5…【ふたりっきりの呼び方】
2010.08.26 Thu 22:05
【ふたりっきりの呼び方】
周囲を見回す私の頭上から急に話し掛けられた
“「大丈夫ですか?
怪我はないですか?」”と手を差し伸べた人の声は女性の声だった
差し伸べられた手に手を取ってゆっくりと立ち上がる私に
「良かったぁ・・・お怪我もないようで安心しました
どうも・・・この列車は何が原因か分かりませんが脱線事故をしたようですね・・・」
と言いながら、彼女はトランシーバーのような無線機で仲間と連絡をとろうとしているようだったが、安易に仲間と連絡がとれないようだった
「あの・・・私を助けに!?ふが・・・!!?」
話し掛けようとした私の口を急に塞ぎ
「静かにして!!」
と手慣れた仕草で銃を構え、その場から少し後退りをした
『え!!?な、何?』と目に涙を浮かべた瞬間
「此処は危ないわ!!
ひとまず・・・この場から逃げましょう!!私について来て」
周囲を見回しながら、軽く私を手招きをした
私は何が何だか分からなかったが、ひとまず彼女について行く事にした
「開けて!!」
私が今まで座っていた席があった車両の出入り口を勢いよく開けると、彼女は手慣れた仕草で手榴弾の安全ピンを抜き…何かに向かって投げた
「行くわよ!!」
私と彼女は車両の中の何かから逃れるように隣りの車両に移った
※現世界…
私の耳元で携帯の呼び出し音が鳴っていた
寝呆け眼で携帯の通話ボタンを押すと聞き慣れた声が寝起きの耳に響く
一声聞いただけで…電話の相手が誰だか分かった
『げ!!?』瞬時に電話を切りたい衝動をかられたが…なんとか思いとどまり携帯のディスプレイをこの時初めて目にすると見た事のない携帯電話番号が表示されていた
私は相手に聞こえないように小さなため息をして直ぐ深呼吸をすると“「おはようございます!!橋倉主任」”と電話越しに挨拶をした
[おはよう・・・春咲ちゃん
ごめんねぇ・・・春咲ちゃん、今日は休みなのに・・・上司の僕からの電話・・・嫌だよねぇ]
『悪いと思うんなら電話を掛けてくるな!』と心の中で悪態を言いながら
「い、いえ・・・……
それで・・・ご用件は?」
問うと
[悪いんだけど・・・今からでいいから・・・僕と休日当番してくれないか?
今日・・・僕とペアーを組む筈だった小林君の身内にご不幸があってねぇ・・・急に来れなくなったんだ]
『どうして・・・私なの!?』既に“行きたくない”モードの私に追い討ちを重ねるように電話相手の橋倉主任は
[ごめんね・・・春咲ちゃん
次回休日当番の安斎(あんざい)さんに春咲ちゃんより先に電話したら・・・丁重に断られてね・・・自分の代わりに春咲ちゃんを・・・て言ってきたんだ・・・
春咲ちゃんの次回の休日当番を小林君と代わるようシフトを組み直すから・・・今から出て来てくれないか?]
橋倉主任に気付かれないようため息をした後
「分かりました・・・
今から30分後に出社出来ると思います」
と返事をすると“「ごめんね…春咲ちゃん」”と橋倉主任の馴れ馴れしい返事が返ってきた
私は“「失礼します…」”と一言言った後、電話を切った
身嗜み程度な化粧をする為、小さな鏡台に向かっていると携帯電話の呼び出し音が鳴った
ディスプレイを見ると“咲夜華”と表示されていた
“「何…?」”半ば怒り口調で電話に出ると咲夜華は
[春咲・・・びっくりしたぁ!?びっくりしたでしょう・・・なんたってあの橋倉主任からなんだからぁ・・・それも、自分の携帯電話番号・・・なんで知っているのって感じでしょ!!ふふ・・・私が教えてあげたんだよ!!]
