Femme portant hermine
2011.04.29 Fri
見渡す限り、まるでカーネーションの花束を手向けられたように赤かった。
しかし花の芳香など漂うはずもなく、この部屋に充満しているのは生臭い血の臭いだ。
つい先刻まで美しくきらびやかに着飾っていた女を、たった今殺した。
純潔を示すオフホワイトのドレッシーなワンピースが、初潮を迎えた少女のシーツのように汚された。
彼女の体を決してスマートではないやり方で横たえると、血で染まったドレッサーが露わになる。
鏡面も朱に染まり、だらだらと台に水溜りをつくっていく。
真っ赤な口紅や白粉、銀の皿の上には金貨や真珠。
「お前はつくづく見る目がねえな。見た感じじゃあ貞淑そうな女だとか言ってたが、実際は見てみろ、虚栄心に自己愛、そして浮気心の塊じゃねえか」
プロシュートが鼻で笑う。
刃を白い布で拭い、何事もなかったかのように内ポケットにしまい込んだ。
黒い革手袋は相も変わらず高貴な輝きを放ったが、血で染まり汚れてしまったことには変わりない。
彼は指先を噛んで引き抜くと、それも内ポケットの中に入れた。
彼女のドレスのように真っ白な手が、赤く汚れた真珠をすくい上げる。
それこそ処女を貫通する象徴のようにも思えたが、言うなればこれは欲望に身を焦がした女の末路に相応しい穢れの寓像でもあった。
プロシュートの爪が赤く汚れていく。
しかしながら、真珠は変わらず美しく輝いていた。
「これは本物に違いねえ。リーダー、あんたならどう思う?」
「強盗殺人とみせかけてもいい」
「ハンッ!なら決まりだ」
刃をぬぐった布に金目のものをくるみ、それもさっと懐に入れた。
彼は再び革の手袋に手を包み、あたりを適当に物色した。
小遣いになりそうなものはいくらでもあったが、なにぶんそれらを持ち運ぶ手段を持ち合わせていなかった。
結局のところ、ドレッサーの上の真珠くらいしか頂戴することはできなかったのだ。
ふいに、彼女の腰掛けていた椅子に目を向けた。
赤く染まっていたから目立たなかったが、椅子にかかった白い毛皮には黒い斑が散りばめられている。
「ああ、そりゃあアーミンだろうな。王様が泣いて欲しがるほどの高級品だぜ?」
持って帰るか?
問われたが、俺は首を横に振った。
ここまであからさまに汚れてしまった毛皮には価値がない。
それに、彼女の資産を見る限り、とてもではないがアーミンを購入できはしないだろう。
あらかたイタチか何かに黒い斑を染色した安物だ。
「この部屋には不自然だが、せめてもの報いに残していってやろう。権力を渇望した彼女にはこれが必要だったんだ」
アーミンは権力の証だ。
そして彼女はこの部屋の王女である。
肩にそっとそれを被せてやると、たちまち彼女は不貞の女から凛とした王家の血を引く女となる。
それを俺は似合うと思ったが、プロシュートは死体を見下ろしながら「滑稽だな」と呟いた。
「黒斑の毛皮は持ってねえか?まあ、持ってねえだろうな」
「だったら聞くな。そんな高級品を持ち合わせる金もない」
「安物でもいいぜ。帰ったら『そういう』セックスしてやるのに」
鼻を鳴らす彼を見て、一瞬欲が沸いた。
だが、今更彼女から権威の寓像を奪うつもりもなく、心の中でのばしかけた手を引っ込める。
やはり、この毛皮は彼女にあってこそだ。
俺たちのような低層階級の人間に似合っていいものじゃない。
「やめだ、やめ。俺には真珠のネックレスがある」
「浮気女にでもなるつもりか」
「『そういう』のも、嫌いじゃねえくせに」
さよなら、王女。
彼は死体に気持ちばかりのキスを贈って踵を返した。
俺は、仕事が終わった疲労感とともに、今夜に対する期待で胸を弾ませていた。
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