購買のパン争奪戦争は人より少し小柄の俺にはどうも不利で、いつも半泣きで売れ残りの白パンを持ってトボトボ教室に戻ってくる俺を見兼ねた源田が、代わりに買ってきてやる。と言ってくれたので(不本意ではあるが)素直に頼むことにした。源田は体躯もいいし、背も無駄に高いから争奪戦には有利だった。正直悔しい。
「おまたせ、メロンパンで良かったよな?」
「おう」
メロンパンを受け取ろうとした瞬間、源田が背にメロンパンを隠した。速い。にやりと不敵に笑うところをみると、何か企んでるようだ。
「買ってきてやったんだからタダって訳にはいかないな佐久間」
ほら、やっぱり。
否、代金は後でしっかりと払うつもりだった、なんて言っても今の源田は聞き入れないだろう。条件はなんだと聞くと、どうしようか、と少し考えてからハッとして向き直った。どうやら閃いたらしい。
「今ここで俺にキスしたらメロンパン食べてもいいぞ」
「はぁっ!?」
暑さで脳みそ溶けちまったんじゃないかと本気で心配になる。こんな公衆の面前でキスなんかできるか。
「ばっかじゃねえの?」
「俺は到って真面目だ」
「教室でできるわけっ…」
ぐるるる、と鳴った腹に体は心底素直だと痛感する。ああ、目前にメロンパンがあるというのに。
「ほら、腹減ってんだろ?」
勝ち誇った笑みでメロンパンをひらひら見せつける源田にとうとうカチンと来た。一発ぶん殴ってやろうと右手を握り締めた刹那、殴るより簡単にメロンパンを奪取する方法を思いついた。
「……」
「佐久間?」
俯いて、体を小刻みに震わせる。もちろん目を潤ませることも忘れない。これも全部源田との付き合いで培ってきた技だ。
突然のことにさっきまでの勝ち誇った笑みとは一転、焦り顔になってオロオロとしだした。
焦ってる焦ってる。思わず笑いそうになってしまって、唇を噛んで笑いを堪えていると、源田が口を開いた。
「少しやり過ぎた、な」
そう言ってたやすくメロンパンを差し出す源田の表情は切なげで、どうやら本当に反省しているらしい。
「佐久間」
「なんだよ」
「その、すまなかった」
「……ああ」
素っ気ない返事にシュンとする源田を尻目に受け取った袋を開けて、直でメロンパンをかじって源田に渡す。
「俺が口付けたとこ、食え」
「食えって、えっ?」
「いいから」
不思議そうにメロンパンを一口かじったのを確認すると、半ば引ったくるようにメロンパンを奪取して今度は俺が源田がかじったところを口に含む。
「これでキス一回分な」
とすっかり形勢逆転して真っ赤になった源田に、にやりと勝ち誇った笑みで言ってやった。