4…【名前を口にするたんびに】
 2010.07.03 Sat 21:43
私の右手首を掴んでいる先生の背後のドアが物音せず開く

身動きする事なくドアを見つめる私の仕草に先生は気を良くしたのか…私の右手首を掴む力を緩め

「急に・・・おとなしくなったね・・・春咲ちゃん
大丈夫だよ・・・おじさんに身を任せてくれれば、おじさんは春咲ちゃんにこれ以上悪い事はしないからね・・・」

私の頭を撫で、私に言い聞かせるかのようにゆっくりと顔を近づけ私の顎に手を添えた 

「春咲ちゃん・・・……
ぃ!!?き、貴様ぁ何をする」

先生の息遣いを感じた瞬間、先生以外の声が聞こえた 

「Dr(ドクター)・・・大概(たいがい)にしてくれませんか?
これ以上、部下に酷(こく)な事をすると・・・取り返しのつかない事になりかねませんよ・・・それでも・・・いいんですか?」

私の顎に添えていた先生の手首は声の持ち主によって高く持ち上げられ先生は痛みを露にした 

「っ!!?は、橋倉主任」 

驚きを隠せない表情の私に微笑みを見せ 

「とても危なかったね・・・大丈夫?・・・東さん」

と言いながら、橋倉主任は持ち上げていた先生の右手首を放した 

先生は掴まれていた右手首を擦りながら、私と橋倉主任がいる外来診療室を後にして行った 



私は橋倉主任に頭を深々と下げ 

「危ないところを助けて下さってありがとうございました・・・
私にはまだカルテディスク収集がありますので・・・橋倉主任は先に事務室の方にお帰り下さい」

とその場から、橋倉主任から少しでも早く離れようとする私の心中を見透かすように橋倉主任は 

「東さん・・・無理をしなくてもいいんだよ、続きは僕がしておくから」

と私の右手首を掴んだ 

「い、いえ!!こ、これは私の仕事です 
お放し下さい・・・橋倉主任」

私は再び頭を下げ 

「では・・・失礼しました」

外来診療室に橋倉主任を残し、その場を後にした 





今朝、私の机を触っていた橋倉主任のあの表情が目に浮かぶ 
あの…言葉に言い表す事が出来ない表情を浮かべる橋倉主任を今もなお…フラッシュバックのように私の脳裏を支配していた 

『こ、怖い・・・』上司である橋倉主任の顔を私はまともに見る事が出来なく…その想いはいつしか恐怖を感じていた 




女子更衣室… 

「お疲れ様ぁ・・・春咲
私主催の合コンは近日中に開くから楽しみにしててね」

“今から何処行くの!?”と言いたくなるような服装をした咲夜華が私に手を振って女子更衣室を後にして行った後、私も苦笑いを浮かべながら、女子更衣室を後にした



職員専用出入り口… 

『朝は雨・・・降ってなかったのになぁ 
仕方がない・・・アパートまで徒歩10分!!走って帰ろ』今日の私服は丁度フード付きTシャツを着てきたのでフードを被り駆け出そうとした瞬間、背後から声を掛けられた 

私はフードを被ったまま、振り向いた 

「東さん・・・傘を忘れたんだね?」

「は、はい・・・『げ!!橋倉主任』」

被っていたフードを素早く脱いで…作り笑顔を浮かべた私に橋倉主任は微笑みを浮かべ 

「東さん・・・僕、天気予報で雨が降ると言っていたから・・・傘、持って来たんだ 
帰りの方向も一緒だし・・・一緒に僕の傘に入って行かないか?」

「っ!!・・・」

声が詰まる…昨日、事務長の命令で一緒に日直をした際の帰宅時“「アパートまで送くるよ…」”と言ってくれた橋倉主任の言葉に私は丁重に断った
今思うと“『どうして断ったの…』”と断る意味を問われても…うまく言葉にする事が出来ないが…しいて言えば、橋倉主任の威圧感…又は雰囲気を私は無意識のうちに察知しそれを警告として感知したのかもしれなかった…そして、今朝の橋倉主任の意味不明な行動…がなおのこと私の警告に拍車を掛けていた

「さぁ・・・どうぞ、東さん」

身動きしない私に橋倉主任は雨の中…傘を差しエスコートをした、橋倉主任の表情はニコニコの満面な笑顔だった

私は深く深呼吸をした後

「あ、ありがとうございます・・・橋倉主任」

と言いながら、私は主任が差す傘の中に入った



病院から私が住むアパートまでの徒歩10分の道程、長く感じない道はなかった

「東さん・・・あの・・・春咲ちゃん・・・て呼んだら駄目かなぁ・・・」

私と二人っきりなった事が嬉しいのか…橋倉主任はこともあろうに私の事を"春咲ちゃん"と名前で呼びたいと言ってきた

『っ!!?』どう返事をしたらいいのか…
どうして私の事を名前で呼びたいのか…私には分からなかった為、返事の代わりに愛想笑いで答えた

言葉ではない…笑顔の返事、その曖昧さが私に不幸を招き…主任に幸福を齎(もたら)す

「あ、あの・・・こ、此処まででいいです 
では、お休みなさい」

一つの傘の中、私は橋倉主任に向かって頭を下げた

「此処まででいいの?
遠慮しなくてもいいのに・・・春咲ちゃん・・・」

自分の目の前で頭を下げる私を小首を傾げた橋倉主任に直に名前を呼ばれ、私は背中に寒気を感じた 

「い、いいんです・・・
此処まで送ってくれて・・・本当にありがとうございました」

「そ、そうか・・・……
じゃぁ・・・また明日だね・・・春咲ちゃん」

「お、お休みなさい」

と言った後、私は直ぐ側の曲がり角を曲がった 


『こ、怖かったよぉ・・・』自分の胸を押さえた後、病院を出社した時より幾分小降りになった雨の中アパートに向かって一人歩き出した



ゲーム機を作動させた

プレミアム級のディスクをリサイクルショップで購入してから、数日が経つのに一向に先に進まない現実に私は一人苦笑いを浮かべるしかなかった

「よし!!今夜は頑張るぞ!」

独り言を口にしつつ自分自身に気合を入れた


Wii独特の美しい画面に私は見入ってしまっていた

プレミアム作動のオリジナルキャラクターが主人公二人と共に行動し、物語が進行する…
オリジナルキャラクターを自分自身に似せて作った為、ゲームをプレイしつつ…私はオリジナルキャラクターと同化しているような気がして…他のゲームでは絶対に味わう事の出来ない新鮮な気分になった



一時間後… 

『っ!!?ん!?この人(?)・・・雰囲気が橋倉主任に似てない?』と思った瞬間、画面の長髪男は画面越しに私に微笑み浮かべたような気がした

『え!!?・・・き、気の所為よね』と一人苦笑いを浮かべゲーム上のセーブポイントでセーブを行(おこな)いゲームをOFFにした



※夢世界… 
私が乗っている特急列車が狂ったように猛スピードで線路上を走っていたと思った瞬間、急ブレーキが作動…列車は派手に線路を脱輪し大惨事になったが、列車が脱輪をした場所が人里離れた林の中だった為、二次惨事にはならなかった事は不幸中の幸いだった 

『痛・・・!!?え!?何?』凄まじい惨事の中、私は気を失っていたのか寝ぼけ眼の私の右頬に妙な感触を感じた…それはまるで何かに舐められたような感触だった 

『んん・・・』視界がはっきりしてくるにつれて舐められたような感触は感じなくなり…悲鳴一つ聞こえない静まりかえった中、何かを引き摺るような“シュルシュル…”という音が妙に私の脳裏に響いた 





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