ザツな負け方
 2024年10月1日 (火) 20:27
相変わらず畜生マスコットがうざい二代目プリキュア(スプラッシュスター)だが、主人公(黄色のほう)の妹『みのり』と、敵の姉妹みたいなやつの片割れ『薫』の絆めいたものがガッツリ描かれて、空気を読むことを知っているミチルに比べて何でも「くだらない」「どうでもいい」と一蹴する薫が、みのりに対してだけちょっと優しさを見せるみたいなのが大変よろしい。いわゆるクーデレというやつなのか。アジサイの群生地でのドロドロンの襲撃の際も、グラウンドからボールが(ソフト部のものと思われるファウルボール?)飛んできてみのりに当たりそうになったときも、まるでそうするのが当たり前のようにみのりを守る薫。考える前に体が動いてるという感じか。みのりが幼児特有の強引さでグイグイいくのがうまく噛み合っているというか、「どうでもいい」→主体性がないために、相手が行動を決めてしまうのならそれに引っ張られるという感じなのか。同じ目的のために一緒に動いている敵側のキャラで、似たようなテンションでも、ちゃんと性格が違うのが面白い。ミチルのほうはおそらく咲の友情に応えたい気持ちがあって、それを薫に指摘されて初めて動揺を見せたようだった。こういう姉妹みたいなのは、そもそも現実の学校ではクラスを分けられることが多いんだけど、クラスが分かれると描く側が面倒くさいし自由度が下がるからフィクションの世界ではご都合で同じクラスになりがち。たとえば『きんいろモザイク』はそういう「現実の学校でありがち」なリアリティを優先したのか、わざわざメインキャラのクラスを分けていたが、やっぱり話を作る上で、いつもつるんでる面々のクラスが分かれると面倒くさい。クラスが分かれたことでそれ自体をネタとして使える場合でもなければ、フィクションでクラスを分けるメリットは何もないと言っていい。
意外な名作感を出してきたプリキュアに比べて、名作といわれていた初代デジモンアドベンチャーの残念感が目立つ。
何のための進化だ

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