9…【身体と心の狭間で】
 2011.01.07 Fri 15:36
【身体と心の狭間で】



兄の席は私が座っている席から一番離れていた

「春咲、此処じゃぁお兄様の席が遠いから私・・・あっちの席に移るね」

私と橋倉主任に一言言った後、自分のコップと箸を持って兄が座っている近くの席に移って行った
私は咲夜華の行動の大胆さに苦笑いを浮かべていると

「流石だね・・・」

と隣席する橋倉主任は一言言うと、私と同様苦笑いを浮かべていた



上司までも親友の大胆な行動に苦笑いを浮かべられ、私は妙に恥ずかしさを感じてしまった





歓迎会も終盤…

「春咲!!
私、お兄様に二次会誘われちゃったぁ!!
春咲ももちろん参加するでしょ!?二次会!」

咲夜華は兄から二次会に誘われ有頂天になり、それに増してお酒が入っているからか、かなり強引に私を二次会に誘う

私はそんな咲夜華に苦笑いを浮かべ返事を躊躇(ためら)っていると隣席する橋倉主任が

「春咲ちゃん、無理して二次会に参加しなくてもいいんだよ」

とチラッと壁掛け時計を橋倉主任は見た…時刻はPM22:00を過ぎたところだった


咲夜華の二次会の誘いに返事をしようと口を開いた瞬間、私の元に近づいて来ている兄に気が付いた

『っ!!?に、兄さん』帰りの身支度をしている私の手が意識とは裏腹に止まり、金縛りでもあったかのように身動き出来ないでいる私を知ってか知らずか…咲夜華の背後から私に話し掛けた

「橋倉主任・・・帰りの時間を気にしているんですね・・・心配しないで下さい・・・僕が責任をもってアパートまで送らせて頂きますよ」

と私と橋倉主任に車の鍵を見せた

「東Dr、君は飲酒運転をするつもりですか」

と言った橋倉主任に兄は“「クスクス…」”と人を馬鹿にするように笑った後

「心配は無用ですよ
私は一口たりともお酒を口にしてません・・・それに、貴方の部下の命も大切ですが、僕自身の経歴に傷が付くのはもっと嫌ですからね」

ニヤリと笑みを浮かべた兄は橋倉主任の顎を掴み

「なんなら・・・貴方も参加しますか?僕の二次会・・・」

『に、兄さん・・・……』身動きせず兄と橋倉主任のやり取りを見つめていると橋倉主任は微笑みを浮かべ

「では・・・そうさせて頂きますよ
明日は祝日で休みですからね」

と返事をした橋倉主任に兄は目を細め

「では・・・行きましょうか?」

と言う兄の腕にはいつの間にか両腕を絡めるかのように組み、元気よく“「はぁ〜い!!」”と返事をする咲夜華は、もう既に兄と恋人気取りのようだった


そんな兄と咲夜華の後ろを歩く私は、隣りを歩く橋倉主任に

迷惑を掛けてすみません…橋倉主任
本当に明日は大丈夫ですか?


と小さな声で問い掛けると

大丈夫だよ…春咲ちゃん
それよりも…本当に大丈夫?春咲ちゃん


はい…主任がいるから大丈夫だと思います

は・る・さ・ちゃ・ん…

私と橋倉主任は後方の人に気付かれないように軽く手を繋いだ



※兄視点
少し前から

東京医科大の研究所を蹴ってまで就職したのは、三流医科大付属病院の第二病棟の整形外科

俺の専門は本当は外科を専攻しているが、外科は第一病棟…俺の元から逃げた玩具(春咲)をやっとの事で追い詰める事が出来た今、みすみす自分の手の平から逃がすわけにはいかない

