一護の霊圧を辿って行けば、彼は一人で花束と水桶を手に歩いていた。
その場所に、ルキアは一護が何をしに来たのかを悟る。


―――ルキアにとって、そこは忘れられない場所だった。


霊圧を極限まで絞って、こっそりと辺りを見回す。


五年ほど前。

降りしきる雨の中。

力を失くした自分と、黄色いライオンのぬいぐるみと。

当時はまだ名も知らなかった、大刀を背に、駆けて行く―――少年の姿。

俯き母の眠る墓石へと謝罪し、父との会話に握られた拳。

そして、自分を見つめて告げた決意に、彼は代行の癖に誰よりも死神らしい死神に見えた。



あれから随分経ったのに、生々しく思い出せる。
そっと見つからぬように覗き込めば、彼はすでに掃除を終えて、花を生け、線香に火を点けていた。
ピシリとしたスーツに黒い厚手のコートを着ている。


「おふくろ。成人式、さっき終えてきたよ」


亡き母との語らいに、ルキアはその場を離れようと思ったが、今動けば見つかってしまう。
あの時の様に、上の木の方に居ればよかったとちょっと後悔した。


「二十歳、過ぎたよ。大人って実感は無いかな。去年の俺と何かが変わったわけでも無いし」


声音が、ルキアの知ってる一護ではなく、これが母に告げる言葉だからかと目を伏せた。


「今、医学部にいるんだ。医者になる。そんで、医者として……死神代行として、生きてる人も、死んでから彷徨うヒトも、両方救えたらって思うんだ」


一護の決意に、ルキアは目を瞠った。


「死神代行は続ける。死ぬまでやめねぇ。一人でも救える命と魂がある限りは」

その静かな宣言に、一護に背を向け座り込む。


「……俺が二十歳過ぎて、大人になって、色んな奴とも出会えたのは、あの時おふくろが俺を護ってくれたからなんだ。……ずっと謝ってばっかだった気がするから言ってなかったよな」


『ありがとう』



その一言が、……とても柔らかくて。
ルキアは泣きそうになっていた。

―――だから、気が付かなかった。


「……で、おまえは何時までそうやってる気だ、ルキア?」

「!?」


バッと振り向くと、呆れた顔の一護が立っていた。
そのまま腕を捕られて真咲の墓前まで引っ張られていく。


「ったく。盗み聞きとはいただけねぇぞ?」

「……人聞きの悪い事を言うな、そんなつもりではなかった。今日は成人式だと聞いていたのでな、祝いの言葉位はと思ったのだ」


最初の目的を果たすべく、説明する。


「そっか、ありがとな」


しかし、此処へきたもう一つの目的も忘れては居なかった。


「なかなかに素晴らしい人生設計だがな、このままでは親不孝ではないのか?」
「……なんでだよ」


ムスッとする時の表情は、以前と変わっていなかった。


「自分を責めていた貴様が、真咲殿に礼が言える様になった事は良い、と思う。だが、やはり生涯独身というのは、親不孝ではないか?」


ルキアの言葉に、今度は一護が目を瞠る番だった。


「此処に来る前に、井上と有沢に出会った」

「あー、…成程、な」


それでかと頭を掻く一護に、ルキアは向き合う。


「何故だ一護。貴様とて好いた女子と結ばれ、子を生し家族を作ればよい」

「あのなぁ……俺だって、ちゃんと考えて決めたんだって」

「どういう事だ?」

「親父が、死神だって分かって、俺がもう一度力を取り戻して。一段落した頃位だったかな」

「?」

「考えたんだ。俺は、死神の子…真血って言われた」

人間とのハーフって事ではあるけど。


「うむ。……そうだな」

「でも、俺自身の魂はもう死神化してるし、実際力も強いだろ?だったら、俺の子供が出来たら、どうなるのかなって思った」

「―――!!」

「……浦原さんにも、聞いてみた。推測込で教えてもらったよ。…すっげぇびっくりされたけど」


死神代行制度そのものが二代目である事もあるし、初代に子が居たという話は無い。
一護の様に、人と死神の子は、全く前例がない訳では無かった。
古い記録には、虚との戦闘中に大けがを負い、偽骸に入った後記憶を失い、知らず人として生き、子を生したケースもある。

しかし、ここまで強い力を持つ魂の持ち主である、一護のようなケースは前例は無い。


―――唯一人、父親である黒崎一心以外には。


現世駐在を任されるような、一般隊士ではなく。
始解は常時で卍解まで取得し、霊圧は膨大。
歴代最強と言われた朽木家当主を始めとする死神や、破面にすっかり人外となった藍染も打ち倒した男である。
何処をとっても前例などそう有る筈も無かった。

