月の名の石


一護の部屋で、後はもう寝るだけとなって寛いでいた時。
呼ばれて顔を上げた一護に、ルキアはあっさりと無情な言葉を投げつけ、そのまま背を向け歩いていった。


「……は?」


言われた事が一瞬解らず、一護はまぬけな声を上げた。

『明日から四日間、尸魂界で仕事が入ったから彼方に戻る。学校の方は頼んだぞ!』

現在 1月11日

日付が変わるのに、あと一時間と少し。

漸く理解した一護は、そのまま脱力してベッドの上でシーツに顔を埋めた。


「ウソだろ……仕事かよ?」


それは一護が考え、色々と計画していた事が、全てオシャカになった瞬間だった。
翌日から、計画に一枚噛んでいた面子に報告することを思えば、ため息は留められない。


1月14日の予定は、こうして跡形もなく崩れ去り、変更を余儀なくされたのだった。

張り切っていた友人達や家族、某商店の面々。

特に友人達と家族は張り切っていたから、がっかりする度合いも大きいだろうし。

と、そこまで考えているけれど、実は一番がっかりしているのは自分自身である事に気付かないまま、一護は床についた。

翌朝にはルキアの姿は無く、一護は貰った伝令神機のメール機能を使って、帰れる時刻が判ったら直ぐに連絡するよう頼んでおいた。
……連絡が来ない気がして、伝令神機を片手にため息をつく背中は、吹き抜ける木枯らしに曝されながら、ゆっくりと学校へと向かった。
案の定返ってきたのは、了承の言葉と、気が散るからという理由による連絡不可のメールで。

再び吐いたため息は、昨夜の五割増しの重さを伴い、木枯らしの中に消えていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


四日間を予定していた仕事は、実は二日で片付いた。
この分なら、と最終日の昼には戻れるだろうと、一護に連絡して―――それからがルキアにとっては驚きの連続だった。

仕事を無事終えた安堵感に満たされたまま床についた、翌朝。

地獄蝶からもたらされたのは、上司からの休暇の知らせ。
起きて食事を摂ったら、休みだと言う兄から出かけるから来るようにと言われ。
死霸装ではなく、白地に薄紅の牡丹と若々しい緑の葉が彩られた着物を着せられ、萌黄の羽織を手に付いていった。

その先にあったのは寒椿の庭。

静かな、そして穏やかな語らいの時間。

庭の事。

花の事。

それらを愛でていた姉の事。

その後昼食を共にし、自室に戻れば―――草鹿副隊長に拉致られ。

松本副隊長らと、……気付けば甘味を食す事になっていた。

そのまま傾れ込むように、酒盛りとなり、浮竹隊長と小椿・虎徹両三席が加わり、段々普段関わりの無い各隊の隊長格や上位席官が集まり、訳の分からないまま呑んで、食べて。

―――始まった時刻が時刻なだけに、仕事は大丈夫かと余計な心配がルキアの脳裏を過ったのだが―――十番隊はやはり的中していた―――賑やかさに直ぐに霧散した。

結局、恋次と吉良とに送られ家に着いたのは亥の刻になろうかという時刻になった。
別れ際の、

『現世に色々送ったから、楽しみにしとけ』

と言う言葉もルキアの頭に『?』を振りまくだけだった。

朽木家の庭を眺めながら、ルキアはゆっくりと自室へ向かう。
冷たい夜の空気に身を晒して、先程迄の熱気と酒気を覚まそうとしてみる。

訳が分からないままだったが、―――楽しい一日だった。

……一年前には、決してあり得なかった時間。

白哉と語らう事も、乱菊達と呑んだり騒いだりする事も。

彼と出会わなかったら、有るはずの無い事だった。

一護の姿を思い浮かべると、心がふわりと浮き立ち、仄かな熱を帯びた。

ふと湧いた想いに、ルキアはふるふると頭を振ってソレを追い出した。

明日は浮竹隊長に挨拶してから……と、翌朝の予定を考えながら歩いていく背中を、一羽の蝶がひらひらと追っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガシガシと風呂上がりで濡れた髪を拭き、一護は押し入れに目をやった。
そこに有るものは、ルキアの義骸と、今朝方恋次が持ち込んだ大荷物だった。

