ハード・キャンディ・オブ・ユア・プリケット
 2011.05.10 Tue
※メロギア?ギアメロ?わかんね





「お兄さん、今晩いかが?」
「悪いね、先客があるんだ」
「あら、残念。でも覚えといて頂戴、あたしは今晩はここにいるから」
「わかったよ。気が向いたら来てあげる」
「ほんとついてないわ。あなたみたいないい男、滅多に見ないもの。あたしも落ちたものね」
「それはどうかな、俺だってあんたみたいないい女なんて、ね」
「あら、本気にさせるつもり?あたしのことなんて放っておくくせに」
「俺って悪い男だよ。女よりも仕事を優先するからね。じゃね、ハニー。これから一仕事してくるよ」
「そ。じゃあね、ダーリン。たまにはあたしのことも大切にして欲しいわ」

商売女は誰にだって声をかけるわけではない。
金を持ってそうな男、欲に目を輝かす男、押しに弱い男。
しかし、全ての前提として、彼女自身の身の丈に合うことが条件なのだ。
つまり何が言いたいかといえば、今色目を使ってきた落ち目の娼婦は、ある種の自分の生き写しの姿なのである。

「(濃い化粧、薄汚いショール、かさついた手の甲)」

とてもよい印象を持てなかったという事は、イコール自分の評価も同じとみていい。
薄明かりの街灯の下を歩きながら考える。
ふと今日のことを思い出せば、鏡の中の自分は虚ろな目をして胡乱な様子であった。
唇はひび割れ、眼球は寝不足で血走っていた。
まるで他人を見ているような心地で笑った。

下品な香水の匂いが未だに鼻の音にまとわりついてくる。
当分この魔力からは逃れられそうにもない。
ずれたマスクを直し、銃を構える。

はて、血煙りと硝煙でこんなもの吹き飛ばしてしまおう。





ひと仕事終えた後、結局俺は言わずもがな件の娼婦のもとへ帰らなかった。
女よりも仕事を優先する男というのは果たして最低なものか、そうは言っても束の間の休息感すら無駄に思えてくる俺は相当生真面目な仕事人間に違いない。
彼女だって快楽のために抱かれるのだったらああやって着飾ったりしないだろう。
あくまでも仕事として、仕事人間としての仮面をかぶるのだから。

早朝、未だ太陽は昇る気配はない。
アジトの扉をそっと開けるが、当然のことながら明かりはついていなかった。
目を暗さに順応させて、わずかな視界の中で薄汚れた埃の海を渡っていく。
階段を上るときは、猫のように、綿毛のように音をたてず。

その部屋にたどりついたとき、俺は一瞬ドアノブにかけた手を回すのを躊躇った。
『折角の休み』は、仕事人間にとってどういったように利用するのが有意義なのだろうか。
思ったところで結局のところ答えは見えていた。
邪念を振り払い、右手首をひねる。

「ただいま」

あまりにも小さくてかすれた声だったものだから、きっと彼には聞こえていない。
その証拠に、彼は未だ寝息を立てて無防備な姿をさらしている。
今日は別々の個人での仕事があった。
自分もそうであるように、彼もきっと疲れきっているのであろう。

あいにく今のアジトに仮眠用のベッドは一つしかない。
わざわざソファに戻るつもりもなく、そもそもこの部屋から出ていくつもりもなく。
俺はベッドの端に腰かけた。
月光のもとに晒された顔に血の気はなく、自分の耳をふさいでしまえば死人のようだ。
投げ出された左手には、彼の一部である眼鏡がしっかりと握られている。

「戻ってきたよ、ダーリン。仕事は終わったんだから、相手して」

胡乱な眼をしてつぶやくが、彼はきっと聞こえていない。
どうしてこんなセリフが出てきたものか。
彼はあの娼婦ではないのに。
そして自分自身もまた、彼女ではないのだ。

下着のゴムを指で引き下ろすと、目の前に萎えた逸物が晒された。
シャワーも浴びずに寝たのだろうか、汗臭い臭いが鼻につく。
だが、これといって嫌悪感もなく、俺はルーチンワークをこなすようにそれを咥えた。
唾を溜め、舌を動かしていくと徐々にむくりと立ち上がっていく。

そんなことをしておいていうのもなんだが、どうか目を覚まさないでくれと思う。
そしてその願いが通じたのか、彼は荒い息を吐きながらも黙って欲を放出した。
おそらくだが、彼はとっくに起きている。
それでも何も言わずに寝たふりをしてくれるのは、普段癇癪を起してばかりの彼の中に垣間見る優しさだと思う。
喉にからみつく精液を飲み干し、再び萎えた逸物を綺麗に拭いて下着の中に戻してやった。
ずり落ちていたブランケットを掛け直し、今度こそ階下のソファに戻る。

「(まさかあの娼婦に自分を見出して、勝手に失望して、その上同調してしまったなんて言えまい)」

グラスに注いだ水を一気に飲み干した。
仕事帰りの一杯なら、どうせなら酒がよかった。
だがあいにくそんなものはこのアジトのどこにも転がってはいない。

そういえば、あの女は今夜の仕事を見つけただろうか。
思ったところで自分には何の関係もなかったので、考えるのをやめた。

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