クーリングオフはいらない


「お兄ちゃん、今年の誕生日は何かリクエストある?」

遊子にお玉片手に訊ねられて、一護は自分の誕生日がもうすぐだと気が付いた。
春先に力を取り戻して、それからひと月ほど後の、滅却師達の侵攻と立て続けに起こった事件に心身ともに疲弊して。

辛うじて双子達の誕生日と、母の命日は覚えていたが、一護からしたら、『早いもんだ』というのが正直な所だった。
去年はそんな事無かったのに。

「んー遊子の料理は何でも美味いけどな」

言われて初めて考えてみる。
という事は、今年は誕生日が日曜日で三連休の真ん中だ。

……明日の学校は、そしてきっと土曜日も絶対啓吾が煩く……いや、賑やかに騒ぐに違いなかった。
他の面々も、同様だ。

一護を祝う姿が想像がつかないのは石田だが、騒がずとも一緒にはいるだろう。

「んじゃ、明太子使った料理が良いな」
「そっか、何がいいかなぁ」
「ねぇ、遊子。こんなんあるよ」

パソコンの前で夏梨が呼ぶ。

画面に表示されたのは、「明太豆腐」と「明太ポテト」。

どちらかといえば居酒屋メニュー。
だが、だからこそ今まで作った事は無い。

「夏梨ちゃーん、プリントアウトしといてくれるー?」

「分かったー。もうちょい探してみるよ」

「お願いね」

そんなほのぼのとした遣り取りのあった、木曜日の夜。


そして、翌日はすっかり予想通りのテンションの啓吾を、いつものように廊下に沈める事から始まった。

そして、土曜日。
皆で一護の誕生日を出汁に、とは口が悪いが、口実にして一日騒ぎ倒した。
当日の日曜は、家族の為にあけてくれる気遣いは、幼馴染みのたつきのものだった。
プールに行って、盛り上がり。
一番陽射しがキツクなる頃、今度はカラオケだと移動し。

ついたカラオケボックスで最初に響いたのが、皆のバースディソングの合唱で。
一護は嬉しいのと照れくさいのとで、きっと何とも言えない顔を晒してしまった。
辛うじて礼を言った一護の顔は、紅くなっていたと自覚もある。

夏の暑さではない、クーラーが効いたこの場でかく汗に、一護はそれを知ったのだった。


最後は皆でファミレスに行って、盛大に盛り上がって、そして友人たちからの祝いは終わった。

そしてその心地よい疲労感に、クーラーの効いた自室で浸っていた一護だったが、……嵐は突然やってきた。

「くっろさっきさーん、ごめーんくーださーい」

妙な節のついた言い回しと共に、窓を開けて入ってきた姿に、一護は跳ね起きて、瞬時に警戒態勢に入った。

「……ありゃりゃ、驚かせちゃいました?」

そもそも警戒されないと思う方がおかしい。
今までだって何かしら色々と有ったが、この店主が直接此処に乗り込んでくるなんて、厄介事の前兆だ。

ルキアが連れ去られる前も、滅却師達の一件の時もだ。

また今回もか?と思うと、少々物悲しい。
今更誕生日を祝われる事は嬉しくもあるが、そこまで拘る事でもないとも思っている。
自分の、は。
だが、何が悲しくて生まれた日にまた厄介事にとも思ってしまう。

これが事件だというなら吝かではないが、この男が面白半分で巻き起こしてくる台風だけはゴメンだった。
そもそもその窓は浦原の為ではなく、未だそこから出入りしたがるアイツの為に鍵が開けられているのだ。
窓が開く音に期待した自分がバカみたいだと、心中呟く。

「な、何の用ッスか……?」
「そんな警戒しなくても大丈夫ですよぅ」

何時ものように扇子で口元を隠して、浦原は笑った。

はいっと差し出されたのは、ひとつの紙袋。

「明日っていうか、もう一時間も無いですけど。十五日は黒崎さんのお誕生日なんでしょ?」

「……へ?」

「だから、まぁ。今までのお礼って事で、ね」

「って事は、これって」

「ええ、プレゼント。ですよー」

がさがさと袋から出した箱の中身は。

「最新機種の伝令神器です」

どこをどう見ても現世の携帯電話だ。
何だか最初にルキアが使っていたモノより薄く、軽い。
普段使う携帯が黒の折り畳み式だが、最新式の名の通り、形状は既にスマホである。
色は同じ黒。

「それ、持ち主の霊力で起動しますから、充電もいりません」

それは凄いとまじまじと見詰める。

「因みに料金は黒崎さんの虚退治で賄われますから、頑張ってください」

給金が出ていたことを、一護はこの時初めて知った。

それじゃ、と去っていく店主は、やっぱり浦原喜助で。
最期に爆弾を投下していく。

「番号とアドレスは此方で勝手に設定して、他の死神さんたちに送っときましたからねー」と。

よいお誕生日をーと去っていく後ろ姿に、猛烈に嫌な予感がした。
慌てて説明書片手に自分の番号とアドレスを呼び出して。

確認した一護は、思わず届かないと知りながらも叫んだ。

「何考えてんだアンタはー!!!」

XXX-9646-1515

これはまだ良い。

問題はメールアドレスだった。

[email protected]

