銀ちゃん」
「お前、沖田君にお礼言っておきなさいね。色々してくれたから」
「……分かったアル」

意識が戻った途端、怪我による発熱が起こり、神楽は大人しくベッドに横たわっていた。

――…‥沖田。

心の中で小さく呟いただけなのに切なくなった。

実は、血が覚醒してからの記憶はあまり残っていない。
朧気に彼が助けてくれた気がしたが、銀時に言われるまで夢だと思っていたし、今でも信じられない。否、信じたくなかった。

一番見られたくない人に見られた。
血に狂い、本能に負けた自分を。
彼とは対等の立場でいたかった。

力も、心の強さも――…‥


最初は嫌いだった。会えば喧嘩ばっかり。
だけど曲がったことが嫌いなのを知った時、自分に似ているって思った。
一人の侍として自分の正義を持っているのを見た時、少しだけ……ほんの少しだけ憧れた。

そして、

真っ直な瞳の奥にある綺麗な魂が見えた時、私は恋に落ちた。


それから、会えた時は嬉しくなった。
会った時、少しでも可愛く見られるようにおしゃれに力入れるようになった。
努力するようになってから、ますます会いたくなった。

だけど、こんなに弱い自分は彼を傷つけてしまう。傷つけることしか自分はできない。

「もう……会えないアル」
「誰にでィ」
ずっと一人だと思っていた部屋に突如響いた声にガバリと起きて身構える。しかし、ボロボロの身体が急な動きについてこれる筈もなく、フラリと傾いでベッドから落ちそうになった。
「おっと、危ねェなァ」
「なんで……サド」
「ん?」
落ちかけた神楽を支えているのは、飄々とした表情の沖田総悟その人であった。

「どうしてお前がいるネ?」
「どうしてって、怪我人見舞うのに理由がいるかィ」
そう返されてしまっては、神楽に言う言葉はない。(ましてや、普段より回らない頭を抱えているのだ) だから神楽は別のことを口にした。
「サド……ありがとアル」
「なんでィ、テメーが素直に礼言うなんざ、珍しいじゃねェか」
「銀ちゃんにお礼言っておきなさいって、言われただけアル……」
しおらしい様子の神楽に調子が狂う気がした総悟は、元気づけてやろうと何気なく口を開いた。
「士道にも弱者には優しくしろってあるからねィ。特別に一つだけなら言うこと聞いてやらァ」
これなら喜々として自分にあれやこれやと言ってくると思った総悟は気付かなかった。神楽がある言葉に強く反応したことに。

「じゃあ……もう私に会わないで」

「は?」
一瞬、総悟はなにを言われたか分からなかった。
「ま、待て待て待てィ! どーしてそういうことになる!?」
「だって、お前弱者に興味ないんダロ?」
「いや、それは怪我人だからそう言っただけでなァ……」
「弱者アル! 私は!! 夜兎の血を抑えられず、自分一人さえ守ることできない弱いヤツなんだヨッ!!」
涙ながらに叫ぶ神楽に、総悟は静かに返した。
「……それがどうした」
「それがって、お前死ぬかもしれないんだよ!」
怒鳴る神楽に総悟も負けんと言い返す。
「こちとら毎日死と隣り合わせの生活で、んなもんとっくに覚悟できてんだよ! それにテメーが狂いそうになったら殴って正気に戻してやる! お前一人くらい俺が守ってやる!」
「なんでそういうこと言うアル! サドには関係ないネ!」
「お前が好きだからだ!」
「なっ……なんで本当にそういうこと言うアル……私はお前が死んでほしくないから言ってるのに……」
堪えていた涙がとうとう溢れ出した。震えている肩を柔らかく抱きしめられる。
「俺は死なねェし、お前は弱くなんかねェよ。この俺とケンカできるくらい強いんだ。自信持てよ。それでもまだ足りねェって言うんなら、一緒に強くなっていこう」

"一緒に強くなっていこう"

そんなことを言われたのは初めてかもしれない。
もう隠すことはできないと思った。

「す…き……サドが……沖田総悟が……大好きアル」
「俺もでさァ……神楽」

約束を交わすためにキスをした。



"ずっと
   一緒にいよう"


END



初の沖神小説でした!!
これから二人は波乱を乗り越えて愛を深めていく……かもしれない(オイ!)
それといきなりのキス絵すみませんでしたm(_ _)m
苦情とかありましたら、ちゃんと承っています!

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