外柔内剛(幸佐)
2022.01.03 Mon 15:15
・幸村×佐助
・幸村視点
・現代パロ
・付き合ってない
・酔っ払い幸村と世話を焼く佐助
・説明不足な個所は、各々脳内補完をお願いします
以上のことにご理解いただけましたら、本文へとお進みください
『外柔内剛』
酔っていた。酒を飲んで、いい気持になっていた。足元はふわふわして、視界はきらきらして、訳もなく笑いたくなるような喜色で胸が満たされていた。
だからだろうか。
好きだ、と。
なんのてらいもなく抱き締めて、告げることが出来たのは。
告げられた相手は動きを止めて…けれどそれは一瞬のことで、「はいはい」と受け流しながら、なだめるように俺の背をポンポンと叩いた。それは幼児に対する扱いと相違ない。腕に力を込め、拘束を強くすることで抗議とすれば、先ほどとは違う調子で背中を叩かれた。まごうことなく、ギブアップの表現だ。
苦しい、と騒ぎ立てる相手に、渋々腕の力を緩め、顔を覗き込む。
「佐助が、好きだぞ。」
赤らんだ顔は、告白のせいか、力を込め過ぎた抱擁のせいか、都合のいい己の幻覚か、判別がつかない。ただ、物珍しさにじっと見つめ続ければ、溜め息と共に顔が伏せられた。
「見すぎ。」
照れるから、やめて。と。これまた物珍しい反応が返ってきた。
胸がぎゅうっとしめつけられ、湧き起こる愛しさで苦しくなる。馬鹿の一つ覚えみたいに、好きだ、の一言が頭にも胸にも去来する。
今までよく、何も言わずに我慢してこれたものだ。一度タガが外れてしまえば、何度告げても事足りる気がしない。
それを肯定するように、俺の口は無意識に「好きだ」という単語を佐助に繰り返し浴びせかけていた。
自分とそう体躯の変わらない男が大人しく腕の中に納まっているという事実に、安堵と多幸感があふれだす。このまま色好い返事が聞けるのだと、一片の疑いも持たずに確信できた。
それでも、緊張するものはする。酔いも一気に醒めそうなほどの、強い緊張を自覚した。カラカラに乾いた喉は、アルコールのせいだけではなさそうだ。
「…ッ、佐助は、どうだ?」
ようやく喉から出てきた声はかすれ、情けなくも震えていた。
そのくせ期待を孕んでいるのだから、みっともないことこの上ない。
「…。」
佐助は無言のまま、顔を上げた。伸ばされた手が酒や諸々で火照った頬に触れ、心地よい冷たさにうっとりと目を細める。
小さな溜息が一つ、首筋をくすぐった。
「返事は、明日ね。」
それは予想だにしない返答だった。
何故、と問う暇もなく、佐助は「ほらお水飲んで」と酔っ払いの介抱を始め、保護者の顔になってしまう。
何故、何故今答えてはくれないのか?
