こちらの企画に提出させて頂きました!!
冬のほっこり系、恋する及影。
及川さんとの待ち合わせは夕方だった。
年の暮れが近づくにつれてどんどん日は短くなり、やがてすぐに陰る。
それにつれてビル群やショッピング街を照らす明かりが点灯していく様子を、ぼーっと眺めていた。
「トビオちゃんおっ待たせー!!」
「わあぁっ!」
後ろから待ち人である及川さんの声がすると共に、抱きつきという名のタックルをかまされた。
彼がすぐにそういうことをしてくる人間だということはとうの昔から知っていたはずなのに、明らかに油断していた自分を叱咤する。
それと同時に風化していた感覚や記憶を自覚して、じわりと胸が熱くなった。
すると、暖かくなったのは胸だけではなくて、先程から感じていた耳への刺すような冷たさが不意になくなったことに気付く。
「おっ、似合ってるよトビオちゃん。」
「え…なんですか、このモコモコ」
「寒くなってきたし、及川さんからのちょっと早いクリスマスプレゼントです〜」
「うそ、悪いですよ。……すいません。俺、なんも用意してないです。」
「いーのいーの!俺がトビオちゃんに付けて欲しくて買ったの!!」
思ってもみなかった、彼からのプレゼント。驚くしか出来ない俺の目の前で、貴方の弾けるような笑顔が、人ごみの中で光る。
煌びやかなネオンも、人々を魅了するイルミネーションも、この人には叶わないんじゃないかって。
そんな恥ずかしいことさえ考えてしまう。
「ありがとう、ございます……」
耳当てだというのは分かっていたけれど、嬉しくて、まだ一度も目にしていないそれをそっとはずす。
「は………?」
モコモコ。モコモコは良い。
問題は色だ。俺が今まで見てきた物で例えるならば、桜の花びら。美術でアクリル絵の具を使ったとき、白に赤の絵の具をちょっとだけ混ぜたらできる、いわゆる淡いピンク。
サイズは少し大きいけれど、…どう見ても女ものだっ…!!
「なに考えてんすかもぉ!!」
バカだろこの人!!しかも人をからかいやがって…っ
それでも及川さんから貰ったものを地面に叩き付けるなんて出来ないから彼の胸に押し返す。
「えっ、トビオちゃんから来てくれるなんて…俺感動しちゃう!」
「違います!」
「はずしちゃダメ。さっきの飛雄、すごい可愛かった。」
瞬間的に顔が赤くなるのが分かる。
くそ、なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ。
「あのケーキみたいで」
「は?(2回目)」
及川さんが指差すのは俺の背後。
バッと振り返ると、そこにはショーケースの中で、とてつもなく大きなケーキが絢爛豪華な装飾に囲まれて、その存在を主張していた。
2mには届かないくらいの高さまで4段で積まれた、ムラ一つなくダークチョコレートが塗られた玉座。
金糸のように細やかに操られたカスタードクリームが、ケーキ全体を刺繍のように飾りつけている。
極めつけは天辺にチラリと覗く、大きく絞られた苺のクリーム。
ニヤニヤする及川さんを尻目に、家をでる前に鏡で見た自分の姿を思い出した。
こげ茶色(ダークチョコレート)のダッフルコートに黒いパンツ、
首元には濃いクリーム色(カスタードクリーム)のロングマフラー。
そして今は、淡いピンク(苺のクリーム)の耳当てをつけている。
「ぷっ……あははははははは!!ぐ、偶然にしても出来過ぎだってトビオちゃっ……はっはははっぶふぉあは!!」
「笑い過ぎです、バカ!及川さんの不細工!!」
「ぶっ…!?嘘、俺の爆笑そんなに不細工だったの!?そんなハズ…あ、ちょっと待ってよ飛雄、ごめん!ごめんって!!」
及川さんの声も無視して、踵を返すと歩き出す。
バカバカバカバカ!!せっかく見直したのに、……せっかく恋人らしい気持ちになれたのに。それなのに、あんなに笑われるなんて。
及川さんは俺のことなんて、恋人としてなんて、見ていないのかもしれない。
所詮おもちゃ程度、からかいの、対象。……だったのかな。
普段の俺は愚直なぐらい正直で、ざっくりした思考を持っているのに、彼のこととなるとこんなにもねちっこくて、ネガティブで、自分が嫌になりそうだ。それでも、あの人を嫌いになったことなんて、俺は。
……それどころか、高校に入って互いに更に忙しくなってなかなか会えない、そんな時間が更に想いを募らせるばかりで。
こんな風にうじうじ悩んでるのも自分だけで、及川さんからしたら屁でもないのかなって思うと、……悲しくなるけど。
そう考えているうちに、いつの間にか人通りの少ない通りに来ていた。勢いのまま飛び出してきて、このままさよならなんて。
こんなことになるくらいなら、あんなに、感情のままに、…怒鳴らなきゃ良かった。
「…トビオちゃん。」
鼓膜だけでなく、瞳を、脳を、心さえ震わすような貴方の低音が、背後から響く。
「……及川、さ…。なんで、追いかけて来たんですか…。」
「あそこじゃ人多いからさ、飛雄上手く話せないかもしんないし。それにしょげてる飛雄の後ろ姿が可愛かったからさ〜」
「っ…、しょげてないし、可愛くもありません!!」
いきなり図星を突かれて、動揺してるのが自分でも分かる。
否定するその勢いで、伏していた顔を上げると。真正面から貴方に、強く抱き締められた。
「なんで追いかけて来たかって言うとね、」
飛雄のことが好きだからだよ。
「バレーが好きな所も、美人な所も、意外に大食いな所も…そうだね、ストイックに見えて、俺だけに対して嫉妬深くてネガティブで、寂しがり屋な所も全部好き。」
きっと他の奴だったら面倒くさいって思うのかもしれないけど、飛雄なら全くそう思わない。むしろ可愛いって思う。
最後にかなり恥ずかしい台詞を付け加えて、首の後ろから手のひらで包んで抱き寄せられる。
「ごめんね、せっかくトビオちゃん俺のためにお洒落してきてくれたのにね、」
―台無しにしようと思った訳じゃないんだよ。耳当ても、すごく似合ってる。
―…はい。
―それに飛雄、昔に比べたらかなりお洒落になったよね。
―…そう、すかね。
―うん、そうだよ。俺のお陰かな?トビオちゃんが俺のために一生懸命選んでるの想像すると、本当に嬉しいし……好きだなぁって思うよ。
その言葉と共に頬を擦り付けられる。
その慈しむような貴方の姿に、怒りもいじけの虫もとうに消え去っていた。気持ち良くて目を閉じようとしたところに、はらはらと空から降る何かが見えて。
「雪……」
「ん、そうだね。寒くない飛雄?」
「大丈夫、です。及川さんが…このまま、ぎゅっとしてくれれば。」
及川さんの顔が少しだけ朱に染まるのを見て、ちょっとした優越感に心の中でガッツポーズをする。
元から触れ合ってもおかしくない距離だったから。どちらからともなく唇を寄せ合い、滑らかにキスをした。
貴方と雪を見た記憶は、そんなに遠いものではない。過去は塗りつぶされては、新しい思い出がそっと仲間入りして。フィルムが少しずつ色褪せたとしても、それでも悲しみなんかきっとない。
今、目の前の貴方を愛して、貴方に大切にされている心地はなんとなく分かるから。
レースで縁取るセピアの想い