逃げられない明日



「……一護〜、解らぬ」

「どれ?―――これはこっちの公式使ってみろ……大分集中切れてきたな」

「……うむ」


ルキアは元々死神で、人間が現世でやる勉強の基礎が無い。
そんな状態で高校の授業についていけるはずもなく。
当然テストや試験は古文はずば抜けて高得点を取るが、他の科目は赤点が並んでしまう。
見かねた一護が家庭教師役を引き受けて、それなりの時間が経っていた。

日本史等の暗記でなんとかなるものは、一夜漬けも通用するだろうが、問題は英語と数学だった。
だから一護は、選ばせたのだ。
どっちかに集中的に努力をして、しない方の点数を埋めるか?と。

そして、ルキアは数学を選んだ。
理由は、新たな言葉を覚えるよりも、知識と一定の法則の積み重ねの方が理解しやすいと考えたからだ。
それは、あながち間違いでは無い。
……死神だって、四則計算とその応用は、ちゃんと学んでいるのだから。


最初は分数の計算にすら頭をひねっていたのが、今や中学レベルまであがっている。
ルキア自身も今まで訳の分からない文字の羅列だったものが、少しずつ解りそうに感じられるのは嬉しいらしく、一護の部屋で行われる勉強は年明け以降当たり前の光景となっていた。

「……分かった、いつもの作ってくっから。―――戻るまでに此処まで頑張ってみろ」

いつものと聞いて、ルキアはバッと姿勢を正して、コクコクと頷く。
その表情がとても嬉しそうだったのを見て、一護は腕時計の時間を確認しながら立ち上がった。


「……出来てなかったら、俺が飲むからな」


残された言葉に、ルキアは問題集に意識を戻した。
あんな事を言いながら、結局は自分に甘いと知っている。
しかし、ちゃんと出来た時は一護は褒めてくれる。
間違っていても馬鹿にしない。
……やっぱり褒められる方が嬉しいので、また一つ答えを導き出す。
頭をクシャリとされるのは、子供扱いされている気がするので若干ムカつくのだが、勉強においては確かに子供並みの知識量だったから、甘んじて受けている。
いつか、一護が尸魂界の知識を知る必要が出来た時は、自分も同じ事をしてやろうと秘かに考えているのはまだ秘密だった。



そして十分後。


いつもより随分時間を過ぎてから、一護は部屋に戻ってきた。


「悪い、遅くなった」

そういって差し出されたお盆の上に、口の広いカップが2つ湯気を立てている。

しかし。

「一護、これはいつものココアとは……」

「ああ、別物だな」


しかも渡されたのは何時もの自分のカップではなく、いつもは一護が使う真っ黒い物だ。


「熱いから気を付けろよ?」

中を覗けば、真っ白な液体に真っ白い物体が浮いていて、白い湯気がたっている。

おそるおそる両手でカップを持って、口に付けた。


「……どうだ?」

「……美味い、美味いぞ一護!」

濃厚な液体と絡む、中の白い物体はマシュマロだった。
甘くて温かくて、その温もりに自分の身体が、思いの外強張っていた事に気付く。
心も身体も解してくれたその飲み物は、ルキアの中でお気に入りの一つになった。

ルキアの反応を伺っていた一護は、ホッと息をつき自分もカップに口をつける。

ルキアのカップの中身は『ホワイトホットチョコレート』だ。
どうせならと全部白く統一しようとしたら、いつものカップでは中身が見えにくく、急遽逆にする事にした。
対する一護が、今ルキアのカップで飲んでいるのは―――

「……一護の、中身は同じか?」

「……違うけど」

「……」


そんな目でじっと見つめてくるなと、一護は言いたい。
……時々、分かっていてやっているのかと疑いたくなる。

一護がこの目を向けられて、勝てた例しはまだ無い。

一護は無言で、炬燵の天板の上に飲みかけのカップを置く。

いそいそと手を伸ばして、カップを取ると一口飲んだ。
途端に、微妙な顔をする。

「……甘くない」


それはルキアが先に、もっと甘いのを口にしているからだ。
牛乳に生クリーム、ホワイトチョコレートにマシュマロ、ついでに砂糖も入っている。
かなり濃厚で高カロリーな一品だった。
対する一護は牛乳にチョコレートシロップを溶かした簡易版だ。


「……こっちが普通なんだよ」

「しかも、何か変な味が……」

「黒粗びき胡椒だよ」

「!胡椒を入れてるのか?」

一護としてはレシピ通りに作っただけだった。
ブランデー等の洋酒を垂らすモノもあったのだが、勝手に一心の酒に手を付けるのも憚られてこちらにしてみたのだ。
味は『初めて作ったにしてはマシ』だったが嫌いでは無い。


