答えは単純で。

『番犬』=黒崎一護。

これは、彼の喧嘩のスタイルともいえた。
基本的に彼は、自分から喧嘩を売る事はまず無い。
売られた喧嘩は高く買い上げるが、専守防衛。
まぁ、一度買えば、殲滅コースには違いない。

そして『飼い主』=石田雨竜である。

厳密に言えば、石田も似たようなモノである。
違いは、殲滅させるより、適度に相手して撤退させるが正しい。

そして、二人が同時に介入した場合。
黒崎一護は、石田の「黒崎、その辺にしておけ」の一言に従うのである。

ソレを指して、いつしか『空座一高の番犬とその飼い主』と一部から呼ばれているとかいないとか。

「あっはっはっはははあははっ……う、上手い事言うなぁ、…プッ」
「……極めて不本意だ。僕はアイツの飼い主になった覚えは無い」
「ククク、…ちゃんと待ては覚えたのだろうっ…ぷぷぷ」

憮然とする石田の隣で、ルキアは腹を抱えて笑っている。
ここまで笑い転げるルキアは、石田にとっては初めてだった。

「大体、アイツの本来の飼い主は君だろう、しっかり躾けてくれ」
「……誰が飼い主だ」
「君が、だ。黒崎が僕の言う事なんか聞くもんか」

何時ぞやはせっかく忠告しても、『うるせぇ』の一言で蹴散らされている。
今日だって、校門で絡まれそうになっているルキアを見た途端。
一護は教室を飛び出そうとしたのだ。
補習開始、三分前にも関わらず。
そんなことをしたら朽木さんに怒られるんじゃないのかと言うまで、石田の制止を振り切ろうとした。
止めたのは石田では無く、実はルキアである。
取り敢えず確保しておくから、終わらせて来いと言ったが、確保したあとの霊圧と殺気は勘弁してほしい。
黒々とした暗雲か、大虚でも呼びそうな位だった。

「彼奴は私の言う事も聞きはせんぞ?あんな言う事聞かない番犬は困る」
「番犬だから吠えるんだよ。飼い主を奪って行きそうなのとかには特にね」
「……そんなのいるのか」
「いるじゃないか、最近赤毛の野犬を手懐けた、『朽木白哉』っていう飼い主とか」

ルキアを背にキャンキャン吠えかけるオレンジ色の闘犬(図体はデカいがまだ仔犬)とガラの悪い赤毛の大型野犬の手綱を持ってけしかける朽木白哉。

現実の構図も実は大差ない事に、ルキアだけが気づいていないが。

「?何故兄様が出てくるのだ?兄様は器の大きな方だ。そのような事をされないぞ?」

これである。
器は大きいが、妹に関しては心が狭くなると、知らないのだ。


「しかし、仲良くやっているようで安心したよ」
「誰と誰がだい?」
「そなたと一護だ」
「……喧嘩以外に覚えはないね」
「おお、それが良いのだ」
「?」
「……何だ?気づいていなかったのか?」

意外だと目を瞠ったルキアはあっさり言い切った。

「一護は、甘えていい相手以外とは感情を顕に口喧嘩をしたりしないんだぞ?」

訳のわからない言い分に石田はずれそうになった眼鏡を慌てて押さえた。

「……はぁ?」

分からないという石田に、ルキアは指を一本立てた。

「一護は、基本お兄ちゃん気質だ」

黒崎家を例に、ルキアは語った。
彼は、家族をとても大事にしているのは周知の事実だ。
妹たちには優しい兄であり、妹が甘えて拗ねる事はあっても、基本喧嘩には発展しない。
折れるのは、兄である一護が大抵だ。
しかし、父親は違う。
あのスキンシップ方法自体が問題だが、九割がた、『一護が』喰ってかかる。
感情豊かに、怒りを素直に、大声でぶつける。

一護にとって、妹たちはどこまでも守護対象だ。
遊子に家事全般を預ける様に、得意分野を『任せる』という意味で頼る場合はあるが、基本的に甘える相手では無い。

しかし、一心は父親であり、隊長格の死神でもあり、社会人であり、『大人』である。

家族の中でも、それは大きな差だった。

「そもそも石田。一護は明らかに勝つと分かっている相手に、自分から喧嘩をする奴か?精神的に強くない相手に、怒鳴り付けられるか?」

「……しないだろうね」

「そうだ。喧嘩はな、彼奴にとって精神的に『対等かそれ以上』の者しか相手に出来んのだろう、と私は思っている」

つまりそれは、『黒崎一護が喧嘩をする相手』=『黒崎一護が対等と認めた相手』という事である。

そして、ルキア曰くそれは=『黒崎一護が甘えていい相手』らしい。

「一護はそれを無意識に判断しているのだ。『自分の感情をぶつけても良い相手』かどうか、とな」
「無意識に、かい?」
「ああ。それを少なくとも受け止めてはくれると思うから、心のままに声にできるのだろうと思う」

