桃色交遊
2011.07.20 Wed
※不謹慎、パロ、若干グロ注意
萌えでもなんでもないです
読んだ後の苦情は受け付けないよ!
その日リゾット・ネエロという少年は大雨でも降らさんとばかりに大泣きをしていた。彼の手には一挺の牛刀が蜷色の輝きを放っていた。何筋かの真っ赤な血潮が滴って、少年の服を汚した。少年が生まれて初めて殺したのは、ただの一匹の野犬であった。自宅の庭で雌鶏を襲っていたのを追い払おうと振り回したところ、たまたま急所を一突きしてしまったのである。致し方がないことであったが、真っ赤にふきだすそれがドロリと顔にかかったその時、彼は大いなる恐怖にみまわれたのだ。以来、彼は刃物を持つことを毛嫌った。テーブルナイフのただの一つでさえも、彼にとっては犬殺しの心的外傷であったのである。
その日リゾット・ネエロという少年は大雨でも降らさんとばかりに大泣きをしていた。彼の手には牛刀が握られていた。そこから垂れる血潮は、彼の服を真っ赤に汚す。
プロシュートという少年がいた。撫でつけたプラチナブロンドに、グレイッシュなブルーの瞳をもった少年だった。見た目が派手なだけあって、どこぞの貴公子だの、プレイボーイだのと、根も葉もないうわさだけが飛び交ったが、彼はいたって普通の少年であった。しかし、彼はリゾットを夢中であった。名前も知らぬ少年に。漁村で生まれ育った彼にとって、都会から越してきた彼は異質の存在であった。周りは浅黒い赤ら顔をしているのに、一人だけ冷たい白磁のような肌をしているのだ。だからこそ目を奪われたのかもしれない。リゾットという少年が彼を目で追うごとに、彼に対する気持ちがどんどん強くなっていった。互いに面識もないのに、しょうもない憧憬だけが日に日に膨らんでいく。純粋さがあだとなって、少年は彼以外に何も見えなくなった。少年は彼の身の回りを調べ始めた。プロシュートという少年は、都会のどこからやってきて、家はここで、一人っ子で、男らしい父に女らしい母がいて、両親ともブリティッシュのように白くて、誕生日はいつで、好きな色は何色で、好きな食べ物は、嫌いな食べ物は、どんな音楽が、どんな、どんな、何が、どういう、どこで、何を、……何もかもが知りたかった。リゾットは、それほど彼に夢中であった。下校途中の彼に気付かれないよう、こっそりつけて回ったし、休み時間ごとに移動教室中の彼をこっそりのぞいたりもした。出来ることであるならばなんでもした。なんでもしたけれども、その間一度も話したことなどない。リゾットの日常はプロシュートとの日々で埋め尽くされていた。そのうち日々を共有する仲だとでも勘違いしてしまったのかもしれない。少年は、彼との日々が虚構でも何でもない、真実というただ一つの真実であった。ある日、少年はサッカーの観戦チケットを手に入れた。小遣いをはたいて購入した二枚のそれを、一枚は自分用に、もう一枚は彼に贈ろうと思ったのだ。余談だが、リゾットという少年はさしてサッカーおよびスポーツに興味がない。そこで、何故サッカーかといえば、単純な話で、プロシュートという少年が彼の友人とサッカーの話をしていたからというだけである。再び余談だが、プロシュート自身もたいしてサッカーに興味があるわけでもなく、その日はたまたま前日あった大きな大会の結果をテレビで見たからであった。リゾットは彼が一人の時を見計らって、ついに声をかけた。「一緒にサッカー観戦に行かないか」と。当然のことながら、プロシュートは戸惑った。見ず知らずの学友に声をかけられ、親しくもないのにいきなり遊びに誘ってきたのである。当然ながら、答えはノーであった。しかしながら、リゾットにとって、これは不本意な答えであった。彼にとって、プロシュートは最早親友のような存在であって、その親友のために用意した折角のチケットであったのだ。いや、最早チケットなどどうでもよかった。