昔々あるところに
その人は居ました

ずっとずっと前から
一人で居ました

山を降りれば
多くの人間(ヒト)が暮らしている
ことを知っていました

けれど一人で居ました

千の力を持ち
千の命を持ち
千の記憶を持つ自分は
人間(ヒト)と違っていることを
知っていました

その人は人間(ヒト)をおそれていました
傷つくことをおそれていました

多くの力を持ちながら
多くの人間(ヒト)と違う自分を
おそれていました

そんなある日
一匹の猫が訪ねてきました
突然の来訪者にひどく困惑していると
猫は恭しく頭を下げ

「以前より貴方のお姿を
拝見しておりました
貴方は大変不思議な御方
貴方にひかれてやみません
私は ただの野良猫だけれど
どうかお側に置いて下さい
どうか"神様"」

猫はその言葉通り
側を離れませんでした
片時も離れませんでした

神様はそれがとてもとても嬉しくて
ふと 思いつきました

「そうだ 人間(ヒト)と違う者達となら
私は仲良くなれるのかもしれない
私と同じ想いを知る者となら
楽しい宴会を開けるかもしれない」

神様は
招待状をたくさんたくさん書きました
たくさんたくさん送りました

すると十二匹の者達が
神様のもとへやって来ました

それから十三匹と神様は
月の輝く晩の度宴会を開きました

歌い踊り

神様も初めて声をあげて笑いました

人間(ヒト)とは違う者達の宴を
月も静かに見守りました

けれどある晩
猫が倒れてしまいました
それは寿命というもので
どうにもできないことでした

みんなみんな泣きました
みんなみんな気づいていました

いつか 皆死んでしまう
宴会は終わってしまう

どんなに楽しくとも
眩いほどに大切と思っても
いつかは

神様は ひとつ
呪(マジナ)いごとを唱えると
円をくるりとさかずきに描き
それを猫にひと舐めさせ
皆に向かって言いました

「私達の絆を
今ここで永遠のものとしよう
たとえ私やみんなが死んで朽ちても
永遠
の絆でつながっていよう
何度死んで
何度生まれ変わろうと
同じように また
何度でも宴会を開こう
みんなで仲良くいつまでも
私達は不変であろう」


皆は大きく頷くと
鼠が最初に一舐めし
次に牛 次に虎 次に兎 と
順番に 契りのさかずきを
わけあいました
最後に猪が舐め終わる頃
猫が息もたえだえに
泣きだしていました

「神様 神様どうして
私にそれを舐めさせたのです
神様 私は 永遠などいりません
不変などいりません」

それは思いがけない言葉でした
神様やみんなにとって拒絶の言葉でした
みんなみんなかなしくなって
猫をなじり 諭しました
それでも猫は言いました

「神様 神様 怖くとも
終わることを受け止めましょう
淋しくとも
さりゆく命を売れ入れましょう
神様 私は一時でも
お側にいられて幸せでした
もし もう一度
互いに死んで 生まれ変わって
出会うことができたなら
今度は月夜だけでなく
日の光の下で笑う貴方に会いたい
今度は私達だけでなく
人間の輪の中で笑う貴方に
私は会いたい」

猫は最後にシッポをふると
パタリと死んでいきました
けれどもう 誰も猫には構いませんでした
みんなは猫に裏切ら
れた気持ちで
一杯でした

それからしばらくすると
次々にみんな死んでいきました
最後に龍も死んでいき
神様はまた一人きりになりました

そして遂に神様も
死にゆく日を迎えました
けれど こわくはありませんでした
みんなと交わした約束が
支えになっていたからです

「また また宴会を開こう
もう一度 何度でも いつまでも
変わることなく
たとえ今は一人でさびしくとも
あの約束の向こうで
みんなが待ってる」

今は遠い昔の話
誰もが忘れた最初の記憶
最初の約束
"呪い"になってしまったのは
いつから?
"重荷"になってしまったのは
いつから?
倖せだったあの日々
別れ難かったあの時
そこに愛は存在していた筈なのに
時間は流れて苦しめるだけになってしまって ごめん ごめんね
だけど擦り切れた約束を
最初の形も失くした約束を
背負い続けてくれたみんなに
一番 一番伝えたいのは

ありがとう ありがとう

猫の言葉が叶ったのは
それからずっと
ずっとずっ
とあとのお話



[フルーツバスケット/高屋奈月]


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