「せいやぁっ!」
「てやああああああああああっ!」
真選組屯所の一角にある道場。ここは今日も、夏の暑さにも構わず稽古に励む隊士たちでにぎわっていた。
バッシーーン!!
突如、そこへ一際高い音が響く。
「踏み込みが甘いんでィ! 次!」
それは総悟に向かっていった隊士が振り払われた音だった。その後も激しい音や怒号は続いていく。隊士の一人がポツリと呟いた。
「……沖田隊長、荒れてんなぁ」
「でも、なんであんなになってるでしょうね?」
「さぁ。あの人の考えることは分から……」
その隊士はそれ以上、言葉を紡ぎだすことは出来なかった。
「そこっ! さっさとかかってこい!」
「「は、はいぃぃぃ!」」
そして、総悟によってあっさり沈められたのだった。
〜七夕祭りの恋人たち〜
ことは数日前に端を発する。
「は? 仕事で地方に行く?」
「そうヨ。毎年恒例の七夕祭りで、人手が足りないから来てくれって」
珍しく神楽は仕事の話だというのに楽しそうであった。
「去年も依頼やったとこだから勝手は分かるし、今年も楽しみアル〜」
という会話があったのだ。
楽しげな神楽に「行くな」とは言えず、総悟は見送ったのだった。
「だからって隊士にあたるな」
「あたるなんて人聞きの悪い。仕事に精出してるだけでさァ」
「じゃあ、なんで仕事に精を出している人間の横に未決済の書類の山があるんだ?」
総悟の机周りにはこんもりと書類の束が連なっていた。
「ありゃりゃ。なんでしょう、コレは?」
「素っ惚けんな。仕事しろ、仕事!」
土方が喝を入れるも総悟には馬耳東風。流石の土方も溜め息をこぼした。
「ったく、チャイナ娘だって終わったらすぐに帰ってくるだろうに」
「独り身マヨラーにはこの気持ちは分からないですぜ。……ケガしちゃいねーか。見知らぬ男に言い寄られてねぇだろうか。んな野郎、いたら八つ裂きにしてやらァ……」
だんだん総悟の呟きは物騒な呪詛となっていく。
「マヨネーズ関係ないだろ!! バカ言ってねぇで、市中見回りでも行ってこい」
「ヒデェよ、土方さん!! 慰めの言葉ひとつないなんて。……あ、電話だ」
文句の最中に鳴り出した携帯を取り、「それが労りを必要とする者の態度か!!」と叫ぶ土方を綺麗に無視して電話に出る。
「はい、沖田ー」
『あ、総悟? 神楽アル』
「神楽っ!?」
想い焦がれていた恋人の声に総悟はガバリと身を起こした。
「どうした? そっち忙しいんじゃないかィ?」
『うん、大丈夫アル。総悟、あのね……その…明日の夜、仕事が終わったらすぐ帰るから』
総悟は軽く眉をあげた。
「ん? 旦那たちには明後日戻ると聞いたんだがねェ」
『銀ちゃんたちはネ。でも私は先に帰るアル』
「神楽一人で?」
はっきり言って、総悟は一分一秒でも早く神楽に会いたい。それが本音だ。だが、急ぎのうえに女一人での移動。正直、あまり賛成できなかった。
「なァ、急がずに旦那たちと帰ってきなせェ」
『大丈夫ヨ! 一人でも帰れるアル!! と・に・か・く、絶対明日帰るから首洗って待ってるがヨロシ!!』
それだけ叫ぶように言うと神楽は電話を切ったのだった。
「なんだ、チャイナ娘帰ってくるのか?」
「……そうみたいでさァ。なんでか明日の夜には絶対戻るって聞かねーんでィ」
「そりゃお前、明日の七夕は一緒に過ごそうっつー誘いじゃねぇか」
土方の言葉を聞いた瞬間、総悟は猛スピードで書類を片付け始めた。そして半刻もしないうちに片付けると「見回りに行って来る」と、出て行くのだった。
出て行く際に土方は、総悟の耳が赤く染まっているのを見逃さなかった。
「……分かりやすいヤツ」
それにしても、もう一つの理由については言わなくて良かっただろうか?