「確かに・・・電話に出たら・・・主任が出てびっくりして・・・電話を切ろうと無意識にしちゃいそうだったよ・・・
それにしても咲夜華・・・なんで・・・自分の代わりに私なの・・・」
[だって!!私・・・これからデートだし
相手が橋倉主任だったら春咲の方が面白いじゃん!!]
私はため息をして“「それ…どういう意味?」”と再び怒り口調で言うと
[だって!!感の鋭い子なら誰でも分かると思うけど・・・主任、絶対!春咲の事が好きだって
主任の態度を見てて分かるから・・・だから私、主任からの“お誘い”を丁重に断って・・・代わりに春咲の携帯番号・・・教えてあげたんだ!!
主任!喜んでたよぉ!“「ありがとう!!安斎さん!!」”だって!!
いい事した後はとても気持ちいいもんだね・・・
男性と一回もお付き合いをした事のない春咲には・・ぴったりだと思うよ!!主任みたいなタイプ・・・恋のいろはを手取り足取り優しく教えてもらいなよ!!春咲]
私はため息をするしかなかった…咲夜華に言われなくても、橋倉主任の態度を見てたら…どんなに鈍感な私ですら自ずと分かる
「そろそろ出社時間だから」
と愛素っ気のない一言を言った後、私は咲夜華からの電話を切った
アパートから勤務先の病院まで、徒歩で約10分ほどの道のりを私は早歩きで向かっていた
『咲夜華の馬鹿・・・あんたからの電話がなかったら、ゆっくり歩いてでも間に合うのに』と息を切らし職員専用出入口のドアを開けた
「遅くなってしまってすみません・・・橋倉主任」
「仕事の方は大丈夫だよ・・・春咲ちゃん・・・……
でも・・・春咲ちゃんが言った・・・約束の時間より一分一分遅れるたびに"『春咲ちゃんは僕との約束を破って…他の誰かと…どっかに行っているんじゃないか』"て・・・心配してしまって・・・僕、とても寂しかった」
幼い子供が親に甘えるような口調で主任が言った事に私の心中の表情は引き摺った笑みを浮かべた
「橋倉主任・・・あの、一言言ってもいいですか?」
と言うと、主任は数回続けて頷いた
「仕事中は・・・私の下の名前を"ちゃん"呼ばわりしないでほしいんですが・・・
私と主任が・・・"そういう仲"と見られ誤解をされてしまいますし・・・一応、仕事に支障が出るんじゃないかって思うんです」
「え!!?だ、大丈夫だよぉ・・・春咲ちゃん
何も仕事に支障なんか出ないし・・・僕達がそういう仲と周囲から見られるんなら・・・それはそれでいいじゃないか・・・」
「で、でも・・・この事で・・・主任に迷惑が及ぶんじゃないかって思うし
一応・・・仕事とプライベートのけじめをつけないと・・・社会人として最低限度のルールだと・・・私は思います」
「僕は・・・断然構わないのに・・・
でも・・・春咲ちゃんが言うのなら・・・仕事中は呼ばないよう努力するよ・・・……
で、でも・・・今日はいいだろぉ・・・此処にいるのは僕と春咲ちゃんの二人っきりなんだし・・・」
案の定…主任は自分の台詞の中で“ふたりっきり”を強調した
『やっぱり・・・そこを強調するのね』心中にて苦笑いを浮かべ、ため息をするしかなかった
数分後…
相手が咲夜華であれば、もっとお気楽モードで月に1回程回ってくる休日当番をやり過ごすのだが、相手が主任(上司)であればお気楽モードというわけにもいかず私は自分の定位置に着座した
『この雰囲気・・・誰かなんとかしてぇ・・・』頭の中の私が頭を抱える頃、自分のデスク近くの内線電話の呼び出し音が鳴った
「事務所、東です・・・
はい・・・分かりました、参ります」
「誰から・・・春咲ちゃん」
「川口先生からです・・・」
「は、春咲ちゃん・・・川口先生・・・て、あの一件のDrじゃないか?
