〜想いをカタチにサプライズ〜
「あー、ちくしょ……。なにやればいいんだ?」
よく晴れた空に向かって沖田総悟は、溜め息まじりに呟いた。
かぶき町外れの神社の境内。ここは総悟お気に入りのサボり場だ。市中見回りから抜け出した総悟は、その社の階段に座り、悩んでいた。
もうすぐ恋人、神楽の誕生日なのだ。
ここ数日、考えているのだが、サッパリ思い付かない。
食い物……。確実に喜ぶだろうが、いつもと大差ねーから却下。
服……。あー、俺がやった服着た神楽とか最高。脱がせ……うん、俺の理性がヤバいから却下。
化粧品やら、ブランド品は、よく分かんねーし……。つーか、アイツも喜ぶのか?
「はぁ……。神様、彼女の喜ぶものが分かりません。僕は彼女の誕生日、どうすればいいのでしょうか?」
「誕生日おめでとうって言って、一緒にいればいいアル」
「そんな簡単なことでいいのですか? …………ってアル?」
バッと総悟が勢いよく振り向くと、立て付けの悪い音を立てて社の戸が開いた。
「な、なんでここに居るんでィ!? 神楽ッ!」
唖然としている総悟の目の前に、その中から現れたのは神楽だった。
「なんでって、ここは私の昼寝スポコンだからナ。というか後から来たのは総悟アル」
「スポコンじゃなくてスポットな。てか、せっかくサプライズ的なことしようとしてたのによォ……」
ガックリと総悟は肩を落とした。ささやかな計画は、神出鬼没な恋人によって、もろくも崩れ去ったのだった。
「かぶき町の女王、神楽様にはマルッとお見通しアル!」
「……わー、スゴいや。さすが神楽様デスネー」
(打たれ弱ッ!)
よほどショックだったのか、棒読みで呟く総悟。その背中は黒い暗雲を背負っていた。
(そんなに落ち込まなくてもいいのに……どSバカ)
神楽は溜め息をつくと、フワリとその背中に抱きついた。
「か、神楽!?」
「こっち見たら、このまま絞め殺すからナ」
振り向こうとした総悟に、神楽はピシャリと言った。仕方なくそのまま前を向いていた総悟だが、珍しく神楽からの密着に、胸の高鳴りを抑えられなかった。
「あの、神楽? いや、神楽さん……?」
「……私の誕生日……酢昆布山盛り、持って来てくれるの待ってるアル」
「え?」
ポソッと耳元で聞こえたささやきに、思わず振り返ってみれば、既にそこには神楽の姿はなかったのだった。
(デートに誘えよってことなんだろうけども……。つーか、さっきの神楽ってホンモノ?)
市中見回りへと戻った総悟は、突然現れて、突然消えた神楽に、まだ狐に摘ままれた心地になっていた。
(でも酢昆布だけ、つーのも如何なものか?)
いくらリクエストとはいえ、そこはやっぱり男の沽券に関わる。
神楽には……大事な女には、それなりのものをやりたい。
気持ちが伝わるようなものを……
(やべェ……俺、どうしようもねーくらい、アイツが好きなんだな)
だが、それも神楽だからそう思うのだろう。
(結婚したら、アイツ似の子どもが出来たりして。娘がいいなァ……いや、嫁にはやれんから男か?)