これが、リゾットにとって、プロシュートの彼への初めての拒絶であった。その後も何度かリゾットは彼に声をかけた。しかし、そのたびに彼は怪訝な面持で決まってノーと答えた。顔を合わせるたびに顔をしかめて、ついには無視するようになった。リゾットは憤慨した。親友は突然冷たく当たるようになった。顔をゆがませるだけならまだしも、無視して自分の存在を否定するのだ。どうしようもない憧憬は、いつしか怨恨に似た執念にも変わっていった。どうしても少年は彼に自分の存在を認めてほしかった。いや、ただイエスと頷かせるだけでもよかったのだ。少年は懲りずに何度も遊びに誘った。何度も声をかけた。精一杯の笑顔はいつしかマスクのように張り付いたものに変わり、やがては事務的な無表情に形相をなす。プロシュートはそれでもノーと答えた。そんなある日だった。いつものようにリゾットが顔をのぞかせると、プロシュートが親しげに誰かと話しているのを見つけた。相手は舎弟のような存在である、下級生のペッシという少年だった。その時、リゾットの中で何かがはじけた。勿論、ペッシという少年の存在は知っていた。だが、いざその姿を目視してしまうと、もうどうしようもないくらいに嫉妬の炎が渦巻いて、怨恨のたがを焼きつくしていたのだ。自分は彼のために足しげく通っては気を引こうと誘っているのに、少年は下級生でありながら平気でプロシュートのテリトリーに入り込み、そして笑顔で彼と接するのだ。学校が終わって、リゾットは急いで帰宅した。自宅にある牛刀を手にした。かれこれ七年ぶりにまともな刃物に、それも自らすすんで触れたのだ。見あきるほど通ったその家までは、自転車を漕いでいけばそれほど時間がかからなかった。鍵の掛かっていない玄関から侵入すると、案の定彼は二階の奥の部屋にいた。彼は雑誌を片手に昼寝していた。「起きてくれ」と声をかけると、眠気のせいだろうか、彼はさして動揺することもなくいつものように怪訝な面持で少年を見た。リゾットの手には牛刀が蜷色に鈍く光る。プロシュートという少年は、わずかな時間の中で頭をフル回転させた。この部屋は、逃げ惑ったところですぐに捕まってしまうくらいに狭い。だったらいっそのこと、先制して押し倒し、その刃物を奪ってしまった方が賢明だ。瞬間、彼は少年に向かって飛び出した。しかし、それは結果として愚行であった。リゾットは思い出した。あの日、庭先で一匹の野犬が雌鶏たちを襲っていた。鋭い刃でやかましい身体を咥え、白い羽をむしり取らんとするその姿を。リゾットは、台所にいって、恐る恐る、しかし懸命にその刃物をふるったのだ。すると、逆上した駄犬がリゾットに向かってきた。だが、哀れ、犬は心臓を一突き。――気付けば、目の前が真っ赤に染まっていた。目の前に、目を真っ赤にして見開き、この世のものとは思えないような音が響かせた彼が横たわっていた。リゾットはその姿に恐怖した。憧憬した美しい姿は、まるであの犬のように奇妙で恐ろしかったのだ。真っ赤な血潮が広がり、蜷色の牛刀を、そしてリゾットの服を汚していく。「ああ、頼む、死んでくれ」少年はひたすらに口走った。しかし最早手に力などない。牛刀を落としてから、その場に崩れ落ちた。プロシュートは左手で首元を押さえ、叫んだ。「ああ、そうするもんか。お前と死ぬのなんてごめんだ」と。右手は、その牛刀に伸びる。その時であった。階下から声を聞きつけた彼の両親が駆けあがってくるのは。
――後の話だが、リゾットは当時のことを思い出すたびにこう語った。「もしも生まれ変わったとして、プロシュートには二度と会いたくない。出会ったらきっと、今度は完璧に殺してしまう」と。また、こうとも言った。「もしも会ってしまったら、次は必ず友達になろう。なったらきっとプロシュートは俺の存在を認めてくれよう」と。
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