大丈夫か?僕も一緒に行けたらいいんだけど・・・」
と心配そうな表情を浮かべた主任に私は
「大丈夫です・・・橋倉主任
川口先生のカルテディスクを受け取りに行くだけですから・・・これも、私の仕事ですから」
と苦笑いを浮かべた後、主任一人残し事務所を後にした
はっきり言って川口Drの部屋なんかに行きたくはなかったが、主任とふたりっきりの事務所よりましだと思うぐらい…主任との事務所は息が詰まってしょうがなかった
私は事務所より離れた事を確認すると背伸びをして身体と心の緊張感を解(ほぐ)した
手慣れた仕草でノックをした後、川口先生の診療室に入った
「先生・・・カルテディスクを受け取りに来ました」
と言う私に川口Drは苦笑いを浮かべた表情で
「春咲ちゃん・・・この前はごめんね
おじさんの行動にびっくりしたでしょ・・・でも、悪戯半分でしようとした事じゃないんだ・・・春咲ちゃん」
「はい・・・分かっています
先生があんな事を女性に悪戯半分でするような人ではない事は重々承知しています・・・ですから、気になさらないで下さい・・・」
と言うと川口Drはホッとした表情を浮かべ
「ありがとう・・・春咲ちゃん
じゃぁ・・・これからも今までどおりに・・・」
「はい・・・川口先生、これからも宜しくお願いします」
「良かったぁ・・・……
じゃぁ・・・これ、カルテディスク・・・遅くなってごめんね・・・春咲ちゃん」
“「はい・・・では失礼しました」”と軽く頭を下げ私は川口Drの診療室を後にした
事務所…(橋倉主任視点)
『春咲ちゃん・・・まだかなぁ・・・』ちらちらと腕時計を見つつため息をした
『も、もしかしたら・・・春咲ちゃん・・・また川口Drに・・・
僕の春咲ちゃん・・・に何かがあったら・・・どうしよう』立ったり座ったりを繰り返したり、時には椅子に座り貧乏揺すりしたりして一時(いっとき)も落ち着きがない僕は頭を抱え
『あぁぁ・・・一緒に行けばよかったぁ・・・
そうすれば・・・僕はこんなに心配しなくてもよかったのに』叫びにならない言葉が僕の頭の中を駆け巡っている
…………………………
私の視界に事務所が見える頃、私は軽くため息をし…深呼吸をして心を落ち着かせた後、事務所のドアに手を伸ばそうとした瞬間、事務所のドアが開き
「は、春咲・・・ちゃん・・・
僕・・・とても心配したよぉ・・・」
と頭上から声が聞こえた
どうも…私は事務所のドアに手を伸ばした瞬間、橋倉主任に抱き付かれたようだった
「良かったぁ・・・
春咲ちゃんが僕の所に無事に戻って来て・・・……
春咲ちゃん・・・あの川口先生に何もされなかった?」
と私の両肩を掴み、私の身体全体を舐めるように見回した
「大丈夫みたいだね・・・
春咲ちゃん・・・僕、とても心配したんだよ・・・また、あの川口先生に襲われてないかって・・・でも、もう大丈夫みたいだね・・・
本当に良かったぁ・・・春咲ちゃんに触れていいのは僕だけだもんね・・・……
今度こそ・・・春咲ちゃんを触っている奴が目の前にいたら・・・僕、何をするか分からないよぉ・・・」
と言いつつ、私の背中に回していた主任の手が少しずつ下に向かって動き出した
『え!!?ちょ、ちょっと!?
も、もしかして・・・その先は・・・』約150p程の私と推定175pの主任との身長差で私は身動きが出来なく主任に抱き付かれたままだったが、主任の手が背中から離れお尻に触れた瞬間、思うように身動きが出来ない身体を動かし…必死に主任の手を拒んだ
「春咲・・・ちゃん・・・
何故・・・暴れるの・・・」
私の背中に回していた手と、お尻を触っていた手に力を入れ抱き締めた
それはまるで…“「逃がさないよ…」”と言われているようだった
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