6…【続き】
 2010.10.08 Fri 23:09
『兄さんに・・・此処を知られた』身体の震えが止まらなかった

……………

…………

………

……



9年前…
私は園長先生に呼ばれ、園長室に来ていた

「春咲・・・君を引き取りたいと申し出があってね
喜びなさい・・・君になくした筈の親と兄妹(きょうだい)が出来るんだよ」

『私に兄妹・・・』初めは複雑な心情だった
私にとって親も姉妹(きょうだい)も自分を仲間外れにして3人仲良く逝ってしまった…3人しか思い当たらなかったからだった

だが…何回か私の里親となる東夫婦と共に時間を過ごす事によって、以前のような複雑な気持ちになる事はなくなり…そして、私は東夫婦の申請を受け入れた…兄妹(きょうだい)となる兄に一度も会う事なく


申請を受け入れてから数日後、私を施設から正式に引き取る為、東夫婦が施設に来られていた

「これで君は正式に・・・“東 春咲”になった
君はもう一人じゃない・・・私達の娘だよ」

「は、はい・・・
お父さん、お母さん・・・」

私は恥ずかし気に…父と母を呼んだ

「春咲・・・改めて君に紹介するよ
春咲・・・お前の新たな兄妹だよ」

「東・・・晃・・・宜しく」

と一言言った兄の背後から肩に両手をのせ

「春咲・・・晃は昔から自己紹介が苦手でね・・・とても、恥ずかしがりやなんだよ・・・
だけど・・・晃は、君の事・・・を気に入ったようだよ・・・
春咲・・・晃は満足に学校に行ってないが・・・秀才だから気兼ねなしに勉強等分からない事を聞くといいよ」

「は、はい・・・宜しくお願いします・・・お兄ちゃん」

と軽く頭を下げた私を兄は一言も喋らず見つめた後、何を思ったのか私が着ているワンピースの裾に手を掛けると一気に捲った…
今日…初めて会った兄の行動に私はワンピースの裾を抑えるわけでもなく、目を丸くして兄を見つめるしか出来なかった




私のスカートを捲った兄を東夫婦は叱るわけでもなく…時は流れ、私は半年お世話になった施設職員にお別れの言葉を伝えた後、東の父が運転をする車に乗った


車中…

「晃、お前が春咲を気に入ってくれるか・・・お父さん、気が気じゃなかったが・・・お前が春咲を気に入ってくれて本当に良かったよ・・・
お父さんの取り越し苦労で本当に良かった・・・なぁ雪恵(ゆきえ)」

「本当ね・・・貴方、これで私達の肩の荷も下りたわね・・・……
春咲・・・晃の事、お願いね」

施設から家路に着いた車中、東夫婦は二人して“「良かった・良かった…」”と言い続けていた
東夫婦が私に言った“「晃を頼む…」”と言った意味、兄が私を“気に入った”という意味がこれからおきる…先の未来を語っていた




『ど、どうしよう・・・』昨夜作ったカレーを食べる気にもなれず、私はシャワーで汗を流した後、直ぐにベッドに横になった

小6の夏に初めて出会った兄との約6年間の生活を思い出すと…布団の中だというのに震えが止まらなかった

『せ、せっかく・・・あの地獄のような兄との生活から逃れられたのに・・・
今度は兄によって引き摺り込まれるの・・・そ、そんなの嫌だ・・・』ガタガタと身体が小刻みに震える…
今直ぐにでも…銀行に預けてある貯金を引き落とし、此処から引っ越しても私は…永遠に兄からは逃れる事は出来ないであろう…



小刻みに震える身体のまま…私は目を閉じ眠りについた




翌日…
昨日食べる事が出来なかったカレーに火を入れ温め直して出社した

「春咲ちゃん・・・おはよう
昨日はご苦労様だったね」

職員玄関を開けた瞬間、背後から声を掛けられた

「っ!!?お、おはようございます!!橋倉主任」

私は反射的に挨拶を交わした後、小走りに女子更衣室に向かった


数分後…
相変わらず同僚の咲夜華は朝礼15分前に出社した

「ねぇ!!春咲、聞いた?
季節外れのこんな時期に新しいDrが来るんだって!?」

「新しい・・・Dr?」

小首を傾げる私と裏腹に、咲夜華の心は季節外れの新任Drに目を輝やかせていた


朝礼…
朝礼は事務長の挨拶から始まった

「おはよう・・・諸君
今日は皆に新任Drを紹介しよう・・・さぁ、来たまえ」

"「はい…」"と声が聞こえた後、事務長の背後から白衣を着た見慣れないDrが表れた

「ひ!!?」

思わず私は悲鳴に近い小さな声を出し後退りをした

「どうしたの?春咲・・・?」

私の行動に咲夜華は目を丸くした

「皆さん・・・初めまして
整形外科を専攻する・・・東 晃といいます
医者になってまだ2年と経験も少ないですが頑張りますのでご指導の方・・・宜しくお願いします」

と言い終わった後、皆の前でニコリと微笑みを浮かべた兄は8年前に養護施設で私に言ったたどたどしい自己紹介とは違っていた

「東・・・晃?」

自己紹介をいい終わった兄の名前を耳にして、咲夜華は小首を傾げ眉の間に皺を浮かべた表情のまま、私に問い掛けた
私は咲夜華の視線から目を逸らした

「春咲・・・もしかして!?」

「そう・・・……
"東 晃"は咲夜華も分かるように・・・血の繋がってない・・・兄」

「ふーん・・・それで春咲とあの人とは似ていないんだね・・・兄って言ってもただの呼び方だもんね」

『そう・・・ただの呼び方・・・
それに今は・・・何も繋がりもない・・・ただ"東"という名の柵(しがらみ)に私がしがみついているだけ・・・』事務長の横で微笑みを浮かべる兄を見つめ…私は思った



