第19回〈終章/下〉
2017.07.10 Mon 22:38
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右主翼がせり上がった。
鏡子いわく、「左バンク」。機体を傾けて旋回しているわけだ。
福岡市上空から南へ、有明海に出た。
九州に入ってからは視界良好。機体は安定している。
鏡子は、2、3個の飴を口に入れている。気圧の変化に対抗するためのスイーツとはいえ、CAさんから10個はもらっていた。
「佳奈恵先輩が松葉杖を離さなかったのは、なぜだと思う?」
「さあ」
「タイミングを失った、ということらしい。杖は、人命救助の勇敢な女子高生のシンボルだろう」
「……うん」
「杖がなくなれば、ただの女子高生だ。普通の女の子に戻るタイミングがわからなかった……と、先輩は語った」
でも、お姉ちゃんがもうスプリンターじゃないことに変わりはない。
杖が有ろうと無かろうと、私の十字架は軽くならない。
飛行機はかなり高度を下げていた。
遊覧飛行のように、断崖が連なる海岸が見える。
お姉ちゃんの引き金となったのは、あの朝の新聞記事だったらしい。
中学時代、最後までお姉ちゃんに及ばなかったライバルが、繰り上げ当選のように国体の選手に内定したという記事。
菫ちゃんが指摘した“鏡子の動機”が、正鵠を得ていたのだった。
お姉ちゃんは、鏡子が警策で5回打ちすえて、それで罪を不問とした(5は文芸部員の人数だ)。ガンジーの理想には背くが、これくらいはいいだろう。
話が戻るが、
瞳(故人)の動機として、こんなのはどうだろう。
余命いくばくの瞳が、しぶとく生き残る私に、嫉妬に似た感情を覚えた。
あるいは、自分がいだく死への恐怖を、ひとかけらぐらい、私にも分け与えないと気がすまなかった。
いずれにせよ、
ほんの数日しか時間を共有しなかった下級生なのに、鮮烈な記憶を残していったのは間違いない。
瞳のエンディングノートには、母の実家がある長崎に葬ってほしいとあったそうだ。
だから、私と鏡子の自由行動の予定に、“弔問”があるのは言うまでもない。
◆
海面を走っていると錯覚しそうなほどの低空飛行になった。
名もない島(作者注:臼島という名前があります)に翼が接触しそうだったが、それも錯覚。
「理想的なランディング(着陸)になる」と言った鏡子が、思い出したように、飴を一個くれた。
なんで、今?
まあいいや。
飴を口に入れて、着陸の瞬間を待った。
―――――終―――――
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