「ま、自分の誕生日忘れてるバカなんざ、あの娘に任せればいいか」
このあとのことが手にとるように予想でき、土方は緩く微笑んだのだった。
「あー、我ながら可愛げがないアル」
一方、カチャンと受話器を置いたあと神楽は、溜め息をついていた。
「……でも、一番最初におめでとうって言いたいアルネ」
(花火大会は花火職人さんが仕切るみたいだし、夕方の盆踊りが終わったらすぐに帰るアル)
よし、計画は完ペキネ!と頷いていると、そこへ新八が慌ててやって来た。
「大変だよ、神楽ちゃん!! 織姫が!!」
「え?」
毎年この祭りには、若い男女から織姫役と彦星役が選ばれる。
七夕伝説になぞらえ、二人が七夕に再会し、最後は来年も会うことを互いに誓いあって別れるというものだった。
つまり、祭りのシンボルと言っても過言ではない重要な役なのである。
「無理アルーー!! 私が織姫役なんてーー!」
実はもともと決まっていた織姫役が風邪を引いてしまったのだ。
「大丈夫。練習の時から手伝っていた神楽ちゃんになら、安心して任せられるわ」
「それに織姫は一人一回と決められているから、下手に町の子で代役立てられないのよね」
神楽の心配を余所に押しの強い婦人会のおばちゃんたちによって話は進められたのだった。
そして、翌日の夕方、七夕祭り本番。
(あああ……とうとう始まっちゃうアル)
神楽は控え室で渡す予定のプレゼントを見つめていた。
(総悟、どうしてるアルカ。電話も通じないし……。それに)
「お芝居だって分かっているけど、恋人は総悟しか考えらんないヨ……」
ポツリと呟いた。
(って、駄目アル。仕事なんだし、困ってる人もいるんだから)
「神楽ちゃーん! もうすぐ出番だよ〜」
「あっ、はいヨ〜!」
神楽はプレゼントをコッソリと袂に入れて隠し、控え室をあとにしたのだった。
御輿に乗せられて、運ばれていく神楽は下降した気持ちを押し隠して手を振っていた。
(もうすぐ再会の儀アルナ……。そういえば彦星役はどんなヤツアルカ?)
相手の顔をよく見ようと神楽は目を凝らした。そして、その顔を見るなり、神楽はフワリと跳躍した。
「総悟!」
世界で一番安心できる場所に降り立って、ようやく神楽は幸せそうに微笑んだのだった。
「なんで総悟がいるアルカ?」
祭りが終わるなり神楽は衣装のまま、総悟を引っ張って初めにそう聞いた。
「迎えに来たんでィ。そしたら俺が神楽の彼氏だと知ったおばちゃんたちに、勢いで彦星役に仕立てあげられたんでィ」
「あー、そうだったアルカ……」
自分と似たような感じで、神楽には容易く想像できた。
「でも、引き受けて良かったでさァ」
「え?」
「芝居だとしても神楽の恋人は譲れねぇからねィ」
ボンッと瞬間湯沸し器みたいに神楽は頬が熱くなるのを感じた。
(もうっ! なんでこうも恥ずかしいこと言ってくるアルカ、コイツは!! 計画が狂いっぱなしアル! って、計画ーー!?)
「今、何時アルカ!?」
「今かィ? 11:57だけど」
「そ、そうアルカ……」
(言わなきゃ……「誕生日おめでとう」って)
ドキドキと心臓がうるさい。
「あー結局、こっち泊まることになっちまったなァ。迎えに来たつもりだっていうのに」
(プレゼントも渡さなきゃ……)
先ほどよりも、もっと頬の熱は上がっているようだった。
「わ、私も総悟が来てくれて……嬉し、かったアル。それに……」
(う〜〜勇気出せヨ、神楽!!)
ボーン、ボーンと時を告げる鐘の音が鳴り出した。総悟は慌てる。
「やべ!! そろそろ戻んねーと……」
「総悟!」
神楽はグイッと総悟の胸元を引き寄せると、総悟の唇に自分のそれを重ねた。
「誕生日、おめでとアル! コレ、プレゼントヨ!!」
袂から出したプレゼントの包みを押しつけると、神楽は脱兎のごとく駆け出していったのだった。
「……反則だろィ」
あとに残されたのは口元を押さえ、呆然としている総悟だった。
数日後の婦人会にて。
「いやあ、あそこで織姫が飛ぶなんて思わなかったわぁ」
「本当に。……ああ、でもいい写真撮れたわよ」
「ええ? どれ? ……あら、まあ」
その写真とはフワリと宙を舞った神楽を総悟が受け止めているところだった。再会の喜びに溢れた表情が、なんとも輝かしい。
「素敵ねぇ。そうだわ! 来年からのポスターはこの写真にしましょ」
「まあ、いい考えだわ! ぜひそうしましょう」
そんなわけでむこう数年間、総悟と神楽の写真はポスターに起用されたのであった。
END
〜あとがき〜
だいぶ遅れましたが、総悟BD小説です。
七夕をモチーフにしたのですが、分かりやすいですかね?(ドキドキです)
ちなみに土方さんのプレゼントは近藤さんと連名でちゃんとあるけど、無断外泊の黙認もプレゼントの一つだったりします(笑)
読んで下さった方、貰って下さった方、ありがとうございました。
追記
イラストが気に入らなくなったので差し替えました。
2013年10月 恋歌
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