ジリジリと照りつける太陽の日射しが、汗を蒸発させるのではと思わせる午後二時。
つい先日夏休みに入ったとはいえ、生徒会の仕事の為に石田は学校へと来ていた。
といっても、彼にかかれば大した手間もかからずに用事は片付いた。
自分のクラスのに置きっぱなしになっていた英和辞書を取って、これから図書館で涼みながら読書でもとこれからの予定を組み立てた。
の、だが。
ピタリと動きを止めた彼は、腕時計を見て時間を確認し、ほんの数秒、目を閉じた。
そして、次に目を開けた時には、迷う事無く二つ先にある教室へと向かっていた。
ガラッという音に、中に居た面々の視線が集まる。
しかし石田は気にすることなく窓際へと寄った。
じっと窓の外を睨み付けている。
「おい、どーしたんだ石田?」
呑気に声をかけてきたのは、黒崎一護。
彼は現在今までのツケを払うかのように、補修への参加を余儀なくされている。
「……良いのかい、アレ?」
「…は?」
訝しげに近寄ってきた彼に、校門を指さす。
その光景に、一護はビシリと固まったのだった。
その日、朽木ルキアは現世に来ていた。
『夏休みになったから、空いたら来いよ』といってくれた少年の言葉に、ちょっとだけ、と。
しかし、当の本人は学校で補習授業を受けているらしいので、懐かしさも手伝い、偽骸で学校まで来てみた。
浦原商店で用意されていたのは、夏らしく涼しげな淡いブルーのワンピースで。
制服ではない以上は、校内には入れないとは分かっていたけれど。
それでも、構わなかった。
まさか、その学校の校門前で、ごたごたに遭遇するとは、思いもしなかった。
ヒョイっと学校を覗き込んだら、辺りにいた学生たちの(主に男)空気がざわついた。
しかしルキアは気づかない。
懐かしげに、きょろきょろと見回している。
ある一人の男子生徒が、勇気を出してルキアに近づいてきた。
「あのー、何か、学校に用事ですか?」
くるっと振り向かれて、その笑顔に見惚れる。
「いいえ、人を待ってますの」
猫かぶりは、反射である。
「誰を、ですか?」
「ええ、三年の、黒崎一護くんを」
思いがけずに出てきた校内の有名人の名に、男子生徒は『え……』と口にした後動かなくなった。
「く、黒崎センパイ、ですか?」
その隣の女子生徒が、恐る恐る訊ねる。
その様子に、ルキアが一護は普段何をしてこのような反応をされているのか、問い詰めたい気分になる。
一歩踏み出そうとしたルキアの肩に、見も知らぬ者の手が乗せられる。
その不快感に、振り払おうとすれば、明らかにガラの悪い男たちが、15人ほどの集団で立っていた。
「ふぅーん、アンタ、黒崎のオンナかよ」
気色悪い声音に、ルキアは不快感を露わに目を細めた。
「丁度いい。なかなか見ない極上の女だ。アイツを誘き出したら、俺らがイイ思いさせてやるぜ……?」
「はっ、あんなの待つまでもねぇ。番犬が来る前に、美味しく頂いたほうが……ゴフ」
耳にするのも汚らわしいと言いたくなる声と内容に、ルキアが動くより一瞬早く、肩に置かれたままだった男の手が引きはがされる。
男は掌底を喰らって撃沈していた。
「……校門前で、騒動を起こさないで欲しいな。真っ当な高校生の邪魔をしないでくれたまえ」
「…げ、今日は飼い主かよ!」
「不愉快だ。撤回してくれ」
空座高校の現役生徒会長の登場から、ものの五分もしない内に半数が沈められ、たまたま近くを通りかかったパトカーの存在により、蜘蛛の子を散らす様に去っていった。
そして、石田はルキアの手首を掴んで、その場を後にした。
石田がルキアに触れた瞬間。
校舎三階の窓際から、物凄い殺気の乗った霊圧がビシビシと飛ばされていたのだが、石田はそれに気づいていたがそのまま行ってしまった。
残された学生たちは、『あの美少女と黒崎一護と生徒会長の関係は?』という話題で盛り上がっていた。
そして二人は通学路の途中にある河川敷に来ていた。
ちょっとした公園みたいになっている此処には、ベンチやお年寄り用のゲートボール場、風通しのいい東屋がある。
コンビニで購入したジュースのペットボトルを渡しながら、二人は腰を下ろした。
「……久しぶりだな、石田」
「……おかげさまで」
「何か、不快な事は、無いか?」
「……いや」
あの滅却師達の尸魂界侵攻以降、志は違うとはいえ、同じ滅却師である石田家には、尸魂界の監視が着く事になった。
「…まぁ、涅マユリみたいな監視や盗聴じゃ無いだけましだよ」
それには返す言葉も無い。
「竜弦にたいしては知らないが、僕はこの伝令神器を持ち歩けってだけだしね」
因みに監視役は浦原喜助。
尸魂界への復帰は、未だ認められていないにも関わらず、馬車馬の様に働かされている。
要求には、100%の満足感と迅速な対応。
現世で身に着けた強欲商人魂が、能力と相まって人の倍の依頼が寄越されてるともいう。
「……何かあれば言え。可能な限り便宜は図ろう」
「ああ」
「・・・所で聞きたかったのだが」
「何だい?」
「『番犬』と『飼い主』は、どういう意味なのだ?」
ルキアの質問に、石田は眼鏡を押さえて視線を逸らし、答えた。
その答えに、堪えきれずルキアは笑い出した。