『ルキアに俺達からって渡しといてくれ』

『アホか、ルキアはそっちに居るんだから、直接渡せ!』

『任せたからな!よろしく頼むぜ』

『人の話を聞け!……って勝手に帰ってんじゃねー!!』


交わした(?)会話を思い出すだけで、一護の機嫌は下降の一途だ。


チラリと時計に視線をやれば、もうすぐ11時。

結局間に合わねぇか、と内心呟く。

そんな一護の背後で小さな音がした。

「ん?」

キョロキョロと辺りを見回すが、何も無い。
気のせいかと首をかしげたら、今度は大きな音がなった。

……窓の外で

慌ててカーテンを引くと、そこにいるはずの無い人物を見つけて、一護は目を見開いた。

ソイツは、驚くだけの一護に業を煮やし、窓を叩き始めた。

ガラスを割らんかという勢いに、一護は即刻窓を開く。

「ルキア!」

冷たい空気と共に、雪まで髪に纏った彼女は、部屋に入るなり、……一護に向かって蹴を繰り出した。


「さっさと開けぬか、馬鹿者!凍えてしまうわ!」

それを辛うじて避けた一護も負けじと返す。

「だからってガラス割りそうな位叩くな!」


そして、聞きたかった事をズバリと繰り出した。

「大体、なんで今お前が帰ってきてるんだ?明日の昼のはずだろ?」


続けてもう一撃をと構えていたルキアが、今気付いたとばかりに両の手のひらを打ち付ける。


「おお!そうだった。一護、尸魂界から荷物を送ったと聞いたのだが……届いておるか?」

「あぁ……来てるぜ」


恋次が持ってきた荷物を押し入れから引っ張りだし、ついでにルキアの義骸も出してやる。
押し入れの引き戸を戻して振り向けば、ルキアは義骸に入り荷物を眺めている。
一護が机の椅子に腰を下ろすと、ルキアは荷物の封を解き始めた。