これを一護が知る死神達に一斉送信である。

当人と白哉と恋次が含まれ、乱菊ややちる、浮竹にもだ。

しっかりと履歴が残っていた。
幸いなのは、それを『一護のフリ』してではなく、『浦原』からだと明記してあった事か。

こんな単純なアルファベットの並びに、気づかないはずが無い。
希望は、向こうがとかく英語に弱い事だろうか。
ルキアも横文字にはめっぽう弱かった。

ダラダラと嫌な汗をクーラーの効いた部屋で流した一時間後。

一護のスマホ型伝令神器に数々のお誕生日おめでとうメールが届き、その応対に追われた。

そのどさくさで、一護はアドレス自体を変更するという考えを、実行する機会を、失ってしまったのであった。

そしてそれから丸十九時間後。
一護は伝令神器を睨み付けていた。

たくさんの祝いのメールをもらった。
中には「こっち来たら殺りあおうぜ!!」という恐ろしい人物からの伝言(当人は持ち歩かない)もあり、―――見なかったことにした。

しかし、肝心要の人物からは、未だ連絡は無い。
最初の年は、ルキアが連れ去られた後だった。
次の年には、一護が力を失くしていた。

今年、出会って三年目にして、初めてなのだ。

それに気づかぬルキアでは無いと思う。

今まではどうしようもなかっただけに、少しだけ、寂しさを覚えた。

寝返りをうって、うつ伏せになり、そっと目を閉じる。
少しだけうとうとしていたその時、ガラッという窓の開く音に、一護の意識は覚醒した。

「な、何だ?」

くるっと振り向いた瞬間。

何かが放り込まれ、一護は反射的に受け止める。
それが『何か』を認識する前に、パンパンと炸裂音が鳴った。

音に、その『何か』を抱き込んで庇う様に動くと、その背に良く知る声が響いた。

「「「誕生日、おめでとーう」」」

「……へ?」

窓の外に居たのは、クラッカーを手にした乱菊、一角、弓親の三人で。

「え、わざわざ、来てくれたのか?」
「そうよー、まぁ、すぐ帰んなきゃいけないんだけどね」
「時間がありゃ、一杯やるところなんだけどな」

それは単に一角が飲みたいだけだねという弓親のツッコミは的を射ている。

「じゃぁねー、そうそう、それプレゼントよー」
「ごゆっくりー、ってっか?」
「楽しい夜を、かな」

嵐の様に去って行った三人を、一護は呆然と見送った。

「・・・・・・ホントに、帰っていきやがった」

そして腕に抱きかかえたプレゼントに視線をやって、一護は目を瞠り、黙り込んだ。

色取り取りのリボンが、体中に巻かれ、両手首を一番大きなリボンで縛られた、偽骸に入ったルキアが其処に居た。
普段なら着そうもない、可愛いフリル系の服を着ている。

「……な、なんとか言え」

二人して見つめあったまま固まっていたが、段々居た堪れなくなったルキアが、恥ずかしそうに呟く。

一護はマヌケに、『これって、お前がプレゼントってこと?』と口に出し、二人は更に紅くなったまま、動けなかった。

「ま……松本副隊長が、今日の夕方、やってきて、だな」
「お、おう」
「こ、これが、一護が、い、一番喜ぶモノだと、仰って、だな」

「…おう」

既に去った乱菊へは何と叫ぶべきだろうかとちょっと悩んだ。

「しょ、証拠があるといって、お前が新しく持った伝令神器のアドレスを、見せられた」

「そ……そう、か」

「私は、これは浦原が勝手に作ったのだろうと、言ったのだが」

「…」

「アドレスが届いて、一護に渡って、一日近く経っても変更してないんだから、本心だと……」

真っ赤になったまま、一生懸命説明するルキアが、酷く可愛かった。

「ど、どうなのだ……?」

「そうだな、本心だ、な」

一護は変更自体を綺麗に忘れていた事を、まるっと棚上げした。

「俺は嘘じゃないから、このままでも、良いし」

本心を織り交ぜて。

「……」

恥ずかしさに、ルキアは紅くなった頬を押さえる。

「随分きれいにラッピングされたな」
「偽骸が、既にラッピングされていたのだ……」

そこに入れられ、強制的に運ばれたらしい。

「お前、俺へのプレゼントなんだな」
「そ、そうらしい、な」

胡坐をかいた一護の膝の上。
抱っこされたまま、一護に覗き込まれる。

「それって、今日だけ?」

「え?」

「俺、貰えるなら今日だけじゃ嫌なんだけど」

「え?」

「明日も明後日も、ずーっと先もが良いんだけど」

じゃなきゃ意味ないしと、困った様に笑う。

その一護からの告白に、ルキアは真っ赤のまま一護の瞳を見つめる。
そして一護の耳元にそっと囁いた。

『返品は、効かぬぞ』

「……ばーか。するかよ」

「……本当に?」

「しないしない」

即、返した言葉にルキアが付け足す。

「し、したら、千本桜だからなっ」

『いいえ、返品しないと千本桜の間違いですルキアさん』

というツッコミを呑みこんで、一護は戦友達の計らいによって届けられ、ルキアによって手にしたプレゼントをギュッと抱き込んだ。
大事に大事に。
けれど気持ちが、伝わるように。

そのまま寝転んだ二人の影が、そっと重なり、一護の誕生日の夜は更けていく。

―――――――――――――――

……何とか間に合いましたっ(汗)。
正直、間に合う気がしなかったんですが、パソコン使えたら違いますね(苦笑)。
大変な事になってますが、一護の誕生日の前には、落ち着いて、幸せな誕生日を迎えて欲しいです。

……それって、BLEACHが終了してしまった後って事か(汗)。

とにもかくにも一護さん、Happy Birthday

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