汝、我のものに非ず


叫びが聞こえる。

逝くなと、心の底から叫んでる。
力を無くし、その手から滑り落ちていく二人の手に、運命を呪うかの様な嘆きが谺する。

それと同時に、ポツリポツリと雨が降り始めた。

そこにいた誰もが、ルキアのそんな姿に身動き出来ずにいる。

一護は、そっと半身をずらして、背を向けた。
斬月を握りしめ、ぐっと天を睨む。

―――この雨が、ルキアの涙を匿せば良い。

ルキアの嘆きの分だけ、天が代わりに泣いているのかもしれないと思った。
きっと、あの小さな躯だけでは表現出来ない位、ルキアの心が悲しんでいるから。

姉弟の躰が少しずつ霊子の欠片となっていき、完全に消えてしまった頃、雨は漸くあがった。

ルキアのしゃくりあげる声以外、誰も口を開く事は無かった。
振り向いた一護は、その事を意外に思っていた。
白哉はわだかまりが無くなって日が浅いから、ルキアのこんな姿を見る事は無かっただろうと思う。
しかし、恋次の方は付き合いも長いし、ルキアに一番近いのは彼だと思い込んでいた事もあり、意外に思ってしまった。
……浦原については正直判らないとしか言い様がないので、ノーコメントになる。

そんな周りは置いておくとして、―――ルキアが行き着きそうな思考に心当たりのある一護は、ため息ひとつ吐いた後、ゆっくりとルキアへと近づいていった。


何故、こんな事になっているのだろうと、泣いて泣いて、泣き疲れた頭でルキアはぼんやりと考える。
この無垢な想いに、どんな罪が在ったのだろうと。
ただただ自分を慕ってくれた姉・ほむらとその姉も自分も慕い、従ってくれた弟・しずく。
只、それだけであった筈なのに、これ程の事態は引き起こされ、甚大な被害が出されている。
……自分が二人の記憶を無くしていたからだろうか?
浦原は記憶を刈られていたからだと言っていたが、それが免罪符になるとは、ルキアには思えなかった。

そうして、回らない頭でするりと湧き出た言葉があった。


―――こんな事になるなら、最初から出会わなければ……


その時、ルキアのちょうど真後ろに一護がいささか乱暴に腰を下ろした。

おずおずと伺うと、一護は背を向けていて、突き立てた斬月をギュッと握っている。


「……俺は、お前とその二人の間に何が在ったのか、全然知らねぇ」

(―――知りたいけど)

「何が在ったのか知らねぇけど、やり方が正しかったとは言ってやれねぇ」

(―――かつて自分も乗り込んで、自分のワガママで混乱を引き起こした事実は変わらない。)

「―――誰も、二人を肯定出来ねえ。だからお前は……否定しないでやれよ?」

(……されたら、俺が堪える)

「お前と出会った事、お前と過ごした時間、……繋がった絆も、俺はお前に否定してほしくねぇ」

「……」

考えていた事を突かれて、身体が強ばる。
ルキアが振り向いた先に見える背中が淋しそうに何故か感じる。
声をかけたいのに、先程まで泣き続けた咽は、思うように動かない。
身体も、雨に濡れて冷えきり、自由にならない。
声と勇気を振り絞ろうとしたとき、ルキアの身体がぐらりと傾いでいく。
それを境に、ルキアの意識は沈んでいった。


何かを言おうとする気配に視線をやれば、倒れていくルキアの姿に、慌てて手を伸ばして受けとめる。


「ルキア!!!」

その声を合図にした様に、恋次が走りより、浦原が様子を見ようとする。


「ルキア?!」

「……気を失っただけみたいですね」

少し遅れて傍に立った白哉にも聞こえる様に言われた言葉に、全員の肩から力が抜ける。

「……休ませた方がイイッスね」

黒崎さんもですよ、と言われて、一応頷いておく。

姉弟のいた辺りへ目をむけるが、そこには何も残されてはいなかった。


「……恋次」

「何だよ?」

「俺、ちょっと行きてえ所あるんだ。……ルキア、運んでやってくれ」


本音はともかく、思いついてしまった一護はさっそく動き始める。

恋次にルキアを渋々託して、クルリと背中を向けた。

「お、おいっ一護っ!?」

その声にピタリと足を止め、振り返って恋次の顔をじっと見てくる。

訳が分からず、恋次の頭が疑問符だらけになりかけた時、少しだけ何かを噛み締める様な表情を見せて、爽やかな微笑みを浮かべた。

「任せたぜ、恋次」

一言残して、次の瞬間一護の姿は掻き消えていた。

一護が何を思ったのか、恋次にはピンと来なかったが、一先ずルキアを運ばなければとルキアを抱えて立ち上がる。

「じゃあ、すぐに四番隊に……隊長?」

運びますと続けるつもりで視線を向けるが、反応が無い。
訝しんで近付くと、何やらブツブツと呟いている。

その中に、

「私がルキアを忘れていたなどと……」とか、

「護るべき誇りを見失うなどあるまじき事……」だの、

「また黒崎一護に借りを作ったのか?」だの

「あ奴だけ忘れなかったとは……私の想いは黒崎一護に劣っていたと言う事か?」

と言う言葉を聞き取り、思わず視線を明後日の方向へと向けた。
しかし、このままにしておく訳にもいかず、もう一度「隊長!」と声をかける。

「―――ん?恋次、そこにいたのか」

何用だと聞き返されて、ガックリと肩を落とす。
何だか思い切り凹みたい気分になってしまったが、それを無理矢理振り切る。

「ルキアを四番隊まですぐに運びますから」

簡潔に報告して、急いでその場を立ち去った。
浦原もそれに続く。
そして、白哉も報告の為に動き始めた。
その胸の内では、シスコン度が上昇しているのは間違い無かった。

―――コンはこうして存在を忘れられ、一人残されることになったのだった。

―――――――――――――――――――


目的を果たした一護は、一路四番隊隊舎に向かって歩いていた。
顔見知りに遇うたびに、声をかけられる。

名を呼ばれる度に何だか嬉しかった。
それが何だかくすぐったく感じて、着いた筈の隊舎を素通りして大きく進路を変えようとした。
おそらく外よりも中の方が、人数的には多そうだと思う。


その時、がっしりと左腕を捕まれた。

「え?」

「『え?』じゃありません、そこを曲がれば四番隊だと言うのに、一体どこへいくつもりなんですか?」

「……花太郎」

「はい、さっさと行きましょう。治療して無いでしょう?」

僕にさせて下さいと見上げられて、一護はそのまま引きずられていった。

その先は個室で、実は初めて尸魂界に乗り込んで来た時にあてがわれた部屋だった。
死霸装を脱ぐ様に言われ、渋々白い単衣姿になると、診察台に寝転がる。

「もう、ちゃんと手当てしないとダメじゃないですか」

「いや、別に、大したことねぇし……」

「それを判断するのは僕らの仕事ですよ〜?……まったく、もう。これはルキアさんから頼まれたんです」
だからちゃんと治療させてくれと訴えられて、一護はその身を任せた。

「……ルキア、起きたのか?」

「はい、一刻(二時間)程前になります。外傷はひとつも無かったんですけど、他に問題点が有るとかで、検査をしてました」

「……そっか」

「そちらもおそらく大丈夫だろうと、言っていましたから、明日には自宅へ戻れるみたいです」

暖かい光が傷に翳され、どんどん塞がれていく。

「起きて、一護さんがまだ治療を受けていないと知ったルキアさんから言われました」

『私の代わりに、頼む』と、『自分がつけた傷だから、本当は自分で治したいけど、出来ないから』って。

「そっか。悪いな、花太郎」

「……いいえ!むしろ謝らなくちゃいけないのは僕の方です。一護さんの事全部忘れてしまって……」

治療を続けながら、しゅんと落ち込む花太郎に、一護は苦笑する。

「それでも、お前は俺の治療をしてくれたじゃねぇか。じゃなきゃ、あそこで力尽きてたかもしれねぇし」

気にすんなと笑うと、漸く花太郎も笑った。

治療を終え、寝台に移ると一護は枕元から紙を取り出した。
傍には斬月も立て掛けられている。

「なぁ、ルキアは寝てるのか?」

「ええ、その筈ですけど……」

「なら、これをルキアに渡しといて欲しいんだけど」
手にしていた紙を差し出され、花太郎は両手でそれを受け取る。

「……これは?」

「ああ、渡せば分かる」

分かると思う。
ルキアを恋次に託した後、一護は戌吊まで駆けた。
何も遺さず消えた姉弟だが、もしかしたら何か遺留品が有るかもしれないと思いついて。

ルキアの霊圧の名残はとても薄くなっていて、元々こういうのが不得手な一護には難しい作業だったが、なんとか辿り着いた先に、この手紙が残っていた。
後は、ルキアがどうするか。
自分はそれ以上触れない。

「分かりました、お渡しします」

受け取った手紙を懐に入れ、手際よく点滴の支度をしながら、花太郎は今回の記憶が無くなった原因を聞いてふむふむと頷いている。

「そういえば、阿散井副隊長も一護さんと一緒に戦われたんですよね?」

「ああ、よく知ってるな?」

「はい、ご本人から聞きました」

「……はい?恋次が、話してた?」

「ええ、一護さんの頑張ってた辺りとか、必死さとか」

「……」

「記憶を刈る鎌であれだけ傷付いたのに、ちっとも忘れなかったみたいだって」

一護はそのまま気を失いたくなった。

思い返せば恥ずかしい。
どんだけ余裕を無くしていたのか、焦っていたのか。
そのまま膝を抱えて蹲ろうとしたら、点滴が外れるからと花太郎に注意される。
こちらの様子に気付いていないのが幸いだ。

「まるで、『俺のもんだ!返せ!』って叫んでるみたいだったって」

そして、続いた言葉に頭のどこかが冷静になる。

「はい、これで大丈夫です。大人しく寝てて下さいね、後で点滴回収しますから」

「あ、さっきのよろしくな。恋次に『余計な事べらべら喋るな』って言っといてくれ」

笑いながら花太郎が出て行くのを見届けた一護は、大きなため息を吐いた。

とりあえず、恋次には後で文句を言いに行くと決める。


「『俺のもんだ……返せ』、ねぇ」


それは、思わなかったと言ったら嘘だ。
かつて、白哉と恋次にルキアが連れ戻された時にも、……同じ様に思った。

自分は一度固執すると、お構い無しになるとは言われた事もある。

それでも―――


ルキアが真実一護のものになった事など……一度も無いのだ。


少なくとも、一護はそう思う。


ルキアが一護のものになった事は一度も無い。

自分達の関係は余りに曖昧で―――浦原に尋ねられた時、一瞬返答に詰まった。
結局その時の応えにしか今の自分はルキアを置けない。

そして余りにも深すぎる。

護廷の皆に忘れられたのもショックだったが、ルキアに迄忘れられたと知った時の比では無かった。
目の前が真っ暗になるとはああいうのを指すのだと思う。

黄昏時、窓から差し込む西日を手を翳して除けながら、一護は呟いた。

「ルキアが俺のものになったんじゃねぇ。……俺がルキアのものになったんだ」

あの日一護が奪った力は名残を残して消え、今、一護の力はルキアの中にある。

汝、我のものに非ず

我、汝のものと生らん


やがて疲れはてて、眠りについた一護の枕元には、ルキアの書いた手紙が丁寧に折り畳まれ、窓から入る風に静かに揺れていた。



―――そして、憐れな事にコンは結局翌日の夕刻迄、完全に忘れ去られたままとなったのであった。




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