桃色交遊 ―S―
2011.07.23 Sat
※不謹慎、パロ、若干グロ注意
『桃色交遊』と世界観だけ一緒
読んだ後の苦情は受け付けないよ!
その日リゾット・ネエロという少年は大雨でも降らさんとばかりに大泣きをしていた。彼の手には牛刀が握られていた。そこから垂れる血潮は、彼の服を真っ赤に汚す。
その日、リゾット・ネエロという少年は大いに憂鬱であった。誰が彼をそうさせたかといえば、それは彼の家の近くに越してきたプロシュートという少年によるところである。彼は、撫でつけたプラチナブロンドに、グレイッシュなブルーの瞳をもった少年だった。見た目が派手なだけあって、どこぞの貴公子だの、プレイボーイだのと、根も葉もないうわさだけが飛び交ったが、彼はいたって普通の少年であった。ところがである。そんな彼が、突拍子もなくリゾット・ネエロという少年をいたく気に入ったのである。彼は朝が来るたびにリゾットの家の前に立って、決まって「遅刻するぞ」と叫ぶのである。時刻はまさに朝の8時である。リゾットという少年は、眠い目をこすりながらため息をついた。ほどなくして彼はやってきた。朝から大声で怒鳴られては堪らないと思い、本日も彼が来るのを見計らってあらかじめ先に玄関を出ていた。なんだ、とつまらなそうに唇の先をとがらせた彼は、少年の姿を確認するなり、何も言わずに踵を返した。足早に先を行く小さな背中は、思わず少年の頬を緩ませた。潮風が一度止んだ時、彼はぴたりと立ち止まった。何事かと思い、リゾットは小走りで彼のもとに駆け寄り、彼の顔をのぞき込む。彼は薄桃色の唇を噛んで、ガラス玉のような瞳を大きくひん剥いて下を向いていた。リゾットの脳裏にあの日の犬の姿が一瞬浮かぶが、それも彼の声によってすぐに消えていく。プロシュートは、か細い声で「転校する」とだけ言った。リゾットは頭をガンと殴られたような感覚にみまわれた。憂鬱だ、憂鬱だと口では言っていたが、いざ彼がいない朝を思い浮かべてしまうと、それこそ憂鬱のほかになかった。彼は必死で寂しさをかみ殺し、無表情を付きとおそうと試みていたのである。リゾットもリゾットで、表に出にくい感情をどう処理しようかと必死であった。潮騒のなかで暫時その場で立ちすくんでいたが、彼が腕時計を覗き込んだその瞬間に魔法が解けた。早く行こう、と言われ、今度こそ本当に遅刻してしまうのではないか、という危機に、先ほどの衝撃を忘れてしまったのである。彼の様子をのぞきに隣の教室をのぞきこんだ。彼はいたって普通であるどころか、同級生のホルマジオとともにけらけらと笑っていた。そのなんでもない表情から、再び今朝の出来事を思い出す。リゾットの知るところでは、プロシュートは冗談は言うが決して嘘をつかない人間であった。今朝のこともきっとただの冗談であったのだ。でなければ、あんな顔をして級友と笑い合うことなんてできないだろう。少年はそう解釈し、何も言わずに教室を去っていった。帰り際、リゾットは彼に尋ねた。「あれは冗談なのだろう」と。すると、彼は少年の期待に反し、表情を曇らせた。再び唇を噛みしめ、目を大きく見開いて俯く。彼は「嘘じゃない」と、それだけぽつりとつぶやいて、それきし黙り込んでしまった。リゾットは再び頭が痛くなった。プロシュートが転校してしまう、なんて。永遠にこの偽の憂鬱が続くものだと思っていた。だのに、その甘美な憂鬱は、やがて本物の憂鬱に変わってしまう。リゾットは「そうか」と一言呟き、彼と同じようにうつむいた。少年にとって、彼という存在は生活の一つであった。それがぽっかり穴をあけて、果たしてこれからの自分はどうなってしまうのだろうか、そう思った。沈黙を破ったのは、プロシュートの方だった。「家に来ないか」その言葉に、リゾットは何の反応も返さなかった。だが、黙って歩き出す彼の隣を、歩調を合わせて共に歩く。家に付いたころには夕暮れで、空は真っ赤に染まっていた。家に通されたリゾットは、綺麗にものがまとまりつつある彼の部屋に通される。リゾットは経験したことがなかったが、それは確かに引っ越しのための荷造りであったということはわかった。プロシュートはベッドに腰掛け、少年を隣に座るよう促す。互いに言葉はなかった。暫くして、沈黙を破ったのは今度はリゾットの方であった。「いつ決まったのか」と問えば、彼は「ここに来る前から」と反射的に、そして事務的に答えた。「どうして自分と仲良くなろうとしたのか」と問えば、「家が近いから」と答えた。「自分のほかに誰が知ってるのか」と問えば、彼は少し口をすぼめて、「一週間前に、ホルマジオには言った」と答えた。リゾットはたんたんと質問を繰り返していった。するとプロシュートははじめは事務的に言葉を繰り出していたが、次第にいらだちに似た強い口調で投げやりに答えるようになっていった。一方で、リゾットは心底憤怒していた。何故自分には言わなかったのか、そもそも理由なく近付いておいて、勝手に人の心の片隅を奪っておいて勝手に去っていくとはどういうことなのだろうか、と。何故、嘘をついたみたいに自分を騙していたのだろうか、と。プロシュートは、もういいだろ、と言って、寂しそうな顔をリゾットに向けた。瞬間、少年の中で何かがはじけた。瞬間リゾットの中で、彼の存在が全て嘘で虚偽なものとなった。プロシュートは嘘なんて付かない。実際に彼はリゾットに嘘をついたわけではない。だが、リゾットは彼を信用できなくなっていた。少年は部屋を飛び出し、階下へと駆け下りた。高ぶった頭はもはや理性を抑えきれない。その時、彼の母がキッチンで魚をさばいていたのが見えた。少年はそれを半ば強引に引っ掴むと、彼女は何事かと言ったきり呆然とその場に立ちすくんでしまった。再び階段を駆けあがり、ベッドに座ったままの彼に生臭い匂いを放つ牛刀を向ける。「さあ、嘘だと言ってくれ」少年は唾を飛ばしながら言った。「嘘じゃない」彼は言った。「嘘をつくな」少年は牛刀を振り上げる。最早少年はあの時の犬であった。牙をむき出しにし、獲物や敵に襲いかかる本能だけの野獣であった。彼は振り下ろされた刃に首の横をかき切られる。真っ赤に染まった白いシーツのもとに、その白い体が横たわった。少年はふいに窓の外に目を向けた。日はすでにとっぷりと暮れ、空には星が輝いていた。
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