俺はニヤリと笑みを浮かべ自分しかいなくなった整形外科の診療室を後にした…自分の歓迎会を行っている居酒屋に向かう為に



居酒屋…
歓迎会の会場となる2階からは賑やかな声が聞こえてきていた
会場では既に主役のいない歓迎会が始まっているようだった

「川本助教授、遅くなってすみませんでした」

「東君・・・こんな日に残業、すまなかったね
皆、東君の登場を今か今かと待っているよ!!」

「はい・・・……」

勤務終了間際(まぎわ)に俺が担当している患者が先日手術した膝の痛みを訴えた為、急遽残業する事になったのだった


「さぁ〜、行こか!」

会場となる2階に向かって主役の俺と幹事の川本助教授は階段を上った


会場となる居酒屋は、川本助教授の奥さんの兄が経営している居酒屋チェーン店、2階はちょっとした宴会が出来るような広間になっており、俺は川本助教授に誘導されるまま、上座に立たされた

「皆さん!!お待ちどうさま
今夜の主役!!東君が来ました!!みんな拍手ぅ!!」

俺の歓迎会に参加するよう声掛けをした者達は、主役の俺が会場入りをした事に形ばかりの拍手をしているように見えた…

“『く…こんなもんだな…』”と特に気にはしていなかったが、参加している女の中には物欲しげな眼差しで俺を見ている者達もいた
そんな女達を汚い物のように見つめた瞬間、“「東Drぁ!!お疲れ様ぁ!!」”と女の声が響き視線を移すと俺に満面な笑顔を浮かべ俺に手を振る女の隣には作り笑顔を浮かべる春咲の姿があった

「皆さん・・・“僕”の歓迎会に来て下さりありがとうございます・・・
挨拶が遅くなって・・・本当に申し訳ございません・・・今夜は“僕”の歓迎会を心から楽しんでって下さい」

俺は他人の前では自分の事を“僕”と口にした
自分自身で口にしながら、背中に虫唾(むしず)が走った


挨拶が終わった後、春咲がいる場所に視線を移すと今にもこの俺の前から逃げ出したい…と思っているような表情を浮かべる春咲がおり…その隣には

何故か…春咲の上司、“橋倉 繭(はしくらけん)”がいた



−−−−−−−−−−−

俺が座っている上座は春咲が座っている場所から一番離れており、春咲と橋倉とのやり取りに苛立ちを感じた頃、俺の席の近くに春咲の横に座っていた“咲夜華(さやか)”という女が移って来た

『なんて大胆な女なんだ』と一瞬穢(けが)らわしい物のように見たが、俺は思い留まり“咲夜華”という女の利用価値を考えた


「東Dr、残業・・・お疲れ様でした!!」

と言う“咲夜華”に俺は微笑みを浮かべ

「ありがとう・・・安斎さん」

と声を掛けた






歓迎会も終盤…
幹事の川本助教授から場を変える提案が耳打ちされ、俺は直ぐに“咲夜華”に声を掛けた

「安斎さん・・・
これから・・・僕の二次会があるみたいなんだけど・・・出来れば来て欲しいなぁ・・・お友達とかも誘ってさ」

“「は、はい!!」”と返事をした後、神業の如く帰り支度をし、俺が座っている上座から一番遠い春咲が座っている場所に駆けて行った



※橋倉主任視点

「春咲!!
私、お兄様に二次会誘われちゃったぁ!!
春咲ももちろん参加するでしょ!?二次会!」

部下であり、春咲ちゃんの親友である安斎さんが私と春咲ちゃんがいる席に戻って来た…酷な難題を抱えて

“「ねぇ〜…行こうよぉ二次会」”安斎さんが持ち帰って来た難題に春咲ちゃんは引き摺った笑顔を浮かべ返事を躊躇(ためら)っているようだった

私は直ぐ助け舟を出した

「春咲ちゃん、無理して二次会に参加しなくてもいいんだよ」

と言った後、チラッと壁掛け時計を見た…時刻はPM22:00を過ぎたところだった



壁掛け時計から直ぐに視線を戻すと春咲ちゃんは小さな声で“「はい…」”私に返事をし小さく頷いていた
ホッと心を撫で下ろした一瞬、目の前の春咲ちゃんは金縛りにでもあったかのように身動きをしなくなった

