手縫い(小十佐)
 2020.07.22 Wed 11:54

・小十郎×佐助
・戦国
・すでに恋仲の二人
・微々たるものですが、物理的に痛い描写あり
・説明不足の個所は、各々脳内補完をお願いいたします

以上のことにご理解いただけましたら、本文へとお進みください














『手縫い』





こんなお仕事をしていると、手先の器用さってヤツに救われることも少なくない。
薬草を調剤したり、武器の手入れをしたり。時には変姿の化粧であったり、食材の調理であったり、お針子仕事、なんてこともある。



ちくちくちく。
手元だけを忙しなく動かして、猿飛は迷彩柄の布に幾度も針を刺していた。槍の切っ先で割かれた穴はけして大きいものではないが、如何せん開いた場所が悪かった。放置すれば、隠した暗器をうっかり落としかねない。
隠密活動中にそんな失態を犯してみろ。うっかりで命まで落としてはたまらない。
「しかし、随分手慣れているな。」
横からかかった声は、感心の響きを帯びていた。お針子仕事を誉められたところで嬉しくはないが、手先が器用だと言われたと思えば、まぁ悪い気はしない。
ちょうど最後の一針を縫い終わったところだ。きっちりと糸の後始末をして、綻び一つないそれを自慢げに広げて見せた。
じゃーん、と、口にするのも忘れない。
「不器用な忍びじゃ、お仕事が務まらないからねぇ。」
ふむ、と顎に手を当てて、布を眺め透かして見ているのは、竜の右目こと片倉小十郎である。武田と伊達で共同戦線を張って早数日。好敵手という互いの主の関係性もあってか、何かと行動を共にすることも増えていた。
誓って言うが、別に恋仲だからという理由ではない。二人とも公私混同はしない主義だ。

さて。針仕事を終えたばかりではあるが、休んでいる暇はない。戦装束を綺麗に畳み、傍らに置いていた大型手裏剣に手を伸ばす。
本日大活躍となったそれを労うように、まずは丁寧に血糊を拭った。そして刃こぼれを一枚一枚丹念に確認し、砥石や油を用いてその切れ味を更に高めていく。
「…縫物は、女中か部下にでも頼めば良かったんじゃねぇのか?」
片倉の目には、衣類の繕いよりも、愛用の武器の手入れの方が余程優先される作業に思えたのだろう。純粋な疑問が苦笑まじりに飛んでくる。
それに対し、猿飛はいつもの軽い調子で「いーの」と答えた。
「服でも武器でも、自分で手入れした方がよく馴染むってもんさ。自分で縫えば、大事にしようって気にもなるでしょ?」
その答えには、片倉も頷くより他にない。(残念ながら、服に関してはいまいち経験不足でピンとは来ないが)確かに、己の愛刀を易々と他人の手に任せようとは思わないし、手をかけた分だけ愛着もわくものだ。
ふと右腰に差した大小に目を落とし、そういえば今日は鞘に入れっ放しだったと思い出す。日中、自身の守る陣は戦場とならず、刀を振るう機会がなかったからだ。
出番がなかったとはいえ、手入れをするに越したことはない。ここで済ませてしまおうかと鞘に手をかけたところで、「あぁ、だからかも。」と、何かに納得したかのような猿飛の囁きが耳に入った。
顔を向ければ、相手もこちらを振り返っており、目が合うとニッと笑った。
「俺様が、あんたを大事にしたい理由。」

『自分で縫えば、大事にしようって気にもなるでしょ?』

「…そうか。」
少ない言葉であったが、すぐに記憶と合点がいった。
彼は、猿飛に縫われたことがある。



それはいつのことだったか。この同盟を組むよりもだいぶ前、上杉との戦で利き腕に傷を負ったことがあった。太い血管を傷つけたらしく、小さな傷だというのに、中々出血が止まらない。
慣れぬ右腕で行う止血はもどかしく、更に処置の成果は一向に表れない。変わらず血を垂れ流し続ける腕に歯がゆさを覚え、苛々が募りだす。ついに、こんな出血がなんだと短気を起こし、先陣へと駆け出した。
その矢先に、戦場視察に来ていた猿飛に出くわしたのだ。
「ほんと、武人ってのは無茶がお好きだねぇ…。」
どこか遠い目をしているのは、彼の主人を思い浮かべているからだろうか。少し前から観察されていたらしく、表情には呆れが含まれている。
邪魔をするなと一瞥すれば、横をすり抜ける前に道を塞がれた。舌を打つ片倉に、猿飛は気分を害した風もなく、ひょいと腕を取った。
そして、「美味しいお野菜貰っちゃったし」とか何とか言って、このくらいならばと二針三針手際よく縫い上げたのだ。
ぴたりと縫い合わさった傷口に、血はじわりとも滲まない。処置も、止血も文句なしだった。
元々小さな傷だったとはいえ、今では、よくよく見なければ傷跡さえもわからない程である。



思えば、この忍びのことをはっきりと気にかけ出したのは、その頃からだったろうか。懐かしさに当時を思い返しながら、微かな傷跡をそっと指でなぞる。
「だったら、次からはテメェに頼むか。」
「ん?」
(なんだ、自分で言っておきながら分からないのか?)
妙なところで鈍い忍びだ。不思議そうに首を傾げる猿飛に、強面と評される片倉の表情が淡い笑みへと取って代わる。血なまぐさい記憶の話題に反して、穏やかな時間がひどく心地よかった。
「テメェで縫ったもんは、大事にしてくれるんだろう?」
古傷を示しながら問いかければ、相手にも正しく伝わったらしい。
「…もちろん。」
ニカリと笑う顔に、照れは見えど、嘘はない。
彼は不意に姿を消し、片倉の背後へとその気配を移した。害意を感じないので、好きにさせてやることにする。
やがて、背に温もりが寄り添って、ぎゅっと腕が回された。
「縫わなくったって、あんた一人くらいは大事にしてやるよ!」
そいつは吉報だ。
「俺も大事にしてやる。」
生憎、縫物は得意じゃねぇがな。

言えば、甘えるように、ぐりぐりと背中に額がこすりつけられた。
くすぐったさと、彼らしくない仕草の幼さに、愛しさが笑い声となってあふれ出るのだった。



END







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