夜兎族は今、減少の一途を辿っている。

それにはもちろん、傭兵部族として戦いを好み、戦いに身を投じてきたことが大きいだろう。
だが、もう一つ隠された理由があった。


『夜兎は、母親の命を半分奪って生まれてくる』

強大な戦闘力と驚異的な自然治癒力の代償なのか、夜兎族の子どもは抵抗力や体力といった生命力を母親から吸い取るかのようにして生まれてくるのだ。


そのため妊娠中から出産にかけて、夜兎の女性は徐々に体を壊し、短くて一ヶ月、長くても四、五年しか生きられなかった。
そういった背景があるので出生率……女性が一生に生む子どもの数も低く、人口減少に拍車をかけていた。


〜世界中で誰よりも〜


「やっぱりマミーはすごいアルナ! 私とバカ兄貴の二人を生んでくれたんだから」
「神楽……」
真っ白い病室のベッドの上、膨らみ始めたお腹を神楽は撫でた。
「ネ、どっちだと思うアルカ? 男の子? 女の子?」
「神楽……」
もともと色白だった顔は壁と同化しそうなほど、青白い。
「名前は、さすがに気が早……」
「神楽ッ!!」

か細くなってしまった妻の体を、総悟は震える腕で抱きしめた。

「俺はッ! ……お前を…………失、うなんて、真っ平ご免こうむらァ……お前には生きていてほしいんでィ」

神楽は微笑んで、抱きしめ返した。

「ありがと……」

でもね、と彼女は言った。

「生むヨ。だって…………私はもう母親なんだもの」

それは、今までにない柔らかな声音だった。


それから、ゆっくりと時が流れていった。

彼女の出産を反対したのは、夫だけではない。
けれど、どんな人物が説得にきても彼女は頷くことはなく、柔らかに微笑するだけだった。

一番反対していたのは、彼女の父親代わり。

「神楽ァ、どうしても生むのか? 言いたかねーけど、子どもだけが夫婦の幸せじゃねーからな」
きっと、今までの経験からくる言葉だと思う。神楽は目を閉じて、その言葉を聞くと口を開いた。
「……ねぇ、銀ちゃん? 昔、言ってたヨネ。子供が親に会うのに理由はいらねーって。それと同じアル。私もこの子に会いたいのヨ」
神楽が、慈愛をこめてお腹を撫でると銀時は、息を呑んだ。それは、限りなく優しい光景だった。

一番心配したのは、彼女の同僚で兄のような人。

「僕は銀さんみたいに反対はできないよ。だけど、それが……神楽ちゃんの選んだ道なら…………応援、したいと思う」
「新八……眼鏡のクセに、本当に優しいアルナ」
「眼鏡のクセにって何ーー!? 眼鏡関係ないよね!!」
「ふふっ…………ねぇ、生まれてくる子にも優しくしてほしいアル」
お願いヨ……とささやく声は穏やかで、ひたむきで、新八は心が震えた。



流れ落ちていくものがある。
その一方で、降り積もるものも確かにあった。

暖かな時間。
そっと、寄り添うだけで満たされてゆく空間。

彼女が一番幸せそうに笑うのは、夫の前であった。

抱きしめる体は、以前と変わらず暖かくて柔らかかった。

総悟は空白だった心が幸せを覚えるたびに、切なさも感じた。
そんな彼に気づくと、神楽は決まって微笑んで言った。

「ありがと」


そうして、日々は過ぎ去り、神楽は娘を出産した。


一番冷静に見守ってくれたのは、夫の上司兼兄貴分。

「……あの騒がしかったチャイナ娘が母親たぁ、世の中分かんねぇもんだな」
「なにジジくさいコト言ってるアルカ」
「ジジって……。まぁ、おめでとさん」
神楽はその言葉に一瞬、目を見開くと綺麗に笑った。
「ありがとアル」
土方は一つだけ、問いかける。
「自分が死ぬと分かってて、子どもを生んだのはどうしてなんだ? お前が死んだらアイツだって……」
「んー、いくつか理由はあるアル。けど、一番の理由は『愛』があるからアル」
「愛?」
「……私、総悟と出会って、恋をして、結婚できて、とても幸せアル。総悟を愛してるネ。でも、それと同じくらいこの子を愛してるアル」
そう言う神楽を見て、土方は「そうか……」と呟いた。
「ほんと、世の中って分かんねぇ……」



手を伸ばす赤子を、神楽はそっと抱き上げた。

「生まれてきてくれて、ありがとネ。マミーはあなたのこと、愛してるアルヨ」


それからほどなくして、神楽は起き上がれなくなり、眠ることが多くなった。


ぽっかりと神楽は目を覚ました。
「……バカサド。なんて顔してるアルカ」
神楽は思わず笑った。顔をつまんでみようと手を伸ばすと、その手は掴まれた。
「なにしやがんでィ……」
「あれ、バレたアルカ?」
「当たり前だ」
神楽はまた、おかしそうに笑った。死の淵にあっても人をからかうのは、後にも先にも彼女くらいなものじゃないだろうか。
「総悟……」
「なんでィ」
「私ね、総悟とこうやってケンカしてるのが好きだったアル。きっと初めて会った時から、ずっと」
「俺もだ」
「だけど、それももう終わりにしなくちゃいけないアル」
総悟は弾かれたかのように、顔を上げた。

それは、つまり彼女がーー死ぬということ。

「神楽! いやでェ……俺ァ、」
「なに、勘違いしてるネ。パピーとマミーがケンカしてちゃダメアル。両親が仲がいいのが子どもにとって一番アルヨ。だから総悟、私が元気になるまで、あの子を頼むヨ」

息が詰まった。
彼女は最期の最期まで、諦めなかった。
想いを伝えてくれた。
きっと頼りない顔をしている総悟のために。

「クッ…………ああ。ああ、分かりやした」
苦しげだったが、総悟はしっかりと頷いた。
そんな総悟に、神楽はほっと安堵した。

「総悟……、愛して……る……」


柔らかく微笑んで、神楽は眠った。
それは、娘を生んでふた月と経たぬ日のことであった。




その数年後……。

「父様ーー!!」
少女は駆けて行った。大好きな父のもとへ。
「父様っ!」
「おー、どうしたァ? さくら」
総悟は息を弾ませてる娘を抱き上げた。
「父様、あのね、母様の話してほしいの」
「母様の?」
「うん……ダメ、ですか?」
おずおずと見上げてくる娘に、総悟は笑った。
「んなことねーよ。そうだなァ、なにから話そうかねェ……」
総悟は少しばかり、思案するとすぐに口を開いた。
娘に

「さくら。オメーの母様はなぁ、オメーのこと一番愛してたんでィ」


END



どなたさまもお元気でしょうか? 恋歌です。
ゆうに二年ぶりの更新でございます。その更新がヒロインの死ネタって……

や、一応、理由はあって、サイト更新が頻繁だった頃から、いつかは書きたいと思っててチマチマ書いてたのが、やっと完成したのでUPしました。

今回の沖神夫婦の娘のさくらちゃんについて。
外見は神楽ちゃん似、中身はミツバさん似で、パパ総悟の溺愛の的です。
基本的大人しい性格なので、武術はしませんが日舞が得意な女の子です。

完成して良かった〜。
亀更新ながらやっていくので、これからもよろしくお願いします。

少し加筆修正しました。これを機に、もしかしたら古い作品も手を入れるかも……
また気が向いたら見にきてくださいね。

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