8…【差し伸べられた運命の先に】
 2010.12.07 Tue 22:11
兄の動画付きメールを見た次の日…

『はぁ・・・寝不足で頭がボーとする』兄から送られた動画は450キロバイトという、ややキロバイト数的には少ない鮮明さに欠ける動画だったが、幼き日から見続けてきた光景を思い浮かべた私には450キロバイト数の動画で充分過ぎていた

ボーとする頭のまま、愛用のお茶碗にご飯を盛りその上にカレーを一玉ぶんかけ、朝食としてスプーンを付けた


空(から)のお茶碗に水を注ぎ、近くにある洗面所の鏡を覗くと目元にうっすらと隈(くま)を浮かべている私が映っていた

『仕事・・・行きたくないなぁ・・・』鏡に映る自分を見て私は苦笑いとため息を同時に吐いた



今日も長い1日になりそうな予感を脳裏に浮かべながら、身嗜み程度のお化粧をした後、職場である徒歩10分のとある大学附属病院に向かった



朝の朝礼ぎりぎりで出社した咲夜華から早速、私のパソコンにメールが受信された

[おはよー(*^-^)ノ
どうだった?昨日の主任の“送るよデート”楽しかったぁ?
さてさて本題…昨日、うちの病院に新しく入ってきた春咲の兄の歓迎会を1日遅れてするみたい、私達…事務員からも自由に参加をしてもいいみたいだから、春咲、私と一緒に参加してみない]

とお誘いメールが届いた
どうも、咲夜華の数多い男友達(セフレ)からの情報のようだった


咲夜華のメールの返信を渋っていると兄からメールが受信された

[春咲…おはよー
昨夜は良く眠れたかな?さて…本題、今夜の7時から○○という居酒屋で俺の生まれて初めての歓迎会があるから…春咲、お前にも参加してほしい…来てくれるだろ?]

『っ!!?』兄のメールの文章は優しい言葉でつつってあったが、内容的は“「春咲…お前には拒否権はない」”と言っているような気がした
私は咲夜華から来たメールの返信を書きその後、兄のメールの返信を咲夜華に書いたメールを応用して書いて二人に送信すると直ぐに兄からメールがきた

[春咲から俺への返信…嬉しいよ
今夜の俺の歓迎会が楽しみだ…それはともかく、昨夜送ったメール動画見てくれたかい?よく出来ていただろ?]

『っ!!?』と兄の意味有り気なメールが目にした瞬間、私の脳裏に昨夜兄から送信された動画がフラッシュバックのように鮮明に浮かんだ瞬間、私は何も断りもせずに事務所から職員専用女子トイレに駆け込み、気が付けば洋式の便器の上に器用に体育座りをしていた

『私・・・……』便器の上で両足を抱えた姿のまま、周りを見回していると女子トイレの中に思いもよらない人物の声が響いた

「春咲ちゃん・・・……」

思いもよらない人物の優しい声色に私は誘われるように、女子トイレの個室のドアを開けた

は、橋倉・主・任……

「大丈夫かい・・・……」

私の目線に合わせた主任は微笑みを浮かべ

「びっくりしたよ・・・春咲ちゃん、仕事の途中で何も言わず事務所を駆け出て行ったから・・・皆、驚いていたよ」

す、すみません…迷惑を掛けてしまって……
主任…先に帰って下さい…私はもう少ししてから帰りますから…


今にも消えそうな声で私は主任に答えた

「春咲ちゃん・・・無理をしなくてもいいんだよ・・・……」

と言った瞬間、主任は私を抱き締めていた
それはまるで…目の前で小刻みに震えている幼子(おさなご)をショックから切り離すように落ち着かせるような抱き締め方だった



“「は、橋倉・主・任……」”言葉では主任の動作に戸惑っていたが、私の心では素直に主任を受け入れ抱き返そうとした瞬間

「わ!!?わ!?ぼ、僕・・・……」

と主任の私を抱き締めていた腕の力が緩まった

「ご、ごめん・・・春咲ちゃん
こ、こんな事されてびっくりしたよねぇ・・・ごめんね、春咲ちゃん」

私を抱き締めている主任の腕の力が緩まった腕の中

橋倉・主・任……
もし…ご迷惑でなければもう少し……このままで


私は主任の背中に回した腕に力を込めた

「は、春咲ちゃん・・・こ、こんな僕でいいの・・・……」

は、はい……

主任は私を抱き締めていた緩まっていた力が再び強まった



数分後…
幾分、落ち着きを戻した私と私を心配して見に来てくれた橋倉主任は女子トイレの前にいた

「春咲ちゃん・・・今夜の東Drの歓迎会、安斎(あんざい)さんと一緒に参加するだろ?」

「は、はい・・・……」

と苦笑いを浮かべる私に

「僕も事務長から自分の代わりに参加してくれないか?と言われているから・・・行こう思っていたんだけど・・・……
僕で良ければ一緒に行こうか?」

橋倉・主・任……
ありがとう…ございます…


主任の私を心配する優しさに私は涙を浮かべた



「じゃぁ・・・春咲ちゃん、まずは事務所に戻ろうか?
皆にこれ以上心配を掛けたら悪いからね」

「はい・・・」

女子トイレから事務所に戻る少しの間、私と主任は手は自然とお互いを求めるかのように重なりあっていた



現在の時間PM18:30…
例の如く咲夜華はこれ以上にない身支度(化粧も含む)に時間を掛け、今夜の歓迎会に気合いを入れた

「何?その顔は!?
何が目的で力を入れてるの?と私にツッコミたいんでしょう」

と私が浮かべている表情に咲夜華は逆にツッコミを入れた

「だって・・・もう30分、あれから経ってるよ」

「あぁ〜・・・もぉ〜・・・五月蝿(うるさ)いなぁ〜
あんたの兄さんに唾を付けておかなくっちゃぁ・・・この先の私の人生、とても心配なの!!
あんたの兄さんは私にとって保険、ほ・け・んなの・・・不安な私の未来を照らしてくれるかもしれない、未来の保険なの」

