落日・6






建安十一年の秋、江夏の地において張虎の乱が勃発した。
劉表の要請を受けた劉備がこれの鎮圧に当たることとなり、新野の城はやにわに物々しい空気となった。
関羽や張飛、趙雲ら歴戦の将らはさておき、劉封・関平・関玲綺にはこの戦が初陣となる。十五歳の少年少女は幼い面にかすかな緊張を浮かべつつ、身に戦装束を纏っていった。
貂蝉は出陣の間際まであの手この手で玲綺を引き留めようとした。
最後には主君の御前で母娘の愁嘆場が演じられ、劉備は戦場での采配よりも家内の騒ぎにその心身を消耗する羽目になるのだった。



賊軍は、その半数が度重なる戦乱によって流浪を余儀なくされた民百姓。
元より全体の戦闘力はそれほど高いものでなく、大将の張虎、副将の陳生・張武をさえ討ち取れば、指揮系統は一気に瓦解するであろうと劉備は読んだ。
関羽と関平が千五百の兵で長江への逃走経路を封鎖し、張飛と劉封が三千を率いて敵本陣を攻撃し、趙雲と関玲綺は五百を率いて遊撃戦に備えていた。
正午過ぎ、江夏の西南・安陸において戦闘は開始された。
半刻の後、趙雲と玲綺は、敵将を探して白刃の舞う戦場を馬を並べて駆けていた。
趙雲は横目でチラと玲綺を見やる。
鉄戟を自由自在に操って片っ端から賊徒をなぎ倒していく少女。その顔はまぎれもない“高揚”に満ちている。
血の匂いに酔っているのか?
しかし玲綺の挙動に病的なものは微塵も感じられはしない。
趙雲の口角がかすかに上がる。

(父親の業だな。人中の呂布とまで謳われた稀代の猛将、その血の成せる因果であろう。おそらくそなたは自身の血が命じるままに剣を手にしているだけなのだ)

玲綺と目が合う。
なんと、この状況下にあって、笑顔を向けてきたではないか。
奇妙なほどに明るい笑いに、趙雲はあきれるのと感心するのとで半々位な気分になった。
と、ここで…

「!!」

前方に一騎の武者が見てとれる。
途端、趙雲は愛馬・白竜の手綱を引いて急停止させた。

「趙雲殿?」
「見よ、玲綺、あの敵将を。風体からしておそらく賊の頭目であろう」
「まあ! それでは、」
「馬を見よ」
「え」
「あ奴の乗っている馬だ」
「白くて綺麗な馬ですね、あれがどうかしたんですか?」
「名馬だ。あれは天下の名馬だぞ。赤兎に勝るとも劣らぬ」
「へえ、そうなんですか!?」
「玲綺よ」
「はい」
「私はあれを我が君に献じたい」
「わかりました」

二人の踵が同時に馬の腹を蹴る。
乱戦の中へと突っ込んだ。
群がる敵を打ち払い、たちまち目当ての将へと迫る。

「そこなる敵将、乱賊の首魁・張虎と見たが相違は無いか!」
「おお、いかにもこの俺が張虎よ」
「我が名は趙雲、その首もらった!」
「この…大口を叩きおる!」

勝負はほんの一瞬だった。
趙雲の繰り出す槍は張虎の長柄刀を弾き、その胸板を深々と刺し貫いていた。
そこへ駆けつけたもう一人の将、張虎の仇と言わんばかりに斬りかかってくる。

「玲綺よ、見事討ち取り初陣の手柄とするがいい!」

敵の刃を槍先で軽くあしらいつつ背後の少女に呼びかける。
玲綺は嬉しげに「はい」と応えて敵将の前に躍り出た。
勝負はこれまた一瞬だった。
一撃のもとに相手の喉を突き倒し、誇らしげに勝鬨を上げる玲綺。
この有り様に、賊徒の群れが武器を投げ捨て散り散りに逃げ出していく。

「…しまった、名を聞き出すのを忘れたわ!」

逃げていく連中の中から一人を捕らえて首実検をしたところ、討ち果たしたのは張虎の副将・張武であることがわかった。
同じ頃、副将の一人・陳生も、張飛の手により討伐された。



戦闘は半日で片が付いた。
当初の劉備の読み通り、大将を失ったことで賊軍はアッという間に統率を失い、戦闘を放棄したのだ。残党はそのほとんどが帰順した。
本陣に続々凱旋してくる兵士。
賊将・張虎の首級をあげた趙雲を、劉備はおおいに褒め称えた。
陳生を討った張飛、張武を討った関玲綺がそれに続く。
この初陣に大きな手柄を立てた少女に、劉備から錦の直垂が贈られる。
それを羽織って「すごいでしょう」と言わんばかりな玲綺を見て、劉封と関平はポカンと口を開けていた。

