老獪、あるいは猿の一存
2011.04.23 Sat
※『Baron dolls』のその後
パスクァーレこと兄貴と当時の舎弟の話
「人に寄り添うことは容易いけど、逆にその人に寄り添ってもらうことは難しいね」
「あ?」
「そりゃあ往年のスターであれ、スターには誰もが憧れるのさ。だから皆が皆そいつの近辺にいたがるし、寄って集ることは誰にだってできる。だけど、逆にそのスターに懐いてもらえるのは、一握の砂の中から塩一粒を見つけだすことよりも難しい」
「ハン?」
「つまり、こちらが想い近付くことは出来ても、相思相愛みたいにあちらが想い近付いてくれるとは限らないということ」
「だったらなんだって?仕事の邪魔だぜ」
「つれないなあ、パスクァーレ。……報酬、御馳走様」
「あんなの、割に合わねえ仕事だったな。昔の雑誌探したり、美味しくねえ紅茶を作ったり、わざと馬鹿なふりをしたりな。しかも3ヶ月もジジイと一つ屋根の下だぜ、手前の顔なんか忘れちまってた」
「ヒドい!俺はパスクァーレのこと忘れた日なんてないよ」
「…で、話って?」
「特に用事なんてないよ、パスクァーレ。パスクァーレとただ雑談する口実が欲しかっただけ」
「メローネ」
「何?」
「その、パスクァーレっつうのをやめろ、パスクァーレっつうのをよう」
「いいじゃん。あんたに似合う名前だよ」
「だから、」
「パスクァーレの兄貴、ってどう?」
「……阿呆か、手前は」
「ま、いいじゃんよう、パスクァーレ。もともと俺たちに名前なんてあってもなくても同じだし。それに『生ハム』も偽名だからいいじゃん。『復活祭』のほうがかっこいい」
「……くだらねえ事言ってねえで、とっととその書類書き終えちまえ」
「あ、そっか!……『生ハム』って、あの人からもらった名前だったんだっけ?」
「てめ、」
「やだなー、そんな怒んないでってば!俺はただあの人、って言っただけで、なにもあのオジサマのことをさしたわけじゃ……殴らなくったっていいじゃん」
「うるせえ!」
「あーもう、口ん中噛んじまった。言っとくけど、謝る気はないから。ただあんたともっとお近づきになりたかったから調べてみただけ」
「……お前よう、」
「結構良くしてもらってたんでしょ、そのおじ様とやらに。あはは、あんたももの好きだね。金持ってる年上の奴らにばっかり擦り寄って」
「もう話は終わりだ。仕事をしねえなら帰れ」
「まだ終わってないよ。でも、あんたは自ら暗殺チーム行きを志願した、そして去っていった、その幹部の手から逃れる為にね」
「帰れ!」
「皮肉なもんだよね、初めて俺にあてがわれた仕事が、そのまさかの幹部の男だったんだからね。あんた、なんでもないようなふりしてたけど、青筋立てて唇かみしめてたの知ってたよ。だからちょっと興味を持っただけ。だから調べてみただけ」
「帰れっつってんだろうが!」
「……年下の忠告にも耳を傾けるべきだよ。あんた、年上にすり寄るのはうまいけど、俺達みたいな下の奴らは相手にもしない。そういうのって、ちょっとねー」
「だったらなんだって……?」
「だからね、俺もあんたにお近づきになりたい一人なわけだ。で、話は冒頭に戻るの」
「冒頭?」
「人に寄り添うことは容易いけど、その人に寄り添ってもらうことは難しいということ」
「……俺は、」
「ただその人のことを想い続けて辛いなら、いっそのことお互いに想い合う関係のほうがよくない?ねえ」
「……やっぱりとっとと帰れ。仕事は俺がやっておく」
「俺のこと、好きになってみない?あんたは俺を見下すのをやめて、俺はあんたに憧れるのをやめて。そしたらもっと俺たち、お近づきになれるよ」
「帰れ」
「……わかったよー。じゃあね、パスクァーレ。せいぜい若い力に殺されないことだね。あんたはいずれ、あんたの見下す年下の奴らに殺されるよ、そんな様子だと」
「帰れ!」
「はいはい、じゃーね」
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