向こうで子を生せるのは、貴族と霊力を持つもの…死神も含まれる。
それら全てを検証し、浦原は一護に語った。
勿論、推測ではあったけれど。

現世には遺伝の法則がある。
これは、瀞霊挺でも同じらしい。
しかし、死神の能力については、黒崎家を例に説明をされた。
端的に言えば、長子には一番強く力と素養が遺伝する。
次子以降は素養は持っていても、個人の霊力に左右される。
そして、一護が力を消失したあと、夏梨の霊力が跳ね上がった事から、一時的に貴族で言う所の後継者として夏梨に流れる父の血が活性化したのではと推測された。

これは片親だけが死神だからで、両親ともに死神ならば、子は皆死神の素養を確実に持つようだ。
なるならないは、別にして。

そして、一護が力を取り戻して以降、夏梨の霊力はそれ以上強くはならず、落ち着いている。
特別な訓練をしない限りは、問題は無い。

どんどん強く成っていく一護に触発されていた時期もあったが、一護自身が落ち着いた事が良いように作用したらしい。

そして、双子の妹たちは死神の素養だけは持ち合わせ、これは遺伝していくが、代を重ねれば霊力はともかく因子は弱く小さくなっていくだろうとも言われた。

その言葉は、解りやすく馴染んで行った。

―――ルキアにも、一護にも。

つまりは、妹たちは普通に子を生しても問題視はされない。
これは良い知らせだと言えた。

―――しかし、一護は違う。

確実に死神の力を持ち、『月牙天衝』を使うことが出来る子が生まれてしまう。

そして、一護の場合は、更に問題があった。


「俺の力が強すぎて、全く霊力を持たない女性が相手でも、いずれ力を持つだろうって言われた」

「何故だ?!」

「お前だって、知ってるだろ?俺の周りのクラスメート達が、どうなったのか」

茶渡、井上は勿論の事、啓吾や水色、本匠までもが、霊を視認出来るようになっていた。
藍染の発言から、能力の発現は崩玉の影響としれたが、霊力の高まりの原因が一護である事は、否定しようがない事実だった。
現につい先ほどまで、ルキアは有沢たつきと会って話している。
『死神のままの自分』と立ち話が不自由なく出来るのだ。


「代行証がある程度は調整してはくれるから、今となっては普通の生活には支障が無いけど、恋人や嫁は話が別だって言われたし」

「不良品か?」

「そうじゃなくて、その、結局恋人同士になれば、いずれ関係も深まっていくだろ?」


顔を赤らめての説明に、ルキアも意味を理解し頬を染める。


「恋人から夫婦って家族になる頃には、立派に霊力持ちになるって言われた」


それは、相手を危険に晒す可能性へと繋がる。


「死神化した俺との接触とかも影響するかもしれないしな」


夏梨も医者になるといっていると、一護が微笑む。
そうなれば、自分は家を出て一人暮らしする予定だ。
夏梨の小姑にはなりたくない。
だから、実家は大丈夫だし、継げなくても自分も実家で働くのだと。

―――その方が、死神代行を続ける上でも都合は良い。
総合病院などに勤務する形では、融通は利かない。


「まぁ、話を戻すと、だな。だからそれら諸々全部含めて考えて、決めたんだよ」


がしがしと頭を掻いて、一護は視線をずらした。


「だから、井上の気持ちは正直びっくりしたけど、実の所そういう対象としてまるっきり見てなかったし」

そしてこっそりとルキアに耳打ちする。


『それに井上は、石田の想い人ってやつだからな』と。


「何?!そうなのか?初耳だぞ!」

「井上には言うなよ?石田から言わなきゃ意味ねぇし」


井上からの告白と、石田との喧嘩腰の友情と秤に架ければ、一護の中ではどちらに傾くのかという事がはっきりしていた。
だから、ルキアはコクリと頷いたのだが、…そのまま顔を上げようとはしなかった。


「…ルキア?」


訝しんだ一護が、屈んで覗き込もうとすればフイッと避けられる。
己の顔を見せまいとする姿に、一護は強引に覗き込み、……息を呑んだ。


声を殺して、ルキアは泣いていた。


ほぼ初めてといっていい、こんな風に泣くルキアに、一護の方が慌てる。


「な、何で、泣くよ?」


どもった一護に、ルキアはその襟を掴んで、珍しくも感情的に叫んでいた。


「貴様は!どうしてそれで納得するのだ!!?何故私を責めぬ?!」


貴様には、その権利があるだろう!!!


悲鳴の様な叫びに一護は目を閉じた。




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