巨大な風呂敷包みの中から、多種多様なものが現れた。

『女性死神協会』ののし紙の箱からは、花が描かれた栞や、生け花の本に混じって金平糖の詰め合わせ。

恋次・吉良と、何故か檜佐木も連名の包みには、瀞霊廷にある甘味屋のタダ券数種と、ルキアがこちらにいる間の『瀞霊廷通信』が数冊。

十三番隊主従からは、チャッピーの手のりサイズの置物と巨大なぬいぐるみが。

そして、白哉からは桐の箱に収められた真っ白な綿入れだった。
羽織丈のそれは、半纏よりも薄手だが丈は長く作られていて、ルキアが羽織ると膝まであった。


それらをひとしきり眺めていたルキアだが、いささか呆然としたまま一護を見上げた。


「……浮竹隊長から、連絡があってな。―――『現世に私宛ての荷物を送ってあるから至急確認するように』と、言われて……戻ってきたのだが」

再び品物達に目をやって。

「……何故、このような品々を送られたのだと思う?」

腕組みをして首をかしげる姿に、一護の方が驚いた。

もしかしなくても。


ルキアは全く分かっていない。

これらが全部『贈られた』品々なのに、『送られた』だと思っているのだ。

それからサッと視線をやった時計の表示は、まだ日を終えて無い。
一護は床に座り込んでいるルキアと、視線が合うように片膝をついてしゃがんだ。


「ん?一護?」

「ルキア」

「なんだ?」


「……誕生日おめでとう」

「……は?え?……あっ」

ぱっかりと口を開けて惚けていたルキアが、言われた事を理解して、わたわたと挙動不審になった。

「1月14日は誕生日なんだろ?」

半ば呆れた様な表情の一護に問われて、ルキアは品々に視線を戻す。


「では、これらは……」

「誕生日プレゼント、だろ?」

正座して品々と向き合っていたルキアは、ぎゅっと膝上で服を握る。

「……良いのだろうか、こんな」

呟いたルキアの懸念を、一護はあっさり蹴り飛ばした。


「良いんじゃねー?くれるんなら貰えば」

「しかし……」

「知らない奴やら不審物ならともかく、見た限りは大丈夫だろうし……今度向こうに行った時に捉まえて、礼を言えばいいだろ?」

「……うむ」

「まだ気になるなら、くれた人の誕生日に、恋次達みたいに連名でなんか考えれば?」

「ああ、……そうする事としよう」

漸く納得した表情のルキアは、チャッピーのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

ごそごそと鞄を漁っていた一護が、小さく深呼吸をする。

「―――ルキア」

呼ばれて振り返ったルキアに、細長い箱が差し出され、ルキアはチャッピーから離れて、両手でそれを受け取った。

「改めて―――Happy Birthdayルキア」

「……一護」

「ま、大した物じゃねーけど」

「……ありがとう。開けても、よいか?」

一応聞いてから、ルキアは丁寧に包装を剥いでいった。
出てきたのは、真っ黒な携帯ストラップとネックレスのチェーン―――但し両方とも何も余計な装飾は無い―――と、白いベルベット生地の小さな巾着袋だった。

ゆっくりと巾着の口を開ける。

ルキアの手のひらには、加工がされた二つの石がのっていた。
丸いそれは、小指の幅位の大きさで、一つは綺麗な乳白色。
もう一つは、オレンジ色を纏った乳白色をしていて、二つは繋がっている。

「……一応、石は本物だからな」

「一護、これは……」

「……ムーンストーン」

「月の、石?」

「あ、や、本当の月の石ってんじゃなくて、そーゆー名前なんだよ」

似てるだろ、満月に?

言われてよく見れば、確かにとルキアは感じた。

「……それ、どっちにも付けられるから、なるべく持ち歩けよ」

「……何故だ?」

大事にしまっておこうと考えていたのか、分からないと見上げてくる。

「それは……そーゆー石なんだよ。……パワーストーンってヤツの一つで、ヒトの心や身体に良い影響を与えるとか言われてる。まぁ、御守りみたいな物だから―――本当は身に付けるのが良いらしいけど、流石に無理だろうし」

だから好きな方につけろと言って、一護はグッと伸びをした。
押し入れに容れとくか?と広げられた品々を指差す。
慌てて頷き返すと、軽々と持ち上げて収められていく。
その背を見て、ルキアはいそいそとネックレスを身につけ、ムーンストーンのトップにそっと触れた。

押し入れの引き戸を閉めようとしている一護の服を引っ張り、ルキアは名を呼ぶ。

「……一護」

「なんだよ」

「……ありがとう」

嬉しそうに頬を染めて、微笑むルキアに、一護も知らず頬を緩め、染めた。

翌日から、予定をずらされた現世の面々が、てぐすね引いて待っている。
ルキアには、再び驚きの連続になるだろう。
しかし、そんな大騒動もルキアが笑うなら、一護も全てに付き合うだろう。
しかし今は、二人静かに夜は更けていく。
ルキアの生まれた日は、もうすぐ終わりを向かえようとしていた―――



―――――――――――――――

遅くなりましたが、なんとか間に合いました……よね(笑)。
ルキアさん、お誕生日おめでとうございます!

さりげなく他の面々からのプレゼントを視界から消してる一護さん(苦笑)。
自覚はありませんが、心の狭い真似してます(笑)。

イチルキより、一護→←ルキアかな?

取り敢えず、来年の1/13いっぱいまでフリーにしておきます。
そんな御方が居られましたら、どうぞお持ち帰り下さいませ。

20100114〜20110113

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