“「春咲ちゃん…?」”と声を掛けて直ぐ、私の視線に春咲ちゃんの兄…東Drが安斎さんの背後から近づいて来ているのが見えた

『ち・・・コイツが原因か・・・……』私は心中で毒ついた



「橋倉主任・・・帰りの時間を気にしているんですね・・・心配しないで下さい・・・僕が責任をもってアパートまで送らせて頂きますよ」

と東Drは紳士面(しんしつら)を浮かべながら、私と春咲ちゃんに車の鍵を見せた

「東Dr、君は飲酒運転をするつもりですか」

と眉の間に皺を浮かべ表情を濁した私に東Drは“「クスクス…」”と人を馬鹿にするように笑った後

「心配は無用ですよ
私は一口たりともお酒を口にしてません・・・それに、貴方の部下の命も大切ですが、僕自身の経歴に傷が付くのはもっと嫌ですからね」

とニヤリと笑みを浮かべた東Drは私の顎を掴み

「なんなら・・・貴方も参加しますか?僕の二次会・・・」

身動きせずに私と東Drのやり取りを心配そうに見つめている春咲ちゃんを横目に私は微笑みを浮かべ

「では・・・そうさせて頂きますよ
明日は祝日で休みですからね」

と思いがけない返事をした私に東Drは目を細め

「では・・・行きましょうか?」

と言う東Drの腕にはいつの間にか自分の両腕を絡めるかのように組み、元気よく“「はぁ〜い!!」”と返事をする安斎さんの姿がそこにあった
その姿は既に東Drと恋人気取りのように見えた


恋人気取りの安斎さんと腕を組み歩く東Drの後ろを歩く私に、春咲ちゃんは小さな声で話し掛けてきた
今にも消えそうな声…それはまるで、前を歩く東Drに私との会話が聞こえないようにするかのようだった

迷惑を掛けてすみません…橋倉主任
本当に明日は大丈夫ですか?/font>」

春咲ちゃんの小さな話し掛けに微笑みを浮かべ

大丈夫だよ…春咲ちゃん
それよりも…本当に大丈夫?春咲ちゃん


春咲ちゃんと東Drの過去に何があったのか…今は検討がつかないが、おそらく…想像が出来ない程の奇妙で恐ろしい経験をしてきたのだろうと春咲ちゃんの態度を見て感じた

はい…主任がいるから大丈夫だと思います

は・る・さ・ちゃ・ん…

あの…午前中の出来事から急に親密化した春咲ちゃんとの関係に私は嬉しさを感じていた



『はぁぁぁ・・・早く
この手のように身も心も繋がりたい
一つになって・・・早く連れて行きたい』身体の奥底の蠢(うごめ)きを生まれて初めて“心地良い”と感じた夜だった



※兄視点

二次会が終わり、俺の歓迎会はお開きになった


“「タクシー!!」”橋倉が手際よくタクシーを捕まえ、馴れ馴れしく春咲に声を掛けた

「橋倉主任・・・二次会が始まる前に僕は言いませんでしたか・・・?
“「僕が責任をもってアパートまで送らせて頂く」”と」

と言う俺と橋倉は目を合わさず

“「春咲ちゃん・・・先に乗ってて」”俺と橋倉のやり取りに戸惑う表情の春咲をタクシーの後部座席に手際よく座らせた橋倉に俺は

「橋倉主任・・・……
僕が言っている事の意味を分かってて・・・東さんをタクシーに乗せているんですか」

と憎悪を隠し聞き直すと

「分かっていますよ・・・……
だからこそ・・・春咲ちゃんをタクシーに乗せたんです
春咲ちゃんのアパートは貴方が今住んでいるマンションとは・・・逆方向、僕が住むマンションの方が同じ方向で近い・・・心配なさらないで下さい、僕が貴方の代わりに責任を持って・・・アパートまで送りますよ・・・
その代わりとはなんですが・・・東Dr・・・貴方には、横で酔いつぶれている安斎さんをお願いします」

と言うと、俺が一言返す間もなくタクシーのドアは閉まり、颯爽と春咲と橋倉を乗せ…俺の目の前から走って行った


俺は目を細め黙って舌打ちをするしかなかった





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