と瞳を輝かせ乙女チックな表情を浮かべている目の前の咲夜華に私は苦笑いを浮かべ

『保険ねぇ・・・……』正直言って…あの兄で目の前にいる親友の未来を照らす保険(叉は希望)になるかどうかと言えば、“照らす”ではなく救いようのない暗闇(鈍底)に“沈める”の言葉の方が正しいだろう
兄は私の希望を踏み散らすような事ばかりするような人…なのだから

私が苦笑いばかり浮かべている中、咲夜華は“「出来た!!」”と言って立ち上がった
目の前にいる親友には“完璧”という言葉しか思い浮かべる事が出来なかった



女子更衣室にある壁掛け時計はPM18:45を回ったところだった



職員専用出入り口で橋倉主任と合流した後、私達3人は兄の歓迎会が行われる居酒屋に向かった



PM19:10、居酒屋に着くと歓迎会の主催者で整形外科のNo.2の川本助教授(Dr)が私達3人を迎えてくれた

「いらっしゃい!!
此処は私の嫁さんの兄が経営しているグループの居酒屋だから、気兼ねなく注文してね!!」

「はい・・・ありがとうございます」

「あ!?橋倉主任、事務長の代理ご苦労様」

と言う川本助教授に主任は軽く頭を下げ、微笑みを浮かべていた

川本助教授の奥さんの兄は居酒屋チェーン店等を幅広く経営している会社の2代目社長をしている今回、新人Drの歓迎会に2階を貸し切っていた


「あれ!?
今夜の主役の東Drは?」

兄目的の咲夜華が部屋中を見回して言った

「ごめんねぇ・・・咲夜華ちゃん、今夜の主役の東君は少し遅くなるんだ
先に始めてていいって言っていたんだけど、まだメニューも揃(そろ)ってないから待っててね」

“「えぇ〜!!どうしてぇ〜」”と子供のように口を膨らましている咲夜華に川本Drは両手を顔の前で併せ苦笑いを浮かべつつ謝っていた…助教授を勤めている川本Drにわがままを言えるのはこの2人が割り無い仲(不倫関係)だからだ


兄が来てない事に残念がっている咲夜華はともかく、私は心の底からホッとした
(正直、兄の歓迎会に参加していて兄がいない事にホッとしている事自身がおかしいのだが…)

私達3人は兄(主役)のいない歓迎会の適当な席に並んで座った
会場には、整形外科以外に眼科や皮膚科等、多数のDr達が参加して賑わっていた

「あ!!?春咲ちゃん!?
君もこの歓迎会に参加したんだね!!初め話しがあった時は気がのらなかったけど、春咲ちゃんが参加したんだったら嫌々でも参加して良かったよ!!」

「あ・・・川口先生・・・……」

「これはこれは・・・川口先生もいらしていたんですか?ご苦労様です」

「っ!!?は、橋倉主任・・・君も参加を・・・……」

「事務長の代わりにね・・・」

“「じゃ・・・春咲ちゃん、またね・・・……」”と川口Drは私の隣に座っている主任から逃げるように私から離れ自分の席に戻って行った



20分後…
兄の歓迎会をする会場の一階から川本Drの声が聞こえた

「東君・・・こんな日に残業、すまなかったね
皆、東君の登場を今か今かと待っているよ!!」

兄が会場入りした事を判断した
兄の歓迎会に参加しているのに“いなくて”ホッとし、“いて”胸が早鐘の如くドキドキと高鳴る…出来るなら、この場から駆け出し兄の視界が逃げ出したい…と心に祈った


“「春咲ちゃん…大丈夫?」”と隣席で小刻みに震える私に主任は心配な面持(おもも)ちで話し掛けた

“「だ、大丈夫だよ…」”今にも泣きそうな声で返事をした私に主任は何も言わず、私の左手を握り締めてくれた…
私は幾分か心が落ち着く事が出来た



二人分の階段を上る足音がした後、引き戸が勢いよく開いた

「皆さん!!お待ちどうさま
今夜の主役!!東君が来ました!!みんな拍手ぅ!!」

歓迎会に参加した人達は、今夜の主役の兄が会場入りをした事に心から拍手をしている…特に私の隣に座る咲夜華は満面の笑顔を浮かべ“「東Drぁ!!お疲れ様ぁ!!」”と手を振った

「皆さん・・・“僕”の歓迎会に来て下さりありがとうございます・・・
挨拶が遅くなって・・・本当に申し訳ございません・・・今夜は“僕”の歓迎会を心から楽しんでって下さい」

兄は自分の事を“僕”と呼び愛想笑いを浮かべ皆の前で頭を下げた


主役が会場入りした…兄の歓迎会はまだ…始まったばかり





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