「もう良いだろ、自分の飲め」


冷めたら悲惨だぞと促し、ルキアの意識を別に移す。

両手でカップを持って、幸せそうに微笑む様子に、一護もホッと一息入れた。

横目で観察を続けながら、自分もカップの中身を飲み干した。
ひょいとルキアのノートを取り上げ、採点していく。
ルキアが満足そうに飲み干したと同時に、ノートをひろげて間違っていた1問を解説する。


「―――じゃ、今晩は此処までにしようぜ」


「……うむ。もう日付が変わってしまったな」

ひょいとカップを取り上げ、さっさと寝る様に促した。

「明日は休みだがな」

「……予定とか、ねーのか?」

「特に無いぞ」

「ふーん」

「……なんなんだ?」

「別に?……ほら、寝るなら部屋に戻れ。俺もこれ片付けたら寝るし」

「うむ、おやすみ一護」

「おぅ、おやすみ」

「また作ってくれ、旨かった」

そうやってルキアが出ていった後、片付けを済ませた一護は自室で大きくため息を吐いた。

「……今日だけだ、アレは」

ムスッとしたまま、ガリガリと頭を掻きながら、ガックリと肩を落とす。


勉強を教えると言ったのは自分だ。
頼られるのは嬉しかったし、一緒にいられる時間が増えた事も……悪くない。

……しかし、こんな時間に同じ部屋にいても、意識を欠片もされないと、それはそれで『まるで見込みが無い』と体言されているようで、もの悲しくもなる。
まぁ、取り敢えずは形ばかりだが自分からのチョコレートはルキアの口に入ったし、明日の予定が無いなら、だれか渡す相手も居ないだろう。
……バレンタインそのものを知らない可能性の方が大きいくらいだ。


「なーに湿っぽくため息なんぞ吐いてやがる、辛気臭ーぞ一護!」


ベッドの向こう側から飛び上がり、机の上で仁王立ちするぬいぐるみに、一護はまた煩いのが……と眉間の皺を増やす。

「うるせぇ、寝るぞ」

「あ、こら!ちゃんと構え!さっきの飲み物、逆チョコってヤツなんだろ?」

このぬいぐるみは、一体どこでそういう情報を得ているのか、一護には謎だ。

「……だから?」

「へっへーん、俺様だってちゃーんと姐さんに用意してあるんだからな!」

てめえには負けないと胸を張るコンに、一護はギョッとする。

ルキアは多分、知らないと思う。
しかし、コンが渡せば知られてしまう。


「コ、コン、渡すの止めねぇか?」

「けっ!ちゃんとチョコを面と向かって渡すのも出来なかった腰抜けの言う事なんか、聞いてやるか!」

「……てめえ」

「なんだよ、痛いところ突かれて暴力か?だいたいなぁ―――」


続いたコンの言葉に、一護が硬直した。

「学校いきゃあ、バレンタインの話題は必須だし、てめえの妹は、『明日はチョコレートケーキか、ガトーショコラ作るの〜』とか言ってやがったんだ!気付かれねぇ訳がねぇ」

「……」

「なのに俺様が渡しちゃいけねぇなんて事は、認めねぇ」

こっちの勝手にさせて貰うと宣言したコンは、一護を無視して押し入れに籠もった。

しんと静まり返った室内で、一護はぎこちなく動き出した。
正直な所、これは自己満足な行為で、元々見返りなんて考えても無かった。
ある意味『ルキアが知らない』事を前提としてる為、……気付かれたら逆に恥ずかしい。
気付いて無いから、行動出来たとも言えた。

しかし、どうやら気付かれる可能性は随分高いらしい。
答えを求める気も無かったのに、下手すれば一気にドツボだ。

ばったりとベッドに倒れこんで、枕に顔を埋める。


「〜〜〜〜っ」


ばれた時の事を考えるだけで、想像するだけで熱が出そうなのに、もし現実になったら……。


「……どうすりゃ良いんだ」


あの目を、真っ直ぐな眼差しを前に一護は連戦連敗記録を目下更新中だ。

戦い以外の場合は、更に敗けっぱなし。

勝てる気が全然しなかった。
今でもしない。

せっかく上手くいったと思っていたのに、まだまだ安心するには早かったらしい。

現在1/14 00:39


愛を告げる、聖なる日。
世界が乙女の味方となる日になったばかり。

そして、二人のバレンタイン戦線も、これから始まる。






――――――――――――――――――


ま、間に合ったかな?

一護→ルキアのバレンタイン。
……書いてて分かった。
私、ルキアさんの為に何かする、頑張る一護さんが好きらしい(苦笑)。

出てくるホットチョコレートは、一応実際に作りました。
……さすがにマシュマロは出来なかったんですけど、それなりに旨かったです。
続きは考えてないですが、取り敢えず。
頑張ってね、一護さん。

(2010.02.14)

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