※ギルベルト成り代わり夢



















 
心霊現象や超能力の存在を非科学的だと否定してきた俺は、腐女子と呼ばれる一部の女子が話題にするトリップだとか逆トリップなんてもの、ただの夢物語でしかないと思ってた。
漫画やゲームの二次元の中に、どうして三次元の存在が介入出来ようか。
逆もまた然り、現実味のない`IF'。

そしてあの時もいつものように学校に行って、友人と馬鹿やって、家へと帰る途中だった。
暗い夜道、横断歩道を渡っていれば急激に眩しいまでの光を感じて、強い衝撃。
気が付けば俺は仰向けに道に転がっていて、少しも動かない体、誰かの耳障りな悲鳴、赤く染まる視界、纏わり付く生暖かい液体。
全身が悲鳴を上げて痛みを訴えていた。

あぁ、跳ねられた、のか。

だんだんと襲い来る眠気に、自分でも驚くほどにあっさりと死を受け入れた。


そして、俺は死んだ、はずだった。


それなのに。


目を覚ましたら森の中でした、なんて、どんな冗談だ。

仰向けに寝転がったまま鬱蒼と生い茂る木々の合間から僅かに覗くばかりの青い空を見上げて、俺は深い溜息を吐くことを禁じ得なかった。
此処は何処なのか、俺は死んだのではなかったか。
あの時の衝撃は本物で、今も体は痛みを訴えていて、なら、どうして俺は。


どれくらいそうしていたのか、このままでは埒が開かないと、痛む体を誤魔化し上体を起こせば感じる違和感。
視界に入ったのは十字架が描かれた見覚えのない白い服、小さな体。
手を見れば成長期を終えたはずのそれは幼子の小さなものだった。

(どうして、)

訳が分からない現実を認めたくなくて、夢であってほしくて、ただ走って走って、辿り着いた先には静かな水辺。
走ったせいで体は水分を欲していて、ふらふらと湖を覗き込んだ。

「な、んだよ…これ…!」

湖を覗き込んで、そこに映し出されたのは有り得ないものだった。
日本人特有の黒髪は、光の辺り具合によっては白金色にも見える、限りなく銀に近い短髪へ、同じく真っ黒だった瞳は赤みの強い紫へと変化していたのだ。

そして俺はこの容姿に見覚えがあった。
以前姉がこんなキャラクターの描かれたカードだかなんだかを見せてきたことがあったから。
興味を示さなかった俺に欝陶しいまでに熱弁していたそのキャラクターの名前は、確か。

「…プロイ、セン…?」

そうだ、彼女がプロイセンと呼んでいた国の化身である彼はこんな姿をしていた。
生まれたときから戦いに身をやつす運命の…、いや、戦うために生まれ、戦いにこそ存在意義を見出だす`彼'。
何が切っ掛けなのかはわからない。
ただ、此処にいるのが彼でなく俺であるということだけはわかった。
この世界に彼はもう存在しない。
…彼の居場所を、俺は、奪ったのか?
戦いなんて知らない、平和な日本で大した苦労もせずにぬくぬくと育ってきた、俺、が。

「…嘘、だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!これは夢だ!目が覚めたら俺は、俺は、元の世界で…!」

続けるはずだった言葉は、結局声帯を震わせることなく喉の奥でつっかえて消えた。

(元の、世界で?)

あの時、確かに俺は死んだ。薄れゆく意識の中で、はっきりと自覚した。
つまり、この現状は紛れもない現実でしかなくて。
だけどそう簡単に受け入れられるわけがない。
受け入れたところで、プロイセンという国はいずれ消滅する運命にある国だと知っているのだ。

どうして、おれが。

ぐるぐるぐるぐるぐる。
考えても考えても、答えの出ない無限ループ。
教えてくれる人なんていない。
俺は、ひとりぼっち。

「嘘、だ。」

カラカラに乾いた喉から零れた擦れた声は、森の中だというのに生きているものの気配がまったくしない、本当に俺しか存在しないのではと思える空間で、誰の耳にも届くことなく消えた。




「――…なぁんてこともあったなー…」

ポツリ、口から漏れた言葉。
それが耳に入ったのか、つい先程焼き上げたばかりのホットケーキの皿を手にこちらにやってきたヴェストが訝し気にこちらを見た。

「どうかしたのか、兄さん。」

あぁ、今では俺の背も抜かしてでかくなったが、可愛い可愛い俺の弟。
俺を闇から救い上げてくれた、大切な、愛しい、

「んー?なんでもねぇよ。…それよりホットケーキ!」

ヴェストが溜息を吐きながらテーブルに置いた皿を自分の方に引き寄せ、いただきます、と手を合わせてから綺麗な狐色のそれを切り分けて口一杯に頬張った。
ついでに肩に乗っている小鳥に小さな欠片を与えてやれば、嬉しそうについばんだ。…癒される。
むぐむぐと咀嚼し、飲み込んで、再びキッチンへ向かった弟に声を掛ける。

「なー、ヴェストヴェスト!このホットケーキ超美味い!さすが俺様の弟だな!」

「たかがホットケーキで大袈裟だ。第一、誰が作ろうと大して変わりはないだろう。」

「えー、絶対違うって!俺、ヴェストが作ったのが一番好きだぜ?あ、もちろんホットケーキ以外も」

やっぱり愛情は最大の隠し味ってか?と言えば思っていた反応はなくて。
どうしたんだと彼を見れば真っ赤な顔でその場に立ちすくんでいた。

「お、照れちゃって可愛い奴ー」

「ば、バカな事を言わないでくれ!照れてなどいない!」

「てことは愛情は否定しないんだなー」

ケセセッと笑えば、もう知らん、と背を向けられる。
怒ったわけではないのは真っ赤な耳が如実に表していた。

「なぁ、ヴェスト」

「…なんだ。」

呆れたように、だけど律儀に返事をしてくれる弟に自然と笑みが零れる。


「ありがとな」


そこに込められた想いは、きっとわからないだろうけど。

案の定虚を付かれたような顔の弟。
だんだん気恥ずかしくなってきて誤魔化すように食事を再開しようとナイフを左手に持ったその時、微かに耳に届いた声。

「……俺も」

「ん?」

「…俺も、兄さんには感謝している。……っそれだけだ!」

ベルリッツたちの散歩に行ってくる、と部屋を出ていくのを確認して、ずるずると椅子の背に凭れる。

「……反則だろ…」

顔が熱いのは、きっと気のせいではないだろう。

ピ?と不思議そうに鳴いた小鳥の頭を人差し指で撫でてやる。くそぅ、可愛いな。

「本当、あいつには感謝してもしきれないな」

元々がイレギュラーな存在であった上に、既に国ではなくなったこの身が、いつまで存在していられるのかなんて全く見当も付かない。
明日には消えているのかもしれないし、「ドイツ」が消えるまでずっと存在していられるのかもしれない。
本来ならとっくに消えていてもおかしくない自分が、こんなにも幸せでいいのかとたまに不安になることもある。
だけど我が儘だろうと欲張りだろうと、少しでも長くこの幸せな生活を送ることが出来ればいいと思うのだ。


ハッピーエンドで恐縮です


(お帰りヴェストー!)(いきなり飛び付かないでくれ…危ないだろう)(お前なら平気だろー!ムキムキめ!)(……はぁ(溜息)





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