背を押されるままに足を動かし、キッチンの椅子へ腰掛ける。水の入ったコップを手渡され、喉を鳴らしながら一気に煽った。
「シャワーくらい浴びる?」
「うむ…」
「お酒飲んでるから、湯船はダメだぜ?」
「うむ…」
再び背を押され、浴室へ向かう。脱衣所でだらだらと服を脱ぎ捨てる傍ら、タオルや寝間着代わりのジャージがてきぱきと用意され、くれぐれも湯船はダメだともう一度念を押してから、佐助は脱衣所を出て行った。
いっそ、頭から冷水を浴びたい気分だった。だというのに。いつの間に設定したのやら、ぼんやりしながらひねったシャワーの温度は、ばっちり適温にされていた。
シャワーを終えて部屋へ戻れば、ドライヤーを構えた佐助がそこにいた。何から何まで至れり尽くせり。それを甘んじて…どころか、喜んで受け入れている自分がいる。酒のせいか大した照れもなく、いそいそとその前に座り、準備が出来たぞ、さあ乾かしてくれ、と視線を送る。
「犬みたい」と破顔した佐助に、やはり、好きだと実感する。
今話しかけても、声はドライヤーの音にかき消されてしまうだろう。会話は諦めて、大人しく髪が乾くのを待つ。
沈黙。温かな風。優しい手の動き。
穏やかに過ぎ去る時間に、じんわりと眠気が訪れる。
「好きだ。」
聞こえないだろうなと思いつつ、溢れる思いを吐き出さずにいられない。その響きを一人でじっくりと噛みしめて、じわじわ、頬に熱が集まるのが分かる。
不意に止まった温風に、部屋に静寂が戻ってくる。軽く頭を振ってみれば、なるほど、もう粗方乾いたようだ。
礼を告げようとすれば、口を開く前に、長い、長い溜息が頭の後ろから聞こえてきた。
「明日、返事するって言ったろ?」
先ほどの囁きが、まさか聞こえていたとは思わなかった。
佐助の声は困り果てたような響きを帯びていて、事実、振り向けば眉を八の字にして苦笑していた。
困らせたかった訳ではない。そんな表情をさせたい訳ではない。
悔しいのか悲しいのか恥ずかしいのか分からない感情の渦に、ぐっと下唇を強く噛む。
佐助はぽんぽんと俺の頭を叩き、困ったお人、と呟いた。
「…何故、今、返事をくれぬ?」
余程情けない声をしていたのか。再びの問い掛けに、今度は答える気になってくれたらしい。
それでもやはり躊躇いはあるようで、口は数度、無意味な開閉を繰り返した。
「ちゃんと、明日返事するから…。」
どうしても、今日返事をする気はないようだ。うむ、と唸るように相槌をうち、話の先を促す。理由だけでも聞かねば、到底引き下がれやしない。
「…だからさ。明日、もう一回やり直してよ。」
やり直す?何をだ?
首を傾げる俺に、佐助は「あー」だの「うー」だの呻き声を上げる。酔っぱらいはこれだから嫌だ、いや察しが悪いのは旦那の素か、などと、中々に失礼な言葉が口の端から零れ落ちている。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられ、そのまま指先に力が込められる。顔を正面に向かせようとしているのだと悟ったが、全力で反発させてもらった。今日だけで二度目。羞恥に染まった表情など、そう滅多にお目にかかれない。
無言の戦いは、佐助のため息と共に俺の勝利で終結した。
せめてもの抵抗か、視線は床に落ちて、目は伏せられた。ますます、俺の視線は釘付けとなる。
だって、と、拗ねたような声が投げられた。
「酔っ払いの戯れ言を鵜呑みにして、バカを見るのはごめんだし。」
それって。
「素面の時にちゃんと告白してくれたら、俺様も、ちゃんと答えるから。」
それって、つまり。
「はい、このお話はもうおしまい!ほら、もう眠いでしょ?さっさと寝て。」
確かに、ドライヤーを使っている時から眠気は感じていた。確かに、それはそうなのだが。
「…佐助。」
「はいはい、なんです?」
「好きだ。」
佐助はぶはっと盛大に吹き出した。
「酔っ払いの寝言じゃ、ますます信用ならないぜ?」
くつくつ笑う声に、何も返すことが出来ない。言いたいことが多すぎて、酒に浸った脳では処理しきれないのだ。
これはもう、今日決着をつけるのは諦めた方がよさそうだ。抗うことなく、促されるまま寝具に横たわる。優しく毛布が掛けられて、自然と瞼が重くなる。
閉じた瞼の向こう側で、照明が落とされたのが分かった。
「おやすみ。」
お前ばかり、満足したような声をして。
明日の朝、覚悟しておけよ。
一番に、お前の所に行くからな。
首を洗って待っていろ、と。
告白を明日に控えた身とも思えぬ物騒なことを考えながら、思考は眠りの海に沈んでいった。
END
[*前へ]
[#次へ]
戻る