嗚呼、私は嘘を吐くのだよ
2011.07.15 Fri
顔の酷く青白く、喉の酷く掠れた女を買ったことがある。
俺は知っていた、それが当時不治の病と呼ばれていたことを。
彼女は窓縁に腰掛けて、やり手の煽りも受けることなく、静かに、あんあんと、雨垂れのカーテンを見ていた。
目は落ち窪んでいたが、ガラス玉をはめ込んだように綺麗であった。
彼女を黙って指名すると、やり手も花のような笑みを振りまいていた女たちも、皆静かになった。
彼女がすとんと降りて、ヒールが床を鳴らす。
まるで御伽噺のように、彼女と、自分と、他に雨垂れだけが動する空間であった。
彼女に導かれ、軋むベッドに沈み込む。
「ああ、貴方はどなたなの」
彼女は嗄れた声で、しかし澄み切った調子でそう言った。
そこで俺は、
「ああ、俺は悪魔なのだよ」
と酷く滑稽な嘘を吐いたのである。
「ああ、お前はなんなんだ」
プロシュートが呆れたように言った。
彼は撫でつけた髪を指ですき、毛先を一瞥して舌打ちをした。
月下に晒された肌は青白く、酒やけのせいか、喉は酷く掠れている。
安宿のベッドは埃っぽく、一度跳ねるだけでも咽せ込むほどであった。
しなやかな身体は白のシーツの海で泳ぐ魚のようである。
同僚の男に恋したなどとは死んでも言えるものではない。
尤も、不治の病とは別の病を患ってから、彼女はとうの昔に死んでしまった。
そして俺も、その重い病の患者である。
出来もしないのに、遊び人だのとそんなふりをして、
「ああ、お前に恋をしたんだ」
などと冗談じみた口調で言ったものだ。
俺の黒い眼はきっと笑ってはいない。
しかしまた、何故か、彼は青白い肌を火照らせ、目をそらして唇を噛むのである。
酷く後悔をした。
こんなことなら、初めから彼女にそうしたように、いっそのこと滑稽かつロマンチックな嘘でも吐けばよかったのである。
さすれば彼は、いや、俺はこんなチンケな感情にとらわれずとも済んだのだ。
最期に看取った彼女は、音もなく俺の元から去った。
そして今、彼は音もなく俺の腕を解こうとする。
「ああ、冗談だ」
こうして俺は、また一つ嘘を吐くのである。
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