「我が君、私から我が君へ献上品がございます」
「献上品?」

趙雲のその言に、劉備が何事かと不思議そうな顔になる。

「こちらです、ご覧下さい」

合図を受けた玲綺が“献上品”の手綱を引いてやって来た。
眼前に現れた見事な毛足のその白馬―――劉備は思わず感嘆の息をつく。

「これはまた見事な…子龍よ、この馬を一体どこで手に入れたのだ?」
「賊将・張虎めの馬にございます。私の見たところ、これは赤兎と肩を並べる天下の駿馬。我が君にこそふさわしい無二の名駒と存じます」

旧主・公孫讃のもとで培われた趙雲の馬の目利きは確かなものだ。
劉備もまた、学徒の頃より兄弟子と共に北方夷の馬商人と親しく交わり、馬の資質を見定める目に長けていた。

「なんと気高い佇まい…この四肢の張り、美しい毛並…名馬だ、まこと天下の名馬! 子龍よ、喜んで貰うぞ!」

劉備の声が上擦っている。彼の歓喜と高揚は、傍らに立つ趙雲にもハッキリと伝わってきた。
胸の内に充足感が満ちてくる。
白馬の鼻先を愛しげに撫でる劉備に深く一礼を捧げた。




江夏の諸県を奪還し、見事に反乱鎮圧を成した劉備軍。
荊州太守・劉表の喜びはこの上ないもので、襄陽において慰労の宴を華やかに執り行い、群臣は諸将の武勇をおおいに讃え謳ったのだった。
夜の帳が下りる頃、心地良い酔いに目元を染めた劉備がふらりと酒の席を立った。
酒気には滅法強い趙雲、わずかにふらつく主君の足に、自身もサッと席を立つ。劉備を追って廊下へと出た。

「子龍」

欄干にもたれた劉備が振り返りもせず趙雲を呼ぶ。
気づかれていた。
ついてくる気配を察したのだろうか?

「我が君…」
「子龍、私は少し酔ったようだぞ」

少しのようには見えないが…さりとて深酔いしている訳でもなさそうだ。

「このまま居ては転んでしまう。手を貸してくれ、支えておくれ」

背後の趙雲を顧みて、白い右手を差し伸べてくる。
その細い手首を掴み取るのになんら躊躇など無かった。

「ああ、よく飲んだ。くたびれた。静かな所で休みたい」

部下の胸に身をもたれさせ、耳元に唇を寄せ「抱えて連れていってくれ」と臆面もなく言う劉備。
左手はというと、恥知らずにも趙雲の股間を撫で擦っている有り様だ。
趙雲の全身に火の気が回る。荒々しい手つきで劉備の体を抱え上げ、渡り廊下を進んでいった。
客間に入り、寝台にもつれるように倒れ込む主従。
食いつくような口づけを交わす。互いの唇を吸う間にも、劉備は趙雲の衣の裾を手で割って、熱い隆起をしきりにしごき立てていた。

「まだ飲み足りぬ」

小さく笑ってそう言うと、趙雲の下腹に顔を埋め、昂った雄を口に含んだ。
相変わらずの物凄まじい口淫である。脳天にまで走る激しい快感に、低く呻いてのけ反る趙雲。
舌をからめて男の精を嚥下したのち、劉備は趙雲の首に腕をからめて、耳たぶや首に獣のような甘噛みをし始めた。武人のたくましい首回り。そこに、たちまちの内に無数の愛咬の痕が刻まれていく。
しばらくは劉備のしたいようにさせていた趙雲であったが、ふとした拍子にグイと主君を押さえ込み、自らが上に陣取った。
劉備の衣を手荒く剥いで、胸の突起を吸い上げる。しなやかな脚を脇に抱えて股の間に手を這わせれば、そこはとっくに濡れて潤っていた。差し込まれる男の指を奥へ奥へと呑み込んで、貪欲に蠢いている。
双丘を抱え、突き入れた。身を震わせ、下肢を絡めて、劉備は序盤から激しく腰を使い出す。

「…良い馬だ」

喘ぎと共に劉備がこぼす。

「我が君のお気に召しましたなら、子龍、無上の喜びにございます」
「まこと、名馬だ……のう子龍、あれはな、世間に的盧と呼ばれるそうだ」
「的盧、でございますか」
「先程な、伊籍殿が、そう教えて下さった。額の星と、涙槽と………フフ、良いぞ、良い、まこと…」

両手で強く趙雲の肩にしがみつく。
男の腰の律動が強くなり、劉備は次第に官能の深みへ溺れていった。


溶けて混ざって、境い目も何ももうわからない。
激しい熱と快楽に灼かれていった。
終わらぬ恋。
十五年前のあの日から、この想いにはなんら変わりも揺らぎもない。
今この瞬間、このひと時が、永劫のものであって欲しい。
願いを失いたくはない。
爛れた愛欲の底に小さな寂寥が潜む。







続く




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