果てしなく思考がズレていってることに、総悟は気づいていない。
「キャーー!!」
ズレた思考のまま歩いていると突然、後ろのほうから悲鳴がした。振り返ると男が、こちらに向かって走ってくるところだった。
「ひったくりよー!」
見れば、その男は何か荷物を抱えていた。総悟はスッと目を細めると、おもむろに男の前へと歩み出た。
「邪魔だ! どけーー!!」
ガシッと、向かってくる男の腕を掴む。
「白昼堂々と…………盗みなんかやるんじゃねェーー!!」
捻りあげると、そのまま地面に思いきり叩きつけた。
「ガッ……」
「ったく。人が幸せな妄想してる時に、ひったくるなんざ、ふてェヤローでィ。大人しく縛に……って、気絶してらァ」
犯人を気絶させたなんて土方に知られれば、またドやされるだろう。総悟は面倒くさく思いながらも、男に手錠をかけた。
「あのー……」
パトカーでも呼ぼうか思案していると、声が掛けられる。振り向くと、そこには初老の紳士然とした男性が立っていた。
「あの、ありがとうございました」
「ああ、もしかしてひったくりに合われた方ですかィ?」
「はい。おかげさまで大切な商品が盗られずにすみました。お客様の想いを刻んだ作品ですので、盗まれる訳にはいかなかったのです」
「商品で作品?」
不思議な言い回しに、思わず聞き返す。
「ええ、私は彫金師をしております藤岡舜成と申します。今日はお客様に出来上がったものを、お渡しするところだったのです」
一言断りを入れると藤岡は早速、傷が入ってないか確認した。その目は、暖かく優しくて、まるで子どもの無事を喜ぶ親のようだった。
その藤岡の目につられて覗きこんだ総悟は、思わず息を飲んだ。
彫金というと鳳凰や龍など、厳ついものが彫られた置物を想像しがちだったのだが、そこにあったのは、可憐な花がいくつも咲いたブローチだったのだ。
タガネで丁寧に彫られたそれは、繊細で美しく、見るものを暖かな気持ちにするものだった。
総悟は、ずっと悩み続けていた答えが落ちてくるのを感じた。
「すいやせん。ちょいと頼みたいですがね………」
そうしてやって来た十一月三日、神楽の誕生日当日。
非番をとった総悟は、袋いっぱいの酢昆布でデートに連れ出すのに成功していた。
デートの場所は神楽の希望で、初デートの時に行った遊園地。
一通り廻って、最後に観覧車に乗った。
「わ、すごいアル。遠くのほうまでバッチリ見えるヨ!」
「神楽…………これ」
はしゃぐ神楽に、細長い箱を取り出して手渡す。
「なにアルカ、これ?」
「いいから開けろって」
促された神楽は、横開きのそれをパカッと開けた。そして、中を見て、目を見開いた。
「……可愛いアル」
そこにあったのは、うさぎと花が彫り込まれたプラチナのペンダントだった。
「誕生日プレゼントでィ」
「え? でも、もう酢昆布は貰ったアルヨ?」
「バーカ、あんなん物の数にも入んねェよ。こっちが本命」
「あ…………ありがとアル」
神楽は嬉しそうに笑った。総悟も満足気に微笑んだ。
「貸してくんね? 俺につけさせて」
「うん……お願いするアル」
総悟にペンダントを渡すと、神楽は後ろを向いた。
つけながら耳元でささやく。
「これな、偶数会った細工師の人に作ってもらったんだけど、その人がちょっと変わったこと言ってたんでィ」
「変わったこと?」
ひったくり事件の翌日、総悟が工房に赴くと藤岡は笑顔で迎えてくれた。
正式にプレゼントの制作依頼をする総悟に、藤岡は穏やかに告げた。
「想いの形は人それぞれ。世界でたったひとつの想いを、形にするお手伝いを私はしています。さて、あなたはどんな想いを伝えますか?」
「……それで総悟はどんな気持ちを込めたアルカ?」
ペンダントをつけ終えると総悟は、神楽をそのまま後ろから抱き寄せた。
「俺は、お前のことを何があっても離さない。これはその証だ」
神楽はその答えを聞いて顔を赤くすると、それを誤魔化すかのように軽口を叩いた。
「……あーあ、独占欲の強い彼氏を持つと大変アルナー」
「なに、嫌なのかよ?」
「うん」
神楽の一言にガーーンッと音が聞こえるほど、総悟は落ち込んだ。そんな総悟にクスッと神楽はおかしそうに笑った。
「ウソ♪ それよりも……まだ肝心のお祝いの言葉、聞いてないアルけど、彼氏サマ?」
「あ? まだ言ってなかったか?」
「そうヨ」
どんだけペンダント渡すのに緊張してたのか、自身に呆れながらも総悟はその肝心の言葉を言った。
「誕生日おめでとう、神楽」
……数年後、結婚を決めた二人が藤岡に結婚指輪を頼むのはまた別の話。
END
〜あとがき〜
はじめの神楽ちゃんはホンモノです。(夜兎族の脚力に、さっちゃん直伝の忍び術で脱兎のごとく逃げました(笑))
男性は何をプレゼントするか悩む人が多いらしいそうなんだけど……
女の子の皆さん! たとえ変なものを渡されたとしても引いちゃダメですよ〜♪
読んで下さった方、貰って下さった方、ありがとうございました。
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