不遜な身体
2011.04.28 Thu
ちょうど十年前くらいだっただろうか。
どうしようもないチンピラをやっていたときに、街で喧嘩を吹っ掛けられた。
当然のことながら当時の紙きれのような体で勝てるはずもなく、もれなく俺は吹っ飛ばされた。
着地したのはゴミの山、それもあろうことか生ゴミ混じり。
顔に吐きつけられたのはそいつの唾。
ただ呆然と空を見上げながら、ああ、自分はいつかこうやって捨てられて――なんて考えもした。
天候は曇天、もしかしたらそのうち雨が降るかもしれない。
首筋に伸びた一筋の傷は、スカーフの下で今日も疼く。
低気圧が来ると決まって身体のいたるところに残った傷が痛むものだ。
青黒く沈着した痣や、どこでもらったかもわからない蚯蚓腫れのようなもの、その他たくさんの傷が身体のいたるところに存在した。
それは過去の喧嘩の勲章だと自分に言い聞かせるのだが、見ていてとても気分の良いものではない。
昔はかたくなに隠してきたが、言うなれば『化けの皮の下の顔は怖い』というものなので、一層のこと傷の一部を晒してしまっている。
木は森に隠せ、とは違うのかもしれないが、かえって出している方が目立たないものなのだ。
それでもこの首の傷だけは恥であって、今でも人目につかないよう心がけているのは矛盾だ。
これだけはどうしても見せたくなかったのだ。
思った通り、雨が降ってきた。
しかも土砂降りだ、今更雨宿りをしても遅いくらいに。
あの時のように天を仰ぐ。
この雨は傷ついた身体を癒してはくれないのか。
そういえば、と、ふと思い出したことがある。
とある男が俺の目を綺麗だと言った。
本当に何気ない一言のようであったが、瞬間俺の濁った世界がきらめきに満ちたのだ。
それは本当に一瞬の出来事であったけど。
何もかもが汚れてしまった身体であったのに、ほんの一部だけれども、綺麗だと言ったのだ。
にわかに信じられなくて、それでも嬉しくて、今思い出しただけでも涙が出てきそうなくらいに。
鼻の奥がつんとしびれて、目頭がかっと熱くなった。
がちがちとなる歯を噛みしめ、唇を固く結ぶ。
泣いているのだろうか、いや、きっと雨が降っているせいだ。
風邪でも引かないうちに帰ろう。
彼が綺麗だといった瞳から、どんどんと水があふれてくる。
もしもこの水に癒しの力があれば、どれだけよかったことだろう。
一層のこと、瞳だけじゃなくて全てが浄化されていけばいいのに。
そんな無粋なことを考えさせるこの身体は、きっとどうしようもないくらいに不遜なのかもしれない。
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