パヴァーヌ
 2011.05.05 Thu
彼が漂わす香りは死の臭いであった。
淡く清純でありながら、エキゾチックな毒々しい甘い香り。
どこかで嗅いだことのある死の香水。

彼が部屋を訪ねてくると、瞬間空気が重く冷たくなる。
それはまるで死の舞踏。
そのすべてが殺しの接吻に等しい。

「終わったぜ、仕事はよ」

笑えない冗談に、俺は思わず手をとめる。
顔を上げると、青白い面がこちらを見据えて笑った。
真っ黒な品のよいスーツの肩は、まるで蝶々が鱗粉をまき散らしたように黄色い粉が付着している。
それがグリッターのように発光して輝いて見えるのは、最早悪い病気なのかもしれない。

プロシュートがゆっくりとこちらに歩み寄ってくると、ますますその死臭は強くなる。
その甘い甘い毒は、血潮の臭いに慣れた冴えない鼻腔を犯す。
足は12歩、それは午前零時の鐘の音に同じである。
デスクの前でぴたりと動きが止まった。
彼の口がゆっくりと開かれる。
まるで、死を告げる骸骨のように青白い。

「俺は今日、ゴンドラに乗ってシチリアのとある島に行った。潮と辛気くさい塩の香りを嗅ぎながら、四角い箱の中で眠ったさ。そして、菊花に百合に、俺は死の手向けの花に埋められた。それがどういうことかわかるな?」

つまり、彼の香水は弔い花の香りであるのだ。
黄色い粉はおそらく百合の花粉である。

「まあ、シチリアの墓場島に行ったっつうのは嘘だとして、俺は今日初めて棺桶に入ったぜ。ご丁寧に花も添えられてなあ」

彼は続けた。
標的は死人に酷く熱情を抱いていた。
まるで宝石箱のように棺桶を家に置いていた。
普段は青白い人形が納められているそこに入った。
そしていつものごとく箱の中を覗きにきた標的を−−

酷く趣味の悪い話だった。
そもそも棺桶が家にあることすら気味の悪い話で、しかも平然とその中で待機するとは。
更に言えば、そもそもその持ち主が一人で覗きに来るか、それ以前に棺桶の中を覗くのかもわからないのだ。
彼の行為は作戦を無視した軽率な行為にすぎない。
結果オーライだといえば話は別だが、行為を楽しんだ彼に対し、とてもではないが褒め称えることは出来ない。

彼は標的を綺麗な死体に仕立てて、自分の眠っていた棺桶の中に横たえてきた。
そして今に至る。
死の臭いを漂わせながら。

「死体ごっこは楽しかったか」
「ああ、楽しかったぜ。人殺しは暗殺者の醍醐味だがよ、自分が死んでみるのもなかなか悪くねえ」

彼がいたくビジネスライクで、それでいてふざけたことを言うものだから、思わず

「なら、ベッドの中で殺してやる」

なんて口に出してしまったものだ。
青白い顔がふっと笑って、俺たちは仮眠用の簡素なベッドにもつれ込んだ。
まるで、死にとらわれた人間のように。

俺たちは偶然人間なのだ。
いずれ訪れる死を受け入れるとともに、今を生きることを楽しむのだ。

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