朝礼が終わり皆が自分の席に着座する頃、事務長は私を呼んだ

「東Drが此処の案内を申し出てね・・・東Drは君をご所望なのだよ
昼休みに昼食もかねて・・・此処を案内してあげてほしい」

私は“「はい…」”と返事をした後、自分の席に着座した




※咲夜華視点…

この季節外れの新任Drが私の親友で同僚の春咲の兄とは初耳だった

あまり…春咲は自分の事を口にしない、それに私も聞かないから高校の頃からの付き合いでも…分からない事の方が多いぐらいだった


事務所の皆に微笑みを振り撒く春咲の兄を見つめ

『血の繋がりのない兄・・・ねぇ・・・』と一人頷き、笑顔を振り撒く兄の顔と春咲の顔を見比べた

『確かに・・・ね』春咲の顔は目鼻立ちがよく可愛い系で実際の年齢より幼く見える…それに比べ新任Drの顔はどちらかと言えば美男子系、可愛い系の春咲とはあまり似ていない
親友の諸事情に初めて触れたような気がして…ふと新任Drから視線を移した先に橋倉主任の姿があった

私が目にした主任の姿は春咲を一点に見つめ、表情は濁ってなかった…ただ何を思っているか、私ですら読み取る事は出来なかった



…………………………
数時間後の昼休み…

「東君・・・頼むよ
これで君の昼休みは潰れるだろうから・・・特別に延長していいからね」

「はい・・・……
では・・・行って来ます」

手作り弁当を片手に事務所を後にした




兄が指定した待ち合わせ場所には兄の姿はなかった

『兄さん・・・……
私を追って・・・此処まで』手に持つ手作り弁当を食堂のテーブルに置いて…私は小さなため息を吐いた


「春咲・・・俺のご所望どおり来てくれて嬉しいよ・・・
それは、お前が作った・・・手作り弁当か・・・」

テーブルの上に置いてあったピンクの水玉模様の弁当袋に手を伸ばした

「春咲の手作り弁当・・・久しぶりに食べたい・・・
昨日はお前が作ったカレーを食べ損ねてしまったから・・・」

“「に、兄さん…」”と言った後、先に言葉を続ける事が出来なかった

「いいよ・・・兄さん食べても」

と私がため息混じりに言うと兄は目を輝かせ

「いただきま〜す」

と両手を合わせて言った兄は昨夜、私のアパートに無断で上がった兄と別人のように見えた


「ごちそうさま〜
じゃぁ・・・そろそろ、此処を案内してもらおうかなぁ・・・」

と言って立ち上がった兄を見て私は声を掛けた

「兄さん・・・……
東京医科大に就職が決まっていたのに・・・何故・・・……」

「くす・・・俺が此処に来た事が・・・春咲、お前は・・・とても不服のようだね
あの“東京医科大”を蹴ってまで・・・この三流医大附属病院に就職したって事がさ・・・」

“「教えてやろうか…春咲」”と兄は私の耳元で囁いた

「普通・・・医大で医師免許を取得した後、研修医になっていろいろな病院で経験して、新たに病院に就職するのが普通だが、俺・・・あまり医者には興味がなかったんだよね・・・
だから、東京医科大で博士号を取得しようと思っていたんだけど・・・お前が医療事務の資格を取得したって小耳に聞いた時・・・医者になるのも悪くないって思ったんだ・・・
それも・・・お前がいる病院に医者として就職しようって思ってね・・・くくく」

「っ!!?」

瞳に涙を浮かべた表情のまま、私は身動きが出来ないでいた…それはまるで、蛙が蛇に睨まれているような気分になっていた

「に、兄さん・・・」

無意識のうちに後退りをする私に兄は

「くく・・・相変わらず、俺の事“兄”て呼ぶんだな
お前も知っているだろうけど・・・俺はお前の“兄”じゃないんだぜ・・・お前を東姓から縁切りさせた意味・・・お前、知ってるよな」

「っ!!?」

『聞きたくない・・・もう、その話しは聞きたくない』東夫婦が私をわざわざ施設から引き取った意味が明らかになった時、私は必要最低限の物を手に東の家を逃げ出していた

「くくく・・・心配するな春咲・・・お前を逃がしたりしないさ・・・
さぁ・・・まずは、私に此処を案内してくれ」

二人っきりになる所をなるべく避け、私が勤める病院の端から端までを案内し…終わったのは昼休みが終わる寸前だった

「春咲・・・三流医大附属病院でも意外と広いんだな、驚いたよ・・・ところで・・・……
これはこれは・・・橋倉主任、俺達に何か用ですか?」

『え!!?は、橋倉主任!?』事務所に続く廊下から主任は満面な笑顔を浮かべ近づいて来た

「東Dr、そろそろ東さんを解放してくれませんか?
この者は私の部下です・・・この者にはこの者の仕事がありますので・・・では、失礼します」

“「しゅ、主任!?」”兄の目の前で私の肩を抱き寄せ私を兄から離そうとする主任の態度に

「くく・・・“解放”とは言いがかりな・・・貴様、春咲にとって何様のつもりだ」

「何様とは・・・その言葉、そのまま貴方様にお返ししましょう
僕はこの者の上司、貴方様のような魔の手から守るのが・・・僕の仕事です」

“「くく…上司か?
じゃぁな…春咲、お前が作った弁当…とても美味しかったよ」”とニヤリと表情を浮かべたまま、私に軽く手を振って離れて行った





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