それは、無意識の甘えだとルキアは微笑んだ。

「正直、な。石田と喧嘩が出来ているのは良い事だと、思う」

「……」

「少し、ホッとした」

良かったとルキアの呟きが、風に溶けた。

「なぁ、石田。今の現世で、そういう意味では一護と喧嘩が出来る者は、実は多くは無いだろう」

父親の一心は、現世に生きているが、実は死神側と言っても良い。
浦原や夜一達も同様だ。
そして、教師とは一年時の越智教諭ほどの距離感は無い。

そして、学校内では、もう僅かだった。
石田と、恋愛事が絡んだ時の水色か。
……力を再び手にした、あの時迄なら、たつきとも軽く口ケンカしていたが、今となっては分からない。

かの先代死神代行の一件の折に、友人や幼馴染み、信用できる大人だったはずのバイト先の店長、そして妹たちは月島の手に堕ち、一護を罵った。
そして石田以外の仲間は、茶渡と織姫は月島を護り、一護と対峙した。

白哉の様に、たとえ記憶を挿まれていても、一護の為に行動する道だってあった。
それが選べなかったのは、生きてきた人生経験の差もあったかもしれないが、彼らはあの時にそれを選べなかった。

……当の本人達は、キレイサッパリ忘れているが、石田とルキア、死神達、そして一護自身が覚えている。

一護もそれを無かった事として生活しているが、その心中は他人には推し量りきる事は出来ないし、それを語る一護でも無い。

しかし、無意識のその行動に、ルキアは本当にホッとしたのだ。

「喧嘩上等!!精々相手をしてやってくれ」
「……なるほどね」

そのルキアの推察が、一番当てはまるのは当のルキアである。
代行を二人でしていた当初から、否、初めて出会ったその時から、二人は喧嘩していたのだから。

「そういうなら、君もしょっちゅう顔出せばいいよ」
「……受験生だろう?」
「喧嘩しに、来ればいい。ガス抜きみたいなもんさ」
「そう、か?……なら、そうする」
「そうしてくれ、僕は彼の相手はまっぴらだね」

口ではそう言いながら、石田は不敵に笑った。

表現に難あれど『認められる』のは、誰でも悪い気はしないものである。


そして、土手の上を大きな霊圧の持ち主が駆けてくる。

その姿を見て、石田は残りのジュースを飲みほした。

「来たね」
「……うむ」
「……やっぱり番犬じゃないか、君専用。飼い主は君」
「・・・・・・そんな「ルキアー!!」」
「呼ばれてるよ、飼い主さん」
「……」
「見えない尻尾、ぶんぶん振ってるのがよく判る光景だね」
「……ウルサイ」

むぅっと唇を突き出したルキアを置いて、石田は東屋を出た。

「じゃあ、またね」
「ああ、また来るぞ」

そして土手の半ばで、止まった一護に声をかけられる。

「おぅ、わりいな石田」
「・・・いや。僕も久しぶりに朽木さんと話せたし」
「…何、話してたんだ?」
「朽木さんに聞けばいいさ。じゃあ、僕は帰るよ」
「お、おぉ。じゃあな」

そして、石田は帰宅の途につき、入れ替わるようにして現れた一護を、ルキアはチロッと見上げた。

結局このオレンジ色した向日葵みたいな番犬が、自分は大事で仕方ないのだなぁと、そこは認めざる得ない。
しかし、飼い主はごめんだと、心のどこかで叫ぶ声がある。

では何に成りたいのかという疑問には、まだ答えは無い。
しかし、この自分を恥ずかしくなる位に、嬉しそうに見つめてくるその事実に、段々と照れの方が勝っていく。

「…?ルキア?」

どうしたのかと顔を覗き込まれて、ルキアは拳を握りしめる。

「う、ウルサイ!!」

突き上げた拳は、見事に一護の顎にヒットし、理不尽ともいえる拳に、一護も黙ってはいなかった。

「な、何しやがんだ、ルキア!!」

それは二人の口喧嘩の幕開け。

喧嘩するほど仲がいい、を地でいく二人のソレは、どう聞いても犬も喰わないなんとやら。
一護が一番甘えられる相手はやっぱりルキアだと、彼女の推察が教えていたのだが。

その推察を展開した本人こそが、その事実を認識してはいないのだった。


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志 千古様に捧げます。

駄文ではありますが、どうぞ。
同じ日に生まれた貴女に、幸大からん事を願っております。

これからもよろしくお願